序章
夜明氏の作品、星空のオオカミとネコ https://ncode.syosetu.com/n7867cb/ の人物をお借りした前作「イレギュラーエンカウント/パターン「Y」」の続編です。
「次は市立病院前、お降りの方はボタンを押してください」
年の瀬が押し迫った大晦日の午後、あたしは初めて訪れた街、明星市の市営バスに揺られていた。
何を思うわけでもなくぼーっとバスの窓から街並みを見る、上辺だけ見ればこの街も平凡な一地方都市に見えた。
この街、明星市は殺人・強盗・放火などの凶悪犯罪の発生率が全国平均を遥かに上回る犯罪多発都市らしい。
あたし自身昨日こっちに着いてからというもの、昨夜はあたしのことをワンボックスカーに連れ込もうとした男達を思い切り叩きのめし、今日の午前中はカツアゲをしていたチンピラをほどほどに叩きのめし治安の悪さを実感していた。
それにしても格闘家として、あたし比良坂秋枝はそれなりに名が知れたと思っていた、それでも構わずに襲ってくる男達がいるとはあたしもまだまだ無名なのか、よほど腕に覚えがあるのか、それとも盛りが付いて見境がないのか。
きっと最後だろうなと思い至り、あたしは小さく吹き出した。
バスが市立病院前に停車する、乗降口から冷たい風が入り込み数人が乗車してきた。
お年寄り二人に続いて最後に乗ってきたのは、かなりお腹の大きくなった若い妊婦さんだった、周囲を見ると優先席も既に埋まっている。
「どうぞ」
「あら、どうもありがとう」
乗り口の近くに座っていたあたしはすぐに席を譲った、妊婦さんを含む乗客が全員席に着いてからバスが発車する。
ふと視線を感じた方向を向くと、あたしが座っていた席の一つ後ろの座席で中腰になっている女の子と目が合った。
年の頃はあたしと同じ高校生くらいに見える茶髪のセミロングの女の子は気まずそう席に座る。
「ありがとう」
「……えっ、は、はい」
妊婦さんが後ろを振り返り女の子に礼を言った、言われた女の子は自分に向けられた言葉とすぐに気付かず慌てて反応する。
「あなたも席を譲ろうとしてくれたでしょ」
「えぇ…まぁ、はい」
照れくさそうに眼を逸らして俯く女の子、明るい髪色で活発そうに見えて意外と人見知りなのか?
それでも妊婦さんに席を譲ろうと行動するなんて、いい奴。
この荒みきった街にも善意はある、か。
悪党を叩きのめす時と同じくらい、ちょっと気分が良くなった。