アシュレイの嫁ちゃん紹介してよ
結婚して三週間が経った、ある日。
コーエンから三度目の『緊急事態』コールの伝言を受けたアシュレイは、今回は急がずに指定された会議室にゆっくり向かった。
すると、そこにはコーエンの他に予想外の人物がいた。
その人物とは、第三皇子のキャデラック・ハリス・ローズヴィヨレットである。
部屋の前に近衛騎士がいたのを見て、予想は付いていたが……。
「アシュレイ、遅いよ。緊急事態って言ったのにさあ」
口を尖らせるコーエンに、お前のせいだと思うアシュレイは悪くない。絶対。
文句は後で言ってやろうと思い、キャデラックに頭を下げようとしたが阻止される。
「あーあーいいって、そういうのは~」
手をひらひらしてぶっきらぼうな言い方をするのは、正真正銘、この国の麗しの皇子様である。
「久しぶりだね~、アシュレイ! ああ、君達は部屋の外で待機しててくれるか」
前半はアシュレイへの言葉だが、後半はきらびやかな白い騎士服を身にまとっている顔面偏差値の高い近衛騎士達に向けての言葉だ。
三人いる近衛騎士の六つの目玉がぎろりとアシュレイを睨み、それを見たキャデラックが「出ていけ」と冷たく彼等に言い放つ。
すごすごと部屋を出て行った顔の良い男達を見て、こういうことをするからアシュレイは近衛騎士達に蛇蝎の如く嫌われるのだと、溜め息を吐きたくなる。
キャデラックはアシュレイがこのようなことをやめるように、と言っても知らんぷりする。
なので、自分も不穏な視線に対して知らない振りをするしかない。
扉が閉まって、やっとアシュレイは詰めていた息を吐いた。
「殿下、」
「アシュレイ、違うでしょ?」
不機嫌そうなキャデラックに言葉を遮られたアシュレイは、早々に降参した。
「……久しぶり、キャデラック」
「うん!」
キャデラックとアシュレイは、コーエンを通して知り合った十年来の友人だ。
最初はコーエンが公爵なのも、キャデラックが第三皇子なのも知らなかったので、普通に敬語も使わず話していた。
二人もそんなアシュレイに注意をしなかったが……それに気付いた時のアシュレイの気持ちを想像してほしい。
その時にはコーエンには敬語を使っていたが、キャデラックとは同い年だったのでそんなものは使っていなかったのだ。
言葉使いや態度を改めようとは思ったのだが、キャデラックはアシュレイが敬語を使ったり、畏まった態度を取るのを嫌った。
それに、寂しげな顔で友人だから頼むと言われてしまえば、アシュレイも断れない。
「『うん』じゃないだろ? 何しに来たんだ?」
どかりとソファーに座ると、テーブルの上にはまた昼食が用意されていた。
「まあまあ」
「これでも飲んで」
コーエンにお茶が入ったコップを手渡され、乾杯させられるのが本当に意味が分からない。
二人は「いえーい」と言ってコップを持ち上げ、ノリがクソガキ……もとい、若い。
素面なのに、酒を飲んでいるテンションである。ついていけない。
テンションが高い二人をよそに、用意されたものに手を伸ばしながら「で、何しに来た?」と、二度目の同じ質問をする。
「アシュレイの結婚のお祝いを言いに来たんだよ~。結婚式に行きたかったんだけど、無理だったし」
「そうか、ありがとな」
「ね~え? コーエンから聞いたよ~。アシュレイってば、嫁ちゃんとまだなんだって~?」
ゲスい顔をして口の端にソースを付けているのは、正真正銘、以下省略。
「先輩、こいつに余計なこと言うのやめてくださいよ。大体、偽『緊急事態』を二回も使うから、遅くなったんですよ?」
「アシュレイに怒られちゃった」
わあい、とハイタッチをするコーエンとキャデラックに、軽くイラっとしながらキャデラックに布巾を手渡す。ソースを拭け、第三皇子。
「──って、ことで、アシュレイで遊ぶのはさておき、本題だ」
散々、アシュレイを揶揄った後で、皇子モードの顔をするのはやめてほしい。
なぜ、コーエンもキャデラックも冗談を挟まないと話せないのか。
「アシュレイ、俺の近衛騎士になってくれないか?」
「……」
「子爵になったんだから、条件は満たしている。……お前を、隊長として迎えたい」
近衛、それも隊長。
大出世だ。
しかし、『喜んで』とは言えない。
理由は近衛隊の剣術は教本通りで、行儀の良い者が大半を占めているからだ。泥臭く戦うことに特化した自分とは一生相容れない気がする。
「キャデラック、俺は、」
「あーもー! 即決しないで、少しは考えてよ~!」
「そう言われてもな……」
「とりあえず、再来月の俺の誕生パーティーまで待つからさ、もっと真剣に前向きに考えてくれよ~」
「……誕生パーティー?」
「うん、今年からお前はゲスト参加だ」
そういえば、再来月はキャデラックの誕生日だ。
毎年、警備をしているので今年もそのつもりだったが……子爵になったので、今年からは招待状が送られるというわけか。
「でさ、その時にアシュレイの嫁ちゃん紹介してよ。俺の嫁も紹介するからさ」
「……ああ」
キャデラックは一年半前に、『平民と結婚した、初の王族』だ。
お忍びが大好きなお気楽三男坊はある日、雷のような何かに打たれて恋に落ちた。
その相手こそ、現在の第三皇子妃である。
今まではアシュレイの立場上、会うことも挨拶もできなかったがこれからはそれが可能になる……が、キャデラックにジェーンを紹介するのは少々気が進まない。
昔のあれやこれやを、ジェーンに嬉々として話す様子が目に浮かぶからだ。
しかし、キャデラックがその気ならアシュレイだって第三皇子妃に、奴の黒歴史を暴露するまでである。
「あれ? ……ねえ、ジェーンちゃんってデビュタント済んでないんじゃない?」
ふいにコーエンに言われて、そうだろうなと思った。
デビュタントとは十五歳になった貴族の娘が一人前の淑女として認められるという催しであり、この国では王后が白いドレスを着た娘達に『祝いの言葉』を贈ることになっている。
「そうなんだ~。略式でいいなら、別室で母さんに『祝いの言葉』言ってもらおうか?」
キャデラックの言葉に、アシュレイはぎょっとした。
彼が「母さん」と言っているのはこの国の王后だ。
「待ってくれ。妻に聞いておくから、とりあえず保留で」
こう言うのが、精一杯だった。
恐縮しまくるジェーンが想像できる。
彼女が嫌だと言ったら、断ろう。
その後、昼休みぎりぎりまでコーエンとキャデラックと雑談しながら昼食を摂り、きらきら集団を引き連れてキャデラックは城に帰っていった。
夕食後、リビングでお茶を飲んでいる時にアシュレイがジェーンにデビュタントのことを話すと、ぽかんとした顔をした後に彼女は目を潤ませた。
どうやら、デビュタントに憧れがあったようだが完全に諦めていたそうだ。
「ありがとうございます、アシュレイ様」
ジェーンはアシュレイに何度も礼を言った。
しかし、なぜ特別にデビュタントができることになったかの経緯を話すと、ジェーンは文字通り固まってしまった──キャデラックと友人であり、近衛騎士の隊長にスカウトされた話も、含む。
「アシュレイ様って、凄いんですね」
「いや、俺の周りは凄いけど、俺は普通だ」
「そんなことないと思います……」
「でも、俺に特別なところはない」
「いえっ! 特別なところならいっぱいあります」
いつもより語彙に力を入れて言うジェーンは続ける。
「まず、国の英雄ですし、最年少で団長になったお方です。それに、人を見下したりせず誰にでも平等で、シシーにも私にも、使用人達にも優しいです。あと、とても努力家です。それと、」
「待て、ジェーン……それくらいで勘弁してくれ……っ」
褒めちぎられる行為に慣れていないアシュレイは、ソファーに倒れこんで撃沈した。
「にいさま、どうしたですか?」
「ジェーンにやられた……」
「ええ~?」
絵を描いていたシシーがとことこやって来て、赤い顔を隠すアシュレイの右手をぺちぺちしているが、無様な顔を見られたくないので、この手を退けられるはずもない。
「……アシュレイ様の弱点、見つけてしまいました」
ぽそりと呟くジェーンに、「覚えてろよ」と言ったアシュレイの声は説得力のない小さなものだった。




