第1話 伝説の始まり
「…………、こいつは面白いな」
最初に耳に入った言葉はそれだった。視界が眩しい光に埋め尽くされたと思ったら、見たことのない場所にいたのだ。
高校で授業を受けていたはずだけど、ここはどこだ……?
正面の目立つところにいるのは20歳くらいの好青年。豪華な椅子に堂々とした態度で座っており、まるで自ら平服してしまうほどの威圧感。美しい金髪に透き通るような碧眼。
ひと目でわかる、こいつは別世界の住人だと。
「喜べ、お前ら!! 今回は今までに見た事のない性能をしている。大当たりだ」
男はどこか不気味な笑みを浮かべた。周りにいる男と同じくらいに見える6人の男女はそれを聞いて嬉しそうに目を光らせた。
その男女もまた、トップアイドル並のオーラを纏う者たち。ただ近くにいるだけで劣等感を植え付けられるような、そんな感覚に陥る。
「……すみません。あの、俺さっきまで学校いたはずなんですけど……。ここってどこなんですか?」
一斉にこの場にいる全員の視線が俺に向く。男は爽やかな笑顔を浮かべる。
他の者も同様だ、親しい者に向けるような笑顔を見ず知らずに俺に向けてきた。
「あぁ、すっかり忘れていた。榊原将大くん、君は異世界に召喚されたんだ。地球とは異なる世界にね」
その瞬間に俺の頭を埋めつくしたのは疑問だった。異世界、召喚、異なる世界。全てフィクションでの話だろう?
それに、なぜ俺の名前を知っているのか。男は俺の疑問を察してか、こう言った。
「俺たちは過去に何度か日本から勇者を召喚しているんだよ。最近は‘’異世界モノ‘’としてジャンルが確立しているそうじゃないか。この現象はまさにそれだ」
実際に説明を受けて、何となく理解が進んできた。そのジャンルのラノベは何度か読んだこともあるので、勇者召喚というシチュエーションがテンプレものというのも知っている。
だが、実際に自分の身に起きてみると、本当に不気味だ。だが、それと同時に物語の主人公になったような高揚感も湧いてくる。
「君の名前を知っているのは、私に‘’鑑定‘’という力があるからだ。面白いことに、君も私と同じ力を持っているようだ」
異能力に鑑定。本当にフィクションの世界のようだ。使い古された設定に筋書き。
もしかしたら俺はこの後に魔王を倒して欲しい、とでもお願いされるのだろうか。
「こちらに来てすぐの君に言うのも難だが、この世界には魔王という人々の安全を脅かす禍々しい化け物がいる。そいつを、殺してくれ」
※※※※※※※※
魔王討伐を了承した俺に教育係として、リィムという女性が1人付き添うことになった。あの場にいた者のうちの1人だ。
その人にはこの世界の状況や、俺がしなければならないことなどを教えてもらった。
まず、椅子に座っていた男について。
あの男はエフラムと言い、この世界で数多くの魔物を屠り英雄と呼ばれた男のようだ。彼の実力は魔王をも凌駕しているらしい。
だが、彼には魔王は倒せない。魔王はどういう原理か、倒してもどこかで復活してしまうらしい。
そこで俺の出番だ。
古い文献に異世界から現れた勇者が魔王を倒す、という逸話がある。俺はこの人たちにこの世界で戦う術を教えてもらうのだ。
その文献の内容が間違っているかもしれないが、魔王への対抗策はこれしかないから仕方ないのだとか。
「着いたよ。ここで儀式を行うことが出来るの」
戦闘経験の一切ない俺でも強くなれるように、この人たちか魔術をかけてくれるらしい。
そんな簡単に強くなれるのかよ、となんともご都合主義な展開だが異世界の秘術なら何でもありなのかもしれない。
「なんだか、異様な雰囲気ですね……」
照明のない部屋の唯一の光源は部屋の中央にある魔法陣だった。紫色に妖しく光る複雑な紋様が半径2m程の円を描いている。
悪い魔法使いがこの部屋で実験をしている、と言われても信じてしまいそうな様相。
こんな不気味なところで儀式を行うのか……。
「こういう感じの部屋だと、魔力が集まって儀式をしやすくなるらしいよ。さぁ、ここに立って、目を閉じてリラックスして。それだけで全てが終わるから」
言われた通り魔法陣の上に立ち、目を閉じてリラックスする。直後、まぶたの奥で紫色の光が眩く光り輝いた。
これで儀式が終わったのだろうか。とりあえず俺は目を開いた。
「これでもう儀式が終わったんですか? なんだか、あんまり前と変わらないような気がーー」
途端、視界が激しく揺れて地面がすぐ隣にくる。
口の中に血の味が広がって初めて、俺は女に蹴られたのだとわかった。右頬の辺りに激痛が走る。
なんで? どうして? そんな疑問が頭に浮かぶ間もなく、続けざまに女は俺の腹を蹴った。
「まずは勇者に家畜としての心構えを植え付けさせるんだっけ? エフラムも結構酷いこと命令するなぁ」
俺は痛みを堪えて膝立ちになりながら、女の表情を見上げる。
先程までとは打って変わってまさに物語の魔女が浮かべていそうな笑み。それに纏うオーラも禍々しいものに変化している。
「……は、はぁ? 家畜って、どういうことですか? それになんで蹴ったりしたんですか……?」
女はキョトンとした顔をした後、声を上げて笑い始める。その奇怪な様子に思わず俺は後ずさりした。
俺は勇者だ。そして、この人たちは俺に魔王を倒してもらうんだろう? こんな事をしたら俺が敵対するかもしれない。
本当に何を考えているんだ?
「そんなの、あたしが命令されたからに決まってるでしょ? 奴隷は奴隷らしくご主人様に従いなよ」
「ど、奴隷だって……? 俺は勇者だろ。お前らが異世界から召喚した未来有望な勇者だ。それを奴隷呼ばわりなんて、あの男が黙っていないんじゃないか?」
そうだ。俺の力がないと魔王を倒せないのだから、奴隷なんかにするはずがない。
俺は勇者なんだから、みんなにチヤホヤされて魔王を倒して幸せに生きるのが王道だろう? それが奴隷だなんて、有り得るはずがない。
「なーんか、めんどくさいね。『黙って』」
女がそう言葉を発した途端、何かに縛られるような、奇妙な違和感が俺を襲った。
もしかして俺は話せなくなった、とても言うのだろうか。頭に浮かんだ考えを否定すべく、俺は口を開こうとするが……。
「無垢の勇者は楽に従えられるって本当なんだ。こんなに簡単に引っかかるなんて、注意不足。怠惰だね」
……どうやら、俺はこいつのあやつり人形になってしまったようだ。考えることは出来ても、どう足掻こうが禁止された行動をすることは出来ない。
これを使って言いなりの勇者を魔王にけしかける、という算段なのだろう。
「ちなみにこれ部屋にいたみんなの考えだから、どこに助けを求めても意味ないよ。あなたは私たちの思いのままなの」
勇者として召喚されたかと思ったら、騙されて奴隷へ一気にランクダウン。想像していた異世界生活とはかなり異なるそれは、束縛だらけの地獄だ。
こうして俺の最悪な異世界生活が始まった。
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