爵位持ちの貧乏人を金で買ったんだってな
一週間の結婚休暇はあっという間に終わった。
半分はシシーの体調を気にして家で過ごしたので、シシーとは仲良くなれたと思う。
ジェーンとも打ち解けられているとアシュレイは思っているが、彼女はどうだろう。
遠慮ももちろんだが、妹優先で物事を考えるくせがあるジェーンは少し心配だ。
しかし、まだ一週間。
ゆっくり焦らず二人のペースで歩み寄っていこうと決意新たなアシュレイの目の前にいるのは、にやにや笑うコーエンである。
「で、どうだった? 結婚休暇は」
またもや緊急事態だと言われて駆け付けてみれば、この台詞である。
前回の呼び出しと違うのは、昼食を用意されていることだろうか。食堂のものよりも格段に美味しそうだ。
「どうって、普通でしたよ」
「普通って、何?」
「普通に親睦を深める休暇でした」
「それって、やらしい意味の親睦も含まれてたりする?」
「……」
コーエンが言う『やらしい意味の親睦』なら、含まれていない。
二人の間にそういうことは一切なかった。昨日も一人分の間隔を空けて寝た。
「嘘ぉ、まじで?」
「……まだ何も言っておりませんが」
「ははっ、言わなくても分かるよ。アシュレイってば、分かりやすいんだもん」
第一騎士団の副団長が、『まじで』とか、語尾に『もん』とか、使うなと言いたい気持ちを堪えて、用意されているサンドイッチを頬張る──休暇明けの訓練は予想通り疲れたので、空腹だったのだ。
遠慮なんかしないで、ばくばく食べやる。
ボリュームと彩の両方を兼ね備えているメニュー内容に、コーエンの愛妻が作ったものだと当たりが付いた。
コーエンの妻は貴族だが、料理を趣味としており、アシュレイも今まで何度も彼女の作ったものを食べたことがある。
コーエン同様、彼の妻は(アシュレイにとっては)いい意味で貴族らしくない。
「このチーズとトマトのが特に美味いですね。奥様によろしくお伝えください」
「はあ、都合悪いからって話変えるのやめてよ。ねえねえ、アシュレイちゃん?」
「先輩こそ『ちゃん』付けはやめてください。なんですか?」
「ぶっちゃけ、君達どこまでいったの?」
「……昨日は休暇の最終日だったので遠出して、南区にあるフロレク公園に行きました」
コーエンの質問の意味は正しく理解していたが、アシュレイは敢えてとぼけた回答をした。
昨日は花も見頃の時期で、天気も良くて最高だった。
公園では市が開かれていて、ちょっとした祭状態だったが、そこには寄らずに少し離れた木陰にシートを敷いて、アンナが用意してくれた弁当を三人で食べたり、ただ寝っ転がって雲を眺めたりした。
「滅茶苦茶、楽しかったです」
それにジェーンと手を繋いで公園内を歩いたのも楽しかった。
はぐれないように、と言って出した手を握った、真っ赤な顔をしたジェーンが可愛かった。
「子供の感想文みたいなこと言うね」
「ああ、そういえば執事を雇いたいのですが、俺では勝手が分からないので先輩に手配してもらってもいいですか?」
「また話変えるし、ちゃっかり手配願いまでしちゃってるし。……まあ、別にいいけどさあ」
面倒臭そうにぶつくさ言っても、どうせ良い人材を紹介することは分かっている。
立場がある為、昔のように分かりやすく慕うことはできないが、今も昔も変わらず、コーエンはアシュレイの目標だ。
調子に乗るので絶対口には出さないが。
でも、礼は言ってもいいかも知れない。
コーエンのおかげで、アシュレイにはずっと欲しかった家族ができたのだから。
「先輩、ありがとうございます」
「アシュレイ?」
「やり方は乱暴でしたけど、感謝してます」
礼を言って頭を深く下げたアシュレイが頭を上げた時、コーエンの顔にあったのは安堵の色だった。
やっぱり、この人は自分の憧れの男だとアシュレイが再確認した瞬間だった。
「よう、タウンゼント団……じゃなかった、クラークソン団長さん」
「……」
コーエンと別れ、午後の仕事に向かう途中でアシュレイはテオフィモ・スパンジャーズに捕まった。
アシュレイよりも二つ年上のテオフィモは、一年ほど前にコネを駆使して第一騎士団に入団したスパンジャーズ侯爵家の三男である。
テオフィモは、騎士精神に反する代表的な人物で、弱きを挫き強きに媚びる男だ。
そして、年下で平民出身のくせに団長の座に就くアシュレイに何かと絡んでくる面倒な奴でもある。
騎士団が実力主義とは表向きだ。
実際には、碌に剣も振ることのできないのに、実家の地位を笠に着て、横暴な態度を振りまくこういう男もいる。
アシュレイは騎士団歴が長く、昔からの仲間や先輩、新しく入った後輩にも好かれる方だが、全員が全員アシュレイを好ましいと思っている訳ではない。
テオフィモのように突っかかってくる人間も、多くはないがいるのだ。
でもアシュレイはそういった輩に煽られても、悪口を言われても腹を立てることはない。ただ、面倒だとは思うが。
「成り上がるには手段を選ばない感じ?」
「どういう意味でしょうか」
「あんた、爵位持ちの貧乏人を金で買ったんだってな」
「……」
「平民上がりは、がめついなー」
テオフィモは、アシュレイを怒らせようと必死である。
ここでアシュレイが怒って殴りでもしたら、奴の思うつぼというわけだ。
「おい」
アシュレイが脳内で六発ほどテオフィモをぶん殴ったところで、横から伸びた手がテオフィモの肩を掴んだ。
「テオフィモ・スパンジャーズ、ここで何をしている?」
声の主は、先ほど別れたはずのコーエンだった。ただし、さっきまで馬鹿みたいに伸ばした語尾ではなく冷たい声の。
「ふ、副団長っ! お、俺は何もしてないですって! ああ、そうだっ、聞いてくださいよ! この男がっ、」
「アシュレイ・クラークソンは団を率いる長であり、この国の英雄だ。お前のような男が『この男』と呼ぶことは許さん」
「で、でも」
「黙れ、性根を鍛え直してやるから来い」
ぴしゃりと放たれたコーエンの言葉に、その場で談笑していた者達も黙った。
「ひっ、なんで俺が……やめろ、俺は侯爵家の人間だぞっ! そんなことをしたら、父さんや兄さん達が許さないぞ!」
テオフィモの震えた声に、何処かしらから吹き出す声が聞こえる。
気持ちは分かる。ここにテオフィモとコーエンしかいなかったら、アシュレイだって吹き出していた。
「ああ、残念だったな。つい先日、お前のお父上から『厳しくするように』と言われたんだ。お前が今までしてきたことを偶然耳にされて、嘆いておられた。『甘やかして育ててしまった』とな。それに地位のことを言うのならお前より俺の方が上だ」
へなへなと崩れ落ちるテオフィモを見るコーエンの目に、同情の色は一切ない。
「こいつを第一訓練場に連れて行く」
「はっ!!」
顎で指されたテオフィモを、彼の後ろに待機していた若手二人が引きずって行く。その際、アシュレイに敬礼をしていくのも忘れない。
「うちのが悪かったな。こちらで厳しく指導しておくから許してほしい」
多くはないがギャラリーがいるので、コーエンはきりっとしたままだ。
相変わらず、ギャップが凄い。
「もちろんです。……あの、ほどほどに」
後者の言葉は、もちろん小声である。
しかし、コーエンは返事をしないまま踵を返し、テオフィモが待つ第一訓練場に行ってしまった。
コーエンは己の美学に反する者へ容赦がない。
その彼に締め上げられては、テオフィモのような男はすぐに音を上げてしまい、きっと明日には団を脱退していることだろう。
少し気持ちが晴れる。
しかし──
『あんた、爵位持ちの貧乏人を金で買ったんだってな』
さすがに、ぐさりと胸に刺さった。
奴の言葉は間違っていないからだ──正しくもないが。
アシュレイとジェーンとの結婚をそういう目で見る者がいるということは、ジェーンもそういう目で見られるということだ。
自分達の関係は決して金だけで繋がっているものではないと思ってはいるが……。
アシュレイは、このことをジェーンの耳に絶対入れたくないと思った。




