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最終話

 眩しい。

 すごく明るい白い光に照らされている。

 目を開けて最初に見えたのは白い天井と蛍光灯の光だった。

 自宅ではない、私は何処に寝てるんだろう?

 私はのっそりと上半身を起こしたところで自分が病院に置いてあるような無機質なベッドに寝ていたことに気づく。

 そして誰かが呼びかける声が徐々に鮮明になって…。

「和子、和子、怪我はないか?」

「え、東雲さん!?」

 ベッドの脇には東雲さんがいて心配そうにこっちを見ていた、寝起きの無防備な姿が恥ずかしくて私は思わず掛け布団で身体を隠した。

「あ、和子ちゃん目が覚めた?」

「夢乃さん、ここは?」

「医務室だよ」

 私は自分がスターライトコロシアムで闘っていたことを思い出した、試合の展開は確か私が腕十字固めから逃れて、それからどうなったんだっけ。

「負けたんですか、私は」

「負けではないよ、見てみよっか」

 夢乃さんがリモコンを操作して壁に掛けられたモニターに映像が映し出される、モニターには左腕を垂らして右拳だけでファイティングポーズをとる私が映っていた。

 そうだ、ここだ、この直後に決着がついたはずだ。

 映像の私が虚を突くタイミングで踏み込んで放った右ストレートが秋枝さんの顎を打ち抜く。

 秋枝さんは上半身を大きく揺らして倒れそうになるが、崩れ落ちる直前に力強い一歩を踏み出した。

 踏み出した右脚を軸にキレのある左回転をして、勢いそのままに左のバックハンドブローを放つ。

 裏拳が斜め下から私の顎を打ち抜き秋枝さんはそのまま仰向けに倒れ、打たれた私も前のめりに倒れ込む、マットに横たわりピクリとも動かない二人を確認したスタッフやリングドクターがどやどやとリングに入って来たところで映像は途切れた。

「引き分け、ですか」

「うん、でも秋ちゃん相手に引き分けはすごいよ、最後のは攻撃後のガードが甘かったね、もっとこう…ね」

 夢乃さんが右ストレートの姿勢を見せた、そのフォームは右肩が下がらずに顎の右側をカバーして、引いてきた左拳は反対側の顎をカバーしている。

 私は夢乃さんの説明を聞いても、その防御さえやっていれば勝てたとは思えなかった。

 追い詰められた末にようやく繰り出すことができた、その先。

 私の最高の一撃を受けた秋枝さんは意識を失いながらも的確な反撃をしてきた。

 秋枝さんを相手にして何をどうすれば勝てた、というイメージは全く浮かばない。

「格闘技の選手っぽくなるのも和子ちゃんのスタイルと違うと思って、あんまりその辺は教えなかったんだ」

 夢乃さんは試合結果は引き分けだと言っている、でも彼女ほどの実力者が気づかないはずがない。

 私は冷静に試合内容を思い出すと、一つの攻防が気にかかった。

「あの、寝技の時…」

「桜庭君、いや真武館(しんぶかん)宗家(そうけ)代理」 

 東雲さんが私の呟きを強い口調で遮った。

「和子の体術指南は依頼したが、こんな場所に連れて行けとは言っていない」

「殺し屋稼業よりは危なくないですよ」

 夢乃さんは柔らかい笑みを浮かべて東雲さんからの非難を受け流す、答えになっていなくても返しにくい言い方をする。

 苛立たしげな東雲さんと挑発的な笑みを浮かべる夢乃さんの視線がぶつかり合う、その殺伐とした沈黙に呑気な声が割って入った。

「お~い夢乃ぉ、この後打ち上げだろ?」

「あ、秋ちゃんお疲れ~」

 医務室に入って来た秋枝さんは東雲さんと夢乃さんの微妙な空気を感じ取ったのか、二人を交互に眺めてから言った。

「この兄さん、トレーナーか?」

「可愛い彼女を秋ちゃんなんかと闘わせるなってさ」

「ハハッ、そりゃあそうだ、だけどあんまり束縛キツイと嫌われるぜ」

 秋枝さんは豪快に笑うと二人の間を通って私のベッドに腰かける。

「え、あの彼女とかじゃ…」

 私はチラリと東雲さんの方を見たけれど、顔を伏せていて表情はわからない。

「楽しかったぜ、中々やるな」

 秋枝さんは試合中とは打って変わって愛嬌のある笑顔を見せた。

 でも、私は健闘を称える言葉を素直に喜べなかった。

「試合は、私の負けです…」

「そうかぁ?」

「あの腕十字固めの時、折れましたよね?」

 秋枝さんの表情から笑顔が消えて一瞬顔をしかめる。

「ギブアップなしのこの場所で私の腕を折りたくなかったから技を解いた、違いますか?」

 私が真っ直ぐに目を見て問うと秋枝さんは視線を彷徨わせた後に苛立たしげに言った。

「関節技は苦手なんだよ、あたしがそんなに優しいとでも?」

 怒気をはらんだ口調で言われても、私はその言葉に怯えるどころかちょっとおかしくなってしまい、クスっと噴出した、だって…。

「優しいですよ、妊婦さんに席を譲るくらいには」

「んん?あーー!あの時の鈍い女!!」

「ちょっと、酷くないですか!鈍いって、その鈍いのにノックアウトされたくせに!!」

「なっ!こいつ……、今からぶっ壊してもいいんだぜ!!」

 秋枝さんが私の掛け布団を勢いよく取り払う、私は服を着ていても反射的に身体を隠すように身を縮めた。

 その隙にベッドに飛び乗った秋枝さんは私の左脚を自分の両脚で挟み込み、更に私の左足首を脇に抱え込んだ。

 秋枝さんが抱えた私の足首をひねっ…。

「あだだだだだっ、痛い!痛い!痛いいいっ!!」

 左膝に激痛がっ!あがががっ!!

 慌てて駆け寄った東雲さんが秋枝さんを引き剝がそうとするも、秋枝さんを掴んで引っ張ればその分強烈に技が極まる。

「ヒールホールドは危ないよ~」

 頬杖をついて一人穏やかに微笑む夢乃さんの顔がたまらなく憎たらしかった。


「さて、もう予約の時間だろ、行こうぜ」

「だね、東雲さんもいかがですか?」

 秋枝さんがヒールホールドを解いた後、夢乃さんは何事もなかったように秋枝さんに頷き、東雲さんを誘っている。

「悪いが用事がある、ここに来たのも別件なんだ」

 私が東雲さんを交えてのディナーを期待したのも束の間、東雲さんは立ち去る素振りを見せて私の横を通り過ぎる時に「たまには女の子同士で楽しんで来るといい」とだけ言い残して医務室を出て行った。

「じゃあ、あたしら三人だけか、比那(ひな)は?」

「比那は今日ここに来るのに誘わなかったら拗ねちゃって、お父さん達といるって」

「あと成宮(なるみや)もいただろう、ヤバい方の」

「理沙ちゃんは事件のことを調べるって、土地勘のない治安の悪い街だから一緒に来るように言ったんだけど」

「大丈夫だろ、あの変態なら」

「そうだね」

 二人の会話には私の知らない人の名前が出てきたけれど、結局これ以上誰かが合流することはなさそうだ、ついさっきまで私の膝を破壊しようとしていた秋枝さんだけど一緒に来てくれれば夢乃さんと二人きりよりはだいぶ場が和みそうな気がした。

「大晦日のスターライトラウンジなんて、よく予約できましたね」

 私の呟きに秋枝さんはぽかんとした顔で黙り、夢乃さんは小さく首をかしげる。

「ディナーはここじゃないよ」

「えっ、ここじゃないって、ええー!?」

「予約してるのは近くの90分食べ放題のバイキングレストランだけど」

 夢乃さんは事もなげに言う、私は急いで鞄から貰った手紙を取り出してもう一度読み直した。

 ※ ※ ※

和子ちゃんへ、三日間の特訓お疲れ様です。

明日の特訓はお休みです、明後日の大晦日は労いの意味を込めてディナーに招待します。

楽しい余興もあるのでお楽しみに。

桜庭夢乃。

 ※ ※ ※

 という本文の他には待ち合わせ場所としてスターライトホテルが指定されているだけだ、『ホテルのラウンジでディナー』とは何処にも書いていない。

「あ、ああ…」

「いいだろ別に、それともフォークとナイフで上品にお食事って気分か?」

 秋枝さんに言われて私はハッとした、確かに今はお洒落なお店で優雅な食事という気分じゃない、ここ数日の夢乃さんとの特訓に秋枝さんとの試合が重なり自分が心身ともに飢えていることに気づいた、今はとにかく食べまくりたい!


 この後、三人で訪れたバイキングレストラン『スピカ亭』は焼き肉を中心になんでも置いてあり、女だけの会食ということもあって私は秋枝さんと張り合うように食べまくった。

 夢乃さんも私と秋枝さんほど肉偏重ではないものの、涼しい顔をして栄養のバランス良くかなりの量を食べていた、夢乃さんが何度目かの料理を取りに席を立った時に私は気になっていたことを秋枝さんに訊ねる。

「秋枝さんは、どうして闘うんですか?」

「んっ……あぁ、なんでかって?」

 食べていたお肉を飲み込んだ秋枝さんの目つきが一瞬だけ物憂げな雰囲気を帯びた。

「闘ってる時が一番楽しいからな」

「楽しい、ですか」

「練習でやるスパーリングも表の試合も裏の試合もこの街のチンピラと喧嘩するのも、あたしはどれも好きだぜ」

「なんか、納得です」

 言葉で説明するのは難しいけど、秋枝さんと拳を交えた私は『あの闘いをする人ならそうだろうな』とストンと納得できた。

「夢乃」

 秋枝さんがポツリと呟く。

「夢乃さんが?」

「アイツと本当の闘いができたら最高だろうな」

 そう言った時の秋枝さんの目は形容しがたい危うい光を宿していた。


 二人と別れて自宅に着いた私は灯りの点いた室内を見てなんとも言えない感慨に浸った。

 半日も留守にしていないのに久しぶりに日常に帰ってきたような、そんな気分になる。

 私はそのままソファに突っ伏したくなる衝動を堪えて脱衣所に向かい、烏の行水でシャワーを済ませるとすぐにベッドに倒れ込んだ。

 あぁ、疲れた、そして食べた。

 一週間分のカロリーを消費して、一週間分のカロリーを摂取した気がする、格闘家っていつもこんななのかな?

 時刻は11時45分、あと少しで新年だけど今はどうでもよく思えてくる。

 誰かに年が明けた瞬間に挨拶したいわけじゃないし、東雲さんだって忙しそうだったから深夜にメッセージを送るのはやめておこう。

 眠りに落ちる直前になって近くに置いた携帯電話の未読メールを知らせる光に気が付く。

 無性に気になってしまいメールを確認すると中身はポイントカードを持っているスーパーのセール告知や明星市警察からの防犯情報など面白味のないものだった。

 私はメールを流し見してすぐに携帯を手放す、今度こそ目を閉じて眠ろうとした。

 これでようやくひと段落、……だよね?

 …。

 ……。

 ………あ。

 何かあった気が。

 何か一つ忘れてるような。

 いいか、きっと大したことじゃない。

 おやすみなさい。

 ※ ※ ※ 

○明星市警察防犯情報発信室

【強盗致傷事件の発生 #六区署】

明星市六区緑町において、女性が男に殴打され財布等を奪われる事件が発生しました。

男の特徴:年齢40歳代、身長160cm位、体格小太り、灰色系トレーナー、色不明のズボン。

不審者を見たら110番を!#明星市警察


【窃盗事件被疑者の逮捕 #三区署】

本年12月19日配信した、明星市三区大谷町の大型商業施設における窃盗(置引き)事件については、犯人を逮捕しました。捜査へのご協力ありがとうございました。#明星市警察


【殺人事件の発生 #一区署】

明星市一区琴平川河川敷において、身元不明の女性の遺体が発見されました。

遺体には首を絞められた痕があり、警察は殺人事件と断定して一区署に捜査本部を設置しました。

不審者を見たら110番を!#明星市警察

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

今作「イレギュラーエンカウント/パターン「A」」と前作「イレギュラーエンカウント/パターン「Y」」は夜明 空氏の作品「星空のオオカミとネコ」から同作の主人公である秋月和子を登場させる許可を貰い、和子に私自身の創作キャラクターの桜庭夢乃と比良坂秋枝が関わってくる形式で書き上げました。


本作を読んだ武道や格闘技に馴染みのない人に、魔法や超能力がなくても素手(一部武器も)の格闘にも色んなスタイルや各人の個性があって面白い、と感じてもらえたらとても嬉しいです。

格闘技好きな人が読んで「私ならこんな技を使わせたい、こんな攻防があったらもっと面白い」なんて想像を巡らせてもらえたらいいなとも思います。


またイレギュラーエンカウントシリーズや他作品の人物を借りない完全オリジナルの話など、投稿する予定なので、その時も読んでいただけると幸いです。

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