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最愛と過ごす常春のこと  作者: ゼン
【番外編】続く常春(一話完結型)
33/43

わるいがおがお

 どんがらがっしゃーん! ぴかっ!

 ごうごう! ばばばばば! どーん!


 暗い部屋の中がぴかっと光り、シシーは「やーん」と叫んだ。

 大きい音が怖い。

 お空にヒビが入ったように光る形が怖い。


 夕方からぽつぽつ降り出した雨は義兄(あに)が帰ってくる頃にはざあざあ降りになっていた。

 しかし、この時はまだ雨だけだった。


 シシーは雷の少ない地域に住んでいたので、さて寝ようとなってから鳴った雷が怖くてなかなか眠れなかった。

 お腹がまあるくせり上がり大きくなった姉に代わり、最近はずっと義兄に絵本を読んでもらっていたのだが、今日は絵本どころではなかった。

 長い時間、義兄に頭をなでなでしてもらいようやく眠ったはずだったのだが……。


 どどおーん! どっかーん! ぴかっ! ぴかっ!


「ぴゃあ~~~っ」


 大きな音と、カーテンを通り過ぎる光に起こされてしまった。

 ぬいぐるみのうさちゃんを抱きしめて、目をぎゅっと瞑ってみるけれど……だめだ、眠れない。全然眠くない。

 むしろ目が冴えてしまった。


 こんな夜は、いつかみたいに義兄と姉の真ん中でないと眠れない。


「……むう」


 よし、二人のお部屋に行こう!


 決意したシシーは、うさちゃんを抱きしめてベッドからしゅたっと降りる。格好良く降りられてちょこっと嬉しい。


 それから向かうは廊下に続く扉。

 とことこ向かっている途中、またまたぴかっと部屋が光ってシシーの瞳に水の膜ができるが、ぐいっと寝巻きの袖で拭って背伸びをしてドアノブに手をかける。


 ぎ、ぎぎい。


 いつもは気にならないお部屋の扉を開ける音に肩がびくっとなったが、次の瞬間、シシーの肩はまたびっくりすることなる──お部屋の外にあったのが真っ暗闇だったからだ。


『暗い暗い闇の中に、その怪物は住んでいました』


 姉が読んでくれた怪物(がおがお)の話を思い出す。


 途中で怖くなって泣いてしまったけれど、姉曰く、一人ぼっちの怪物に家族ができるお話だったらしい。

 ちゃんと聞いておけば、もしかして怖くなかったかもと後悔するが……もう遅い。


「が、がおがおさん、いるー!? ししーと、おともだちになろー!?」


 お友達になれば怖くないのでは? と思い叫んでみるけれど、返事はない。


 ……いや、聞こえる。


 窓を打ち付ける雨音や、木の枝同士のぶつかる音に交じって、ひゅーっひゅーっと怪物の息遣いが聞こえるのだ。


 この声はきっと、絵本の中の『優しいがおがお』ではなく、()()()がおがおだ……。


 怖いやつだ……。


 シシーの背中がひやりと冷たくなって、腕にぷつりとぷつりと鳥肌が立つ。


 そして、暗い暗い暗闇の中がぴかっと光る。それから遅れて響く雷の凄まじい音。


 どんがらがっしゃーん! ぴかっ!


 だけれども、シシーの決意は揺るがない。


「むん!」


 絶対二人の真ん中で寝ると決めたのだもの!


 シシーはぷるりと一つ震えたが、うさちゃんの目を見て、こっくり力強く頷いた。







 ──うとうとしては、大きな雷の音で目を覚ます。


 そんなことを何度も繰り返していたジェーンは、ふと誰かに呼ばれた気がしてベッドからゆっくり起き上がった。


「夢……?」


 夫は起きる気配がない。すうすう寝息を立ててぐっすり眠っている。

 たしか、「どんな場所でも眠れるんだ」と言っていたが、本当らしい。

 熟睡しているアシュレイは、起きているよりずっと無防備で、小さく開いている口が可愛い。


 なんだか安らかな顔のアシュレイを見ていたら、眠れそうな気がしてきた。


 もう少しそばに寄って寝よう。

 そう思った時だった。どおおん、と体の奥に響く一際大きな音と共に……シシーがジェーンを呼ぶ声が聞こえた。


 やっぱり聞き間違いなんかじゃない。


 足元に気を付けて部屋の外へ行くと、嵐の音の中にシシーの泣き声が混じっていた。


「シシー? シシー!!」

 一度目より、二度目は少し声を張った。


 夜中なので大声ではないが、伝えたい人物には届いたようで、とたとたと軽い音が近付いてくる。


「……え、さまぁ」

「シシー? こっちだよ。おいで」


 ジェーンも少しづつシシーの声の方に足を動かすが、暗闇で転んでしまいそうでなかなか進まない。


「こわいよぉ、がおがおいるよぉ」

「がおがおいないよ。さあ、おいで」


 そして稲光を頼りに二人はだんだん近付いていき、とうとうシシーは姉の足に抱き着いた。


「ねえさまぁ!」


「怖かったねえ、もう大丈夫だよ」

 ジェーンはぷえぷえ泣いているシシーの頭を撫でる。


 雷が怖かったのだろう。ジェーンだって、ほとんど体験したことない雷雨の夜が怖い。アシュレイがシシーを寝かしつける為に部屋にいなかった時間、雷が落ちたらどうしようと不安に襲われた。

 真っ暗な廊下に出た小さな妹を突き動かした恐怖を思い、ジェーンの瞳が潤む。


「姉様と寝よっか」

「ししー、ねむい、ない」


 少し尖らせた口のシシーの目は、ぱっちり開いている。


「眠くないの?」

「ない」


 さて、どうしようかと思っていると廊下がぴかっと光って、夫婦の寝室の扉が勢いよく開き、大きな黒い塊が飛び出してきた。


「ぴゃ~~!」「きゃあっ!」

 シシーとジェーンが同時に叫ぶ。


「ああ、ジェーン! よかった……あれ? シシー?」


 寝室を飛び出して来たのは、当然、アシュレイである。


「にいさま、こんばんはぁ」

「こんば……ん?」

「だっこしてください」

「うん、いいけど……」


 首を傾げながらシシーを抱き上げたアシュレイは、説明を求めてジェーンに視線を投げる。


「雷の音にびっくりして起きてしまったみたいで」

「ああ、それで。……シシー、泣いたのか?」

「ないてないです」


 シシーの可愛らしい嘘に、アシュレイは「そうか」とだけ返して、甘える小さな義妹の髪に唇を落とした。


 それからシシーを抱き上げてない方の腕でジェーンの肩を抱いて「いないから驚いた」と耳元で囁いた。


「ごめんなさい。アシュレイ様、ぐっすり眠っていたから……」

「それでも起こして。頼むよ」

「はい、心配させてごめんなさい」

「うん、心配した。でも、怒ってるんじゃないから。……何ともなくてよかった」


 アシュレイが心配してくれることを、ジェーンは嬉しく思う。

 妊娠してから過保護だと感じることもあるが、彼が自分を大事に大事に思ってくれることが伝わるからだ。


 ジェーンの額にアシュレイがキスをすると、シシーが「あー!」と声を上げて「にいさま、ししーにも! ししーにも!」と頬っぺたをぷくぅと膨らませてアシュレイのキスを強請る。


 楽しそうにはしゃぐシシーには、もう雷に怯えている様子はなかった。



「目が覚めたついでに、何か温かいものでも飲むか。作ってくるから二人で待っててくれるか?」


 アシュレイの提案にシシーはぱあっと表情を明るくした──夜中に何か口にする特別感は、大人より子供の方が大きいのだ。






「にいさま、ひとりで、こわくないかなあ? ないてないかなあ?」


 姉の隣にぴっとりくっ付いて、シシーは問う。

 ……うさちゃんを貸してあげればよかった。


「アシュレイ様はとっても強いからね、怖いものなんかないよ」

「そうなのぉ? すごいねえ」

「ふふ、そうだね。国で一番強いんだよ」

「すごーい!」

「そうなの、姉様の旦那様ってすごいの」

「ししーのにいさま、すごーい!」

「そうだね、すごいね」


 姉は本当によく笑うようになった。

 ……そして、ちょっぴり子供っぽくなった。

 義兄と出会ってから、姉はシシーの知らない顔をするようになって──笑ったり、泣いたり、照れたり、怒ったり、いろんな表情をするようになった姉は、とっても綺麗になった。



「──おまたせ」


 姉のお腹の中の赤ちゃんに「かみなりさん、びっくりしたねえ」と話しかけてよしよししていると、義兄が湯気が立つコップが乗ったトレーを持って戻ってきた。


「熱いから、気を付けて」

「はい!」


 渡されたコップにふうふうと息を掛けてから、ちろっと舌で熱さを確かめる。丁度良い(ぬる)さだ。


 コップの中身は、蜂蜜を溶かした良い香りのするお花のお茶だ。お腹の子に良いからと義兄が姉の為に買ってきたものである。


 お花の甘い匂いと、蜂蜜の甘い味がシシーのお口の中いーっぱいに広がり、飲み込めばお腹がぽかぽかと温かい。


 いつもより美味しく感じるのは、どうしてだろう?


 お部屋の外は相変わらずの雷雨だけれど、義兄と姉の真ん中にいるシシーは全然怖くない。


 それに、うさちゃんもいるしね。







 ジェーンが先に眠ってしまったので、アシュレイはシシーを寝かしつけていた。


「にいさま、おうちにね、わるいがおがお、います」


 うつらうつら言うシシーは半分夢の中。

 囁くように「心配しなくていい。俺がやっつけておくよ」とアシュレイが返すと、「やさしいがおがおさんは、やっつけないでください」という言葉を残し、シシーは眠ってしまった。


 悪い怪物と、優しい怪物の詳しい話は明日にでも聞こうと思いながら、ジェーンとシシーが自分のことを「すごいねえ」「すごいねー!」と褒め合っていたことを思い出し、ふっと笑みが零れた。

 まあ、そのせいで扉の前で悶えることになったのだが……。


『アシュレイ様はとっても強いからね、怖いものなんかないよ』


 目を瞑って、浮かぶその言葉に「あるさ」と返す。


 ──この幸せが無くなるのが、怖い。


 おぞましい想像がアシュレイを支配しそうになったその時、ぷすう、ぷすう、とシシーの寝息が耳に入り、肩の力が抜ける。


「……悪い怪物、か」


 そいつは、確かにいるのかも知れない。


「強くならないとな」


 何か楽しい夢を見ているのか「ぷふっ」と笑い声を上げるシシーと、すやすや眠るジェーンを見て、アシュレイは己の心の中に住む怪物を打ち負かすことを決意するのであった。

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