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最愛と過ごす常春のこと  作者: ゼン
最愛と過ごす常春のこと
14/43

おねぼうさんですよっ

 パーティーはまだ中盤だったが、三曲も続けて踊ったせいでジェーンが疲れてしまい、帰宅することにした。


 パーティー参加の目的は色々あったが、アシュレイの一番の目的──周囲に『ジェーンに()()()()()を出すのは愚かなこと』だと印象付けることができたので大満足だ。




 広場を抜けて、入り口を目指す。

 長い階段を下りるのは高いヒールを履き慣れていないジェーンには上がる時よりも怖いようで、アシュレイの手を握る彼女の手に力が入っている。


「人目が無かったら抱えて降りるんだけど」


 アシュレイがジェーンの手を握り返しながら言うと、ジェーンは「え?」と言ってから、愛読書の一文を思い出したのか唇を尖らせた。


「もう! 小説は没収ですっ!」

「ははっ」


 アシュレイはこの瞬間、自分が『好きな女の子を揶揄(からか)うタイプの男』なのだと初めて気が付いた。

 嫌われるのはごめんだが、このむくれた顔が可愛くてついつい言ってしまう。だが加減を間違えないように気を付けねばならない。



 馬車に乗り込み御者が扉を閉めると、ふう、と息を吐いて二人同時に背もたれに体を預けた。


「疲れたなあ……パーティーは苦手だ」


 タイを外してジャケットのポケットに突っ込み、シャツのボタンを二つ外しながらぼやく。

 固めた髪も崩したいが、これは我慢できた。


「わ、私は結構楽しかったです……」

「それは良かった」


 行きの馬車とは違い、ジェーンの表情が柔らかい──自分にリラックスした顔を見せてくれることが嬉しい。


「……あの、アシュレイ様」


 名前を呼ばれて隣を見ると、何か言いたげな瞳と目が合う。


「どうした?」

「……えっと」


 しかし、アシュレイは自他共に認める鈍感野郎なので彼女が何を言いたいのかが分からない。


「ジェーン?」

「く……」

「『く』?」

「……口紅、取れました……」


 口紅が取れた──この言葉の意味はすぐに分かった。

 が、アシュレイの悪い癖がにょきりと顔を出す。


「うん?」

「~~もうっ!」


 自分のすっとぼけた顔にジェーンが非難の声を上げたのを聞いて、アシュレイはようやく彼女の気持ちに確信が持てた。


「ははっ、ごめんごめん」

「今日のアシュレイ様は、意地悪です!」


 ぽかぽかとダメージのない攻撃を受けながら、その手を摑まえる。


「ごめん」

「アシュレイ様のばか」

「ごめんって」

「だめです! ゆ、」


 許しません、と続くはずだった言葉はアシュレイがジェーンの口を塞いで遮った。


 一、二、三秒──


 本当はもっと長くくっ付けていたかったが、持ち前の忍耐力で堪えた。


「……」

「怒ってる?」

「……怒ってないです」

「よかった」

「子供っぽくて、ごめんなさい」

「別にそんなこと思わないけど」

「でも、アシュレイ様は私のこと子供だと思ってます、よね?」


「いや、思ってない」

 思ってたら、口付けなんてしないし、()()()()対象として見るはずがない。


「だって……アシュレイ様……」

「俺が?」


 ──私に何もしないから、と言うジェーンの声が(しぼ)んでいく。


「え」


 してもよかったのか……!


 アシュレイとしては、あと一年位は手は出せないと割り切っていた──だって、彼女は顔をすぐ赤くするので、慣れるまではそれくらいかかるだろうと思っていたのだ。


「それって……」


 てっきり、ジェーンもそうだと思い込んでいた。

 しかし、そうではないらしい。


 つまり──



「……ジェーンのこと、俺の好きなようにしちゃっていいってこと?」



 ムードのかけらもない言葉だったが、ジェーンはアシュレイの目を真っ直ぐ見て頷いた。


「はいっ」





 帰宅後、アシュレイはジェーンのことを子供扱いしていないということを、彼女自身に証明した。









「にいさまぁ、ねえさまぁ」


 シシーの声とノックの音で、アシュレイは目を覚ました。


 気の利くコニーにより、昨日の内から寝室に近付かないようにとされていたようだが、シシーには関係ない。休日二日目の朝だというのに、姉も義兄も起きてこなければ起こしに行くのは当然だ。


 アシュレイは起きる気配のないジェーンを残して、扉を開けて廊下に出る。……シシーを中には入れられないので。


「おはよう、シシー」

「にいさま、おねぼうさんですよっ」


 ぷうと頬を膨らますシシーの後ろには、困った顔のココがいた。

 シシーを止めるのは十歳の少女では難しかったのだろう。


「申し訳ありません、旦那様……」

「うん、いいよ。そろそろ起きなきゃって思ってたんだ」


「ねえさまは?」

 アシュレイの足にぎゅうっとしがみ付きながらシシーが言う。


「ジェーンは、昨日のパーティーで疲れてるから『お寝坊さん』だ」


 シシーの言葉を真似て言ってやれば、「ふうん?」と納得したのか、していないのか分からない返答が返ってきた。


「ししー、おなかぺこぺこです……」

「え? 何? 食ってないの?」


 吃驚してココを見ると、こくりと頷く。


 シシーは一人で食事を摂らずに待っていたのだろう。そして空腹の限界が来て、姉と義兄の部屋に来たという訳だ。


「分かった、一緒に食おう」

「はい」

「今度から待ってなくてもいいぞ」

「だめです」

「うーん、だめかあ」

「……ひとりぽっちで、たべるいやです」

「そうだな」


 そのままシシーを抱き上げて、機嫌を取りながら食堂に向かう。


 アシュレイが寝癖もそのままに食堂に入っても、アンナは怒らなかった。それどころか、機嫌が良い。

 その理由が察せられて据わりが悪い。

 コニーやノラや他の使用人のように知らんぷりできないのがアンナである。嬉しそうな顔だ……。


「……アンナ、その顔ジェーンの前でしないように」

「あらぁ、嬉しくてつい」

「あの子は、アンナと違って恥ずかしがりなんだから」

「ま~あっ! まあまあ~!」


 この、アシュレイの余計な一言で怒ったのか、はたまたアンナ風の祝いの気持ちかは分からないが、朝からクリームたっぷりのケーキを出された。

 甘いものは嫌いではないが、食事時に『おやつ味』は勘弁して欲しい……と、思いつつ完食はした。



 遅めの朝食を食べた後は、シシーのリクエストで庭にテントを張り、中でおままごとに付き合わされた。


 テント内でのおままごとは最近のシシーのお気に入りの遊びで、アシュレイが仕事で家を空けている時は使用人が代わる代わるにシシーの相手をしているらしい。

 アシュレイには何が楽しいかは分からないが、本人は満足しているようだ。


「ごはんですよ~。もぐもぐ!」


 アシュレイはシシーの真似をして、玩具のパンを「もぐもぐ」と言って口に寄せる。


 まさか二十六歳にしておままごとをすることになるとは……と、思いながら、もしかしてこれからもするかも知れないと、ふと思う。


 子供は授かりものだが、何人いてもいい。




 昼を少し過ぎ、シシーがおままごとに飽きた頃。

 うとうとしていたアシュレイの腹に勢いをつけて、「えーい」とシシーが乗ってきた。


「にいさまーっ!!」

「……ぅぐっ、どうした?」

「ねえさま、おこしにいくですよ!」

「うーん……まあ、病気じゃないしな。……うん、行くかあ」


 シシーはアシュレイの言葉を聞くや否やテントから出て、アシュレイを「はやくぅ」と急かす。


 咳の発作が少なくなったシシーは、お転婆に拍車がかかった。

 ちょこまかと動き回ることもあって以前より食べる量も増えた。


 コニーは元気過ぎるシシーの将来を心配をしているが、アシュレイはさほど気にしていない。

 元気なことが一番だ。




「……ねえさま、まだおねぼうさん?」


 シシーの後に着いて寝室を覗くと、部屋着に着替えて髪を結ったジェーンがベッドに腰掛けてお茶を飲んでいた。

 先ほどすれ違ったノラにやってもらったのだろう。


「シシー、おはよう。もう起きたよ」


 ジェーンがサイドボードにカップを置くと、シシーはベッドによじ登り姉に抱き着いた。


「ねえさまぁ」

「どうしたの? シシーったら、赤ちゃんみたい」

「あかちゃんじゃないもん……」

「シシー?」


「昨日からあまりかまってやれなかったから、寂しかったんだろう」

 アシュレイの言葉にジェーンは「寂しかったの?」と言って、妹の頭を撫でる。

 しかしシシーは返事をすることなく、ジェーンから離れるもんかとでも言うようにしがみ付いている。


「……体調は平気?」


 アシュレイは、ジェーンの隣に座りながら聞く。

 いつかのように一人分空けたりはもうしない。


「は、はい」

「その……ごめん」


 昨日は途中から夢中になって加減ができなかったと、今更だが反省する。


 シシーがいるので余計なことは言えないが、ジェーンの顔がカッと赤くなったので何のことについての謝罪かは正しく伝わったようだ。


「いえ、あの……私、嬉しかったです」


 素直なジェーンの言葉にアシュレイも照れてしまう。


 でも、嬉しい。


 だからアシュレイも、素直になって最愛の妻にまだ言っていない言葉を伝えることにした。



「ジェーン──」


 シシーを抱えたジェーンごと腕に収めて、アシュレイは彼女にだけ聞こえる声で囁いた。

 柄ではないし、きっとコーエンやキャデラックのように日課のようには言えないけれど、頑張って年に一度くらいは言いたい。



 ジェーンがアシュレイの背中に手を回すと、挟まれているシシーが「やーん!」と叫んだ。

 あっ、と思って隙間を作るとぷんぷんしたシシーが顔を出す。


「ししー、つぶれちゃうですっ」

「はは、ごめんな」


 むうむう文句を言うシシーを宥めていると、アシュレイの肩口にジェーンが顔を埋めて甘えてきた。


「アシュレイ様……私もです」


 ジェーンの声は少し涙が混じっていたが、彼女が泣くのは大抵嬉しい時だと、アシュレイはもう知っている。


「……うん」




 アシュレイの目の前には、ずっと憧れていた家族がいる。


 そして、それはきっとこれからも増えていくのだろう。




 手に入れた腕の中のぬくもりは、まるで春を思わせた。




【完】

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