婚約破棄&断罪は大勢の前で宣言するものだと相場が決まっている
「アメリア=バートナス侯爵令嬢!!貴様との婚約を破棄する!!」
卒業パーティーも終盤。そろそろお開きという時に今まで姿を見せなかったこの国の第一王子であるアロン殿下が現れ、声高々に言い放った。彼の周囲には彼の側近たちである上位貴族たちが勢ぞろいしている。
名を呼ばれたアメリア=バートナス侯爵令嬢はアロン殿下の婚約者だ。10歳の誕生日から婚約が決まり、今まで王族の妻として恥じないよう淑女教育や礼儀作法など誰よりも努力してきたつもりだった。しかし、アロン殿下はそんなアメリアを蔑ろにして、あろうことか別の令嬢を愛してしまったのだ。
学園内でアロン殿下が子爵令嬢に熱をあげて、勉学を疎かにしていることも、彼女とお忍びデートをしていることも風の噂で聞いてきた。
(彼女が……殿下の愛する人……メルティアネス=ヴィナンシェ子爵令嬢)
アロン殿下の後ろで控えている令嬢の姿が見えた。ふわふわで柔らかそうなブロンドヘアにきめ細かい白い肌、きらきら輝くピンクの大きな瞳に庇護欲そそる可愛らしい容姿。妖精、天使と言っても差し支えないような可憐な令嬢だった。
憂いを帯びた表情を見せる彼女に殿下の周りにいる上位貴族の子息たちは皆慰めるよう声を掛けている。そして、アメリアから守るように彼女の前に立ちふさがるアロン殿下はまさに悪役を成敗する正義の使者のよう。
「貴様の悪行は全て分かっている!!メルティの美しさに嫉妬し、彼女に度重なる暴言暴行、陰湿な虐めに、挙句の果てに野蛮な男たちを雇い、彼女を襲わせるよう仕向けた!!……幸い、僕が助けた為、最悪の事態にはならなかったが、それでも彼女は深く傷つき、その心に消えない傷を負わせたことには変わらない」
全て身に覚えのない悪行だが、殿下を含め彼ら全員、アメリアがしたことだと信じて疑わない。証拠はあるのか、とアメリアは言いたくなったがこちらが反論する間もなく殿下は続ける。
「メルティはアメリアを筆頭とする上位貴族たちから悪質な嫌がらせや暴力暴言を受けていた。僕が守っていたのだが、アメリアの婚約者である僕が彼女の側にいると更に状況が悪化してしまう為、しばらく身を引いていたが……それでも彼女は僕を待っていてくれた。例え会えなくても僕とメルティは深い愛で結ばれて、こうしてアメリアを断罪するまで健気に待っていてくれたのだ。彼女こそ僕の運命の人!!」
彼女をぐっと引き寄せて見つめるアロン殿下の表情をアメリアは見たことがなかった。いつもアメリアを蔑み、怒鳴りつけていたアロン殿下の姿はなく、メルティアネスを見つめる目は愛に満ちていた。
「僕はメルティアネス=ヴィナンシェ子爵令嬢と結婚する!!」
彼の宣言を聞き、彼の側近たちは拍手したり、殿下を絶賛している。
(もう、殿下との関係は修復できそうにないわね……)
アメリアは例え殿下に嫌われていようとも、それでも彼との仲が少しでも改善できるよう努力してきた。彼の望むようにでしゃばらず、彼の後ろに立ち、彼を称えて崇めていたが結局本心からの賛辞ではないことを何となく感じ取ったのだろう。
彼との関係は冷え切ったものとなってしまった。
(国王陛下や、父上に何と説明したらいいか……)
この様子だと独断でこの断罪を決行したのだろう。王族が軽々しく婚約破棄をすれば秩序が乱れてしまうことを殿下は理解しているのだろうか。
「アロン殿下。発言の許可を願います」
これからのことを考えていると、今まで黙っていたメルティアネスがゆっくりと手をあげて殿下に声をかけた。
「何だいメルティ。僕と君の仲じゃないか。そんな改まったことをしなくてもいいんだよ」
「いえ、私と殿下だからこそ願うのです」
憂いを帯びたままのメルティアネスはおずおずと子息たちから離れていく。
震える両手を組みながら必死に恐怖と戦う彼女は誰が見ても、悪役令嬢に立ち向かう健気なヒロインだ。
アメリアは彼女を虐めたことなんてないし、何ならまともに顔を合わせたのも今日が初めてだ。それでも彼女の姿を見る限り、彼女の中ではアメリアに様々な虐めを受けたことになっているのだろう。
(一体何を言われるのかしら)
《謝ってください》?
それとも、《真実の愛に目覚めたから殿下と別れてください》?
上位貴族であるアメリアにそんなことを言うなんてありえないし、そもそも婚約者がいる男性を侍らせて婚約破棄まで突き詰めるなんて以ての外。
だけど、彼女には第一王子のアロン殿下や他の有力な貴族子息を味方につけている。そして、よく聞く彼女の噂を信じるのなら、彼女は怖いものなんてないのだろう。
「この場にいる方々は王族を始めとした上位貴族の方ばかりです。私の発言を不敬と罰せられる場合もあるでしょう……」
「大丈夫。君の全ての発言を不問とする。だから君の口から真実を言ってくれたまえ」
「あり難きお言葉です……。では、遠慮なく……」
殿下の言葉を聞いて安心して震えが収まるメルティアネスは嬉しそうに微笑んだ。そんな彼女に見惚れて頬が緩む殿下を見て、アメリアは泣きそうになるのをぐっと堪えた。
(この舞台で主人公はメルティアネス子爵令嬢で、私は悪役以外の何者でもないのね)
メルティアネスの証言でアメリアは殿下に断罪されて、正式に婚約破棄される。このままの勢いだと国外追放も命じられてしまうかもしれない。
そして、メルティアネスはニッコリと可愛らしい笑顔のまま殿下に向かって言い放った。
「妄想虚言癖も大概にしてくれませんか?」
あの可憐な令嬢の口から出たとは思えないような低く冷たい声に殿下を始め、アメリアや彼女を取り巻く子息たちも固まってしまった。
「メ、メルティ?い、一体……」
「その愛称も止めてください。その名前を許しているのはただ一人だけです。勿論、殿下のことじゃありませんよ」
ばっさばっさと殿下を斬り捨てるような口調で話し続けるメルティアネスに唖然としてしまう。彼女の噂は学年が違ってもよく聞いている。
『婚約者がいようが関係なく男性にアピールするはしたない令嬢』
『勉強も礼儀作法もなってない頭の軽い令嬢』
『男を手玉に取ることしか考えない令嬢』
噂を全て信じているわけではないけれど、きっと男性に守ってもらわなくては生きることが難しいか弱い令嬢なのだと思っていた。
それがどうだ。殿下を始めとする有力な貴族子息たちに向かって啖呵を切るのは本当にあのメルティアネスなのか。
「メ、メルティ……いやメルティアネス……。僕たちは、愛を誓い合っただろう?どうして急にそんなこと……」
「愛を誓う?あり得ませんわ。私が今までもこれから先も殿下に愛を誓うことはありません」
堂々とした立ち振る舞いで周囲の令嬢子息たちの視線さえも集める彼女は声高々と言い放った。
「私が愛してやまないのは婚約者であるリューク様だけです」
言い忘れていたが、この小説は悪役令嬢に虐められたヒロインが奮闘する話でもなく、断罪された悪役が救済される話でもなく、ただただヒロインが問題なく愛する婚約者と結婚する為に頑張る物語である。