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最愛と過ごす常春のこと  作者: ゼン
【番外編】続く常春(一話完結型)
22/43

やいやいっ、くそ眼鏡!

 いきなりだが姉妹間でのタブーとは何だろうか。


 僭越ながら、ココの()()を発表したいと思う。

 心して聞いてほしい。そして、願わくばココのような被害者を出さないでほしい。


 世の姉達に告ぐ! 妹がいる部屋で恋人と相引きは禁ずる!




 物置部屋ならココはいないのだろうと思った(ノラ)執事(コニー)は、悪くないのかも知れない。いや、やっぱり悪い。勤務中に何をやってるんだ。

 ビルを探し役にした隠れんぼでお嬢様(シシー)と一緒に隠れた場所がこの部屋でなかったら、ココもこんな気持ちにはならなかっただろう。口をもにゅもにゅ動かすお嬢様が夢の中なのがせめてもの救いである。


 お嬢様の教育に悪過ぎる。


 隙間から見える光景にぎゅっと目を閉じる。

 姉とその恋人がキスしてる現場を見たい妹など、この世のどこにもいやしない。

 いや、語弊があるので言い直そう。すんごい濃厚なキスをしてる姉なんか見たくなかった……。


 ココだってキスくらい旦那様と奥様の朝のお見送りで見慣れている、のだが、ちょっと……今、この部屋でされているのは、あれだ、すんっごいやつだ(語彙力家出)。


 というか、あんた達は犬猿の仲ではなかったのかと小一時間問い詰めたい。

 特に、コニーに。

 あの鬼畜眼鏡執事ったら、姉に「嫁の貰い手はないでしょうね」などと暴言を吐いておいて、よくもまあ、あんなに……あれやこれやしやがって、あんにゃろう。


 絶許だ! くそ眼鏡。


 姉も姉である。

 なんで、その男なんだと聞きたい。

 いっっっつも喧嘩してる相手とキスなんて、一体全体どういうつもりなのか。


 お嬢様の長いまつ毛がふるりと揺れて、ココの肩がビクリと震える。


「……苺」

 むにゃむにゃとココの大事な大事なお嬢様が寝言を言う。


 天使の如き可愛らしいお嬢様が今起きてしまえば大事だ……ココと違って、この清らかな心の持ち主は男女のあれやこれやなんて微塵も知らない。


 ココは、勇気を振り絞ってわざと大きな物音を立てた。






「お姉ちゃん、くそめ……コニーさんと付き合ってるの?」

 寝台でごろんと寝返りをしたココが姉に問う。 


「……えーっと」

「コニーさんと結婚するの?」

「ココ、今日のあれは……その……」

「お姉ちゃん! はっきり言って!」


 ココは頬を思いっきり膨らませた。


「……お付き合いしてないし結婚もしないよ。あの人は平民だけど優秀な執事を出す名家の生まれだし、私では釣り合いが取れないし……それに相応しくないもの」

「じゃあ、何? あのくそ眼鏡、お姉ちゃんのこと遊びなの!?」

「こらっ! なんて言葉遣いしてるの!」


 相応しくない、と姉が言う理由をココは知っていた。


 姉は、十五になったばかりの年に春をひさいだ。

 ココに冬を越させる為と、父親の残した借金の為に、何度も。

 ココが初めて『そのこと』を知ったのはお屋敷で働く少し前のことで、それを教えてくれたのは、姉を買った男で下卑た笑いをする嫌な奴だった。


 ──姉が自分のことを汚いと思っている節があるのは『そのこと』のせいで、相応しくないと思う理由もそれだろう。


 ココは姉が汚いなどと思ったことはない。

 でも、姉はそうは思わない。また悔しいことに、ココの紙よりも軽い言葉で姉を救うことはできない。


 十五歳。

 姉が大事なものを捨てた年に、もうじきココはなる。

 ココはいつも守られ、大事にされてきた。今までずっと。そして、これからも。


 でも、姉は? 姉は、誰に大事にしてもらえるのだろう。


「私、あの人のことなんてこれっぽっちも好きじゃないんだから」


 嘘ばっかり。


 姉は、いつも自分の大事なものを真っ先に捨てる。少しも躊躇しないで、ココの為に。


 でも、そんなのは嬉しくない。


 ココは姉が大好きだから幸せになってほしい。






「やいやいっ、くそ眼鏡っ!」


 姉の嘘を聞いた翌日の仕事終わり、えいやーと突撃してきたココにくそ眼鏡──もといコニーは整った眉を分かりやすく顰めた。


 いつもはビクつく冷たい視線だが、今日のココは一味違う。

 ココだって姉の為に、死ぬ覚悟があるのだ!


「『くそ眼鏡』なんて、お嬢様達の前で使ってないでしょうね、ココ」

「つ、つつつつ使ってません! い、いいいい今の言葉は、就業時間外ですからいいんですぅ!」

「……まあ三千歩譲って、一理あるとしましょう」


 続けなさい、と言われたココは手をグーの形にしながら叫んだ。


「仕事中に如何わしいことをしたことを旦那様と奥様に報告されたくなければ、お姉ちゃんと結婚しなさいっ! どくされ眼鏡!」


 言ってやった!


 ふんすーっと荒く鼻息を出しながらココは小さな体を大きく見せるように、ない胸を張った。


「それができたらとっくにしてるっつうの。……揃いも揃って、『姉が』『妹が』。挙句に『くそ眼鏡』だの『どくされ眼鏡』ときた」


「ひっ」


 突然話し方が変わったコニーに、ココは一歩大きく引いた。

 二重人格だ。怖い。無理が過ぎる。


「お前等、まじでいい加減にしろよ」

「ぎゃ!」

「よく伸びるなあ」


 むにぃと両頬を摘まれたココは、泣き出した。


「うわあん! お姉ちゃあんっ!」

「泣け泣け。お前は餌だ」


 酷い。餌って何だ。


 ココがびいびい泣いていると、バターンと乱暴に扉が開かれ姉が入ってきた。姉の後ろにはビルもいる。

 後から聞いたのだが、ビルが姉を呼びに行ってくれたそうだ。


「ココ!」

「おでい(ねえ)()ゃ〜んっ」


 ひしっとココは姉に抱き着いた。


「ビル、ココを連れて部屋を出なさい」

「え、あっ、え?」


 突然話しかけられたビルはおろおろと視線を彷徨わせる。


「早くしろ、俺は機嫌が悪い」


 やっぱり、コニーは二重人格だ!


「はい! ただいま! ほら、行くぞ、ココ!」


 ぴい、と一瞬泣き止んだココはビルに引っ張られた。


「ぎゃーーーっ! いーやーだー! お姉ちゃあああんっ!」






「……ビルの裏切り者」

 ぶびーっと鼻をかみながら、ココはビルを睨む。


 一つ年下の庭師の息子のビル。ココは彼のことを大事な仲間だと思っていたのに酷い裏切りを受けた気分である。


「いやいや、コニーさんに歯向かうなんて無理じゃん!」

「コニーは二重人格で、お姉ちゃんを捨てる酷い男なんだよ! ビルはさっきコニーをやっつけなきゃいけなかったのに!」

「無茶言うな。それに、コニーさんはそんな男じゃないって」

「……お姉ちゃんが可哀想。私のせいで幸せになれない」


「どうしたんだよ、ココ。らしくないぞ?」

 今年になって拳二つ分身長が伸びたビルがココを慰めるように身を屈めた。


「お姉ちゃんには求婚者がいたのっ、お屋敷に来てからはもっといるけど……」

「えっ!?」

「でも、()()がいるからって、皆……」

「……『こぶ』って?」

「私」


 ココはまたぶわっと涙が溢れてきた。

 姉の幸せの枷になる自分が憎らしい。


「ココ、泣くなよ」


 よしよしとココの頭を撫でる手が大きい。

 庭師の見習いをしているビルの手はココの手と違って大きくて節くれ立っている。


「もし、ノラさんがコニーさんと上手くいかなかったら、ココとノラさんのことは俺がまとめて面倒見るよ。俺、今は見習いだけど、きっと一人前の庭師になるから……だから、泣くな」

「……ビル」


 顔を上げた視界の先にはぼやけたビルが真剣な顔をしていた。

 あれれ、ビルってこんなに頼もしかっただろうか。


 ココは泣くのも忘れてビルを見つめ返した。

 赤茶色の少し傷んだ髪に、日に焼けた顔を真っ赤にさせてココを見ている。


「お、俺、ココのこと、」

「──おい、くそガキ共」


 どきどき甘酸っぱい空気をぶち壊したのは、鬼畜眼鏡執事だった。


 ココとビルは思った。こいつ、めちゃくちゃ性格が悪い、と。




 あの後すぐに、ノラとコニーは婚約した。


 コニー曰く、彼はノラを娶るつもりだったらしく、ココが水を差したせいでこんがらがったのだと意地悪く言われた。

 本人には言えないのでビルにだけこっそり言うにとどめるが、本当に意地が悪い眼鏡野郎だ。


 そして、あの『お、俺、ココのこと、』と言いかけたビルの()()だが……今現在、有耶無耶のままである。

 でも、ココはそれでいいと思っている。……だってなんか恥ずかしい。それに今の関係も悪くない。まあ、ちょびっとだけ残念な気持ちもあったりするのだけれど。


 とまあ、そんな風に思っていたのだが──


「前に言いかけたことだけど、俺が一人前になってから改めて言うから待っててくれるか?」


 ──ビルだって、キメる時はキメるのだ。


 ビルの言葉に、ココは瞬きも忘れて何度も頷いた。


 ついでにこの時、ココはビルのことを好きだという自分の気持ちに気が付いた。




 翌年、クラークソン家では待望の長男が生まれる。

 旦那様似の赤子らしくない凛々しい男児の名はユリウスといい、このお坊ちゃまにココのお嬢様は夢中になる。


 同年、執事と子爵夫人付きのメイドが小さな式を挙げ、そこで花嫁が投げたブーケは花嫁の妹の手に渡ることになるのだが……それはまだ少しだけ先の話だ。

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