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最愛と過ごす常春のこと  作者: ゼン
最愛と過ごす常春のこと
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結婚したいって言ってたよね?

 アシュレイ・タウンゼントは裕福な商家の三男として産まれた。


 父と祖父は相当仲が悪かったらしく、その証拠に亡き祖父にそっくりなアシュレイを見る父の目は、興味がなかったという単純なものではなく、嫌悪そのものだった。


 母は気の弱い女で父の言いなりだった為、アシュレイを守って庇ってくれることはほぼなかった。

 そんな母に素直に甘える気など起こるはずもなく、母もそんな可愛くない三男に必要以上にかまうことはなくなった。


 期待は全て長男に注がれていたし、父の生写しである次男には愛情が注がれていた。

 金がある家だったので欲しいものはほぼ手に入ったが、アシュレイは随分と寂しい幼少期を過ごした。


 そして、アシュレイは十三歳になったと同時に家出同然で騎士見習いになった。入隊は十五歳以上からという規則だったが堂々と年齢詐称した。

 体格に恵まれたアシュレイは年齢がバレて家に戻されることはなく、仲間と共に剣技を磨くことに専念することになる。


 女っ気はまるでなかったが、亡き祖父に似て勇敢で正義感が強いアシュレイは、入隊して数年後には先輩後輩関係なく信頼を得るようになっていた。


 年齢は見習いを卒業する頃になってようやく明るみになったが、大事にはならなかった。

 なぜなら戦争が始まり、アシュレイの年齢なんてどうでもよくなったからだ。


 戦争では毎日たくさんの人が死んだ。

 昨日まで一緒に励まし合っていた仲間も、口は悪いが頼りになる友人も、自分を慕う見習いの少年も、敵兵も。皆。


 戦争を早く終わらせる為に、アシュレイは誰よりも人をたくさん殺した。


 戦争が終わり、活躍したアシュレイは王に讃えられ、一代限りの(ナイト)爵と、末端騎士団であるが団長の称号を得た。


 絵に描いたような大出世だったが、アシュレイは素直に喜べなかった。

 戦争だろうが、たくさんの人を(あや)めた罪悪感と、仲間を失った喪失感は、出世などでは埋められない。


 それに、アシュレイの望みは『温かい家庭を持つこと』であって、出世ではなかった。

 しかし、戦の褒賞は受け取らねばならないものであったし、王の(めい)を断ることはできなかった。


 そして、このタイミングで戦争で深傷(ふかで)を負っていた兄二人が死んだ。

 両親の嘆き様は凄まじく、『お前が死ねばよかったのに』とアシュレイを罵り、兄達の後を追うようにして、夫婦揃って息を引き取った。


 葬儀の際、アシュレイは涙が一滴も出なかった。

 自分に興味がない両親にも、自分を見下す兄達にも、情なんて微塵もなかった。

 むしろ、せいせいしたと言ってもいい。

 そんなことを思ってしまう自分を、アシュレイは酷く冷たい人間だと思った。


 この時からだ、一部の者達からアシュレイが『悪魔』と囁かれるようになったのは。


 英雄と呼ぶ者達は多かったが、それと同じ数だけ恐れられてもいた。



 この時、アシュレイは十六になったばかりの少年だった。







 戦争が終わっておよそ十年、アシュレイは未だに末端騎士団の団長を務めていた──


「アシュレイさあ、前に結婚したいって言ってたよね?」


 開口一番の言葉に、アシュレイは眉を(しか)めた。


 緊急事態だと言われて駆け付けたのに、緊張感がまるでない間延びした声にカチンとくる自分は心が狭いのだろうか?

 否、狭くない。


「確かに、そのように言った記憶はありますが。……いきなり何ですか?」


 貴重な昼休みに呼び出された自分の気持ちを考えて欲しい。こちとら寝坊して朝食を抜いて腹ペコなのだ(自業自得)。


 アシュレイを呼び出した男──コーエン・バンクスは、アシュレイの見習いだった頃からの先輩で、代々騎士を輩出している名門の家の出だ。

 彼は花形と言われる第一騎士団の副団長であるが(おご)ったところが少しもなく、美形な上にどの方面からも人気のある男である。


「結婚はいいものだよ」

 すったもんだの大ラブロマンスを繰り広げて結婚したコーエンの口癖である。


「そうですか」


 正直、羨ましい。

 縁があるなら、アシュレイも結婚して家庭を築きたい。

 しかし、自分には縁がない。

 死んだ親の遺産があって、王から報酬もたんまり貰っていて、無駄遣いをしないアシュレイは金がある──つまり、金目当ての女しか寄ってこない。


「はい、これ」

「何ですか、これ」

「釣書」


 目の前に出された釣書を見て、アシュレイは少しばかりむせた。

 そして落ち着いてから、もう一度釣書をじっくり読む。

 当たり前だが、書いてある内容は同じだった。


 子爵家の令嬢の詳細だ。


「……渡す相手、間違ってませんか?」

「間違ってないよ」


 首を傾げるアシュレイに、コーエンは『子爵家の令嬢』について語り始めた。


 曰く、クラークソン家は、子爵家とは名ばかりの貧しい家である。


 クラークソン子爵は、大変に人が()く、困っている人間を放っておけない善人だった。

 余裕なんて少しもないくせに、戦争で行き場のない孤児や怪我人やらを子爵は財産が尽きるまで助けた。

 戦争が終わっても、それは続いた。

 子爵夫人はそんな夫を支えたが、もともと体が弱かった為に末娘を産んですぐに儚くなった。四年前の話だ。


 そして、子爵も半年前に詐欺に遭ったことから、心労がたたり亡くなってしまった。


 二人の娘と借金を残して。


 そこまで聞いてしまえば、後はもう聞かなくても分かった。

 姉の方が、裕福な男に嫁いで借金と妹の面倒を見てもらおうという話だろう。


 なるほど。


 アシュレイは無駄に金があり、無駄に広い屋敷に住んでいて、無駄に部屋も余っている。

 そして、その娘と結婚すればアシュレイは子爵位が手に入り、これ以上は無理だろうと諦めていた出世も可能になる。

 コーエンは、双方にうまみがあると言いたいのだろう。


 しかし、アシュレイに出世欲はない。


 そもそも、女側の結婚の目的が金だなんて、アシュレイの思い描く温かな家庭像からかけ離れている。


「申し訳ありませんが、」

「はあ~~~っ」


 アシュレイの言葉を遮って、コーエンは演技がかった大袈裟な溜め息を吐く。

 わざとらしい。


「ちなみにだけど、アシュレイに断られたらこの子、自分よりも五十も年上の狒々爺(ひひじじい)と結婚するんだって」


 この子、と釣書に書いてあるジェーン・クラークソンの文字を指でなぞりながら言うコーエンに、アシュレイの眉がぴくりと動く。


 彼女の年齢は……十七歳と記されている。


「いやあ、結婚って言うより借金のカタかなあ。大した額じゃないらしいんだけどねえ、それも返せないって話だ。しかも、その狒々爺はまだ四歳の妹ちゃんの面倒までは見ないつもりらしくてさあ、まだ年端もいかない幼気(いたいけ)な妹ちゃんは、かなり遠方の孤児院に突っ込まれちゃうらしいよ」


 四十近い男(コーエン)が「可哀想だよねえ」と泣いたふりでアシュレイに同意を求めてきたので、適当に「そうですね」と返すと、コーエンはあっさりとそれをやめた。


「しかも、狒々爺には特殊性癖があってさあ」

「とくしゅせいへき……ですか?」

「超エグいけど聞きたい?」

「……いえ」

「まあ、可哀想だけど、アシュレイが嫌なら仕方ないかあ。うん、分かった。俺から断っておくね」

「あの、他に当てになる人はいないんですか?」

「気にしなくていいよ。わざわざ呼び出して悪かったね、戻っていいよ」


 コーエンの言葉に、アシュレイを責める色はなかった。


 このまま、部屋を出て昼食と午後の仕事や訓練のことを考えればいい。


 しかし、アシュレイにはそれができなかった。



「……待ってください」



 アシュレイは、さっと目の前の釣書をコーエンから奪った。

 これが、結婚についての明確な承諾の意となったことは言うまでもない。







 結婚は、とんとん拍子で決まった。


 面倒な手続きは全部コーエンがしてくれた為、話が出た二週間後に結婚式という、超スピード婚となった。


 コーエンが仕事のできる男だと証明されたが、アシュレイはそのせいで妻になるジェーンと会うのが今日──つまり、結婚式当日になってしまった。

 事前に人物画をもらっていたのだが……人物画は大抵五割増しに描かれているので信じていいか怪しい。




 凝ったレースのベールで顔が見えない花嫁を目の前に、アシュレイは緊張していた。


 どんな顔かは、ベールを(めく)るまで分からない。

 故に、いざそうする時になってアシュレイは、ようやく『誓いの口付け』があることを思い出した。


 ──『はじめまして』で、口付け?


 そんなことを思いながらもベールを捲ると、透き通った新緑色の瞳と目が合う。


 アシュレイは、人物画を描いた画家を非難したくなった。

 彼女の魅力の半分も描けない奴は、画家なんてやめちまえ、とも思った。


 天使が地上に舞い降りたら、きっと彼女の形をしているのだろう。

 そう思うほどに、花嫁の少女は可憐であった。

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