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占いの材料

両想い後のお話です


 街の大通り、生花店と工芸品店の間の路地の奥に、その店はある。

 衝立で覆われた机は小さく、客はその席に一人しか座ることが出来ない。見つけにくい場所にある店だが、若い女性客による噂が噂を呼び、評判は良いという。



「ステファニー様、あの占いのお店、いま人気なんだそうですよ」


 生花店で花を購入していたステファニーは、アンナの指差す路地の奥に目をやった。


「占い?」

「ええ。恋の占いが得意なんだそうですが、よく当たるんだとか」

「へえ、見てみたいわ」


 興味を引かれたステファニーは花束を抱えたまま、路地に入って行った。アンナも後をついてくる。

 すると、ちょうど衝立の奥から若い女性が出てきてすれ違った。彼女のはにかんだ頬は上気しており、嬉しいことを言われたのであろうことをうかがわせる。


 案内板などはないのかしら、と衝立の周りをきょろきょろしていると、中から「お客かい?」と声をかけられた。ステファニーは衝立の隙間からそっと顔を覗かせた。


 小さい机の向こう側に座っていたのは、深い紫色の布を頭からかぶった老婆であった。

 そのあまりの()()()っぽさに、ステファニーは興奮した。


「あの、どんなことを占ってもらうことが出来るのですか?」


 老婆は顔を上げず、しゃがれ声で話す。


「仕事のこと、家族のこと、将来のこと、なんでも出来るけど、若いお嬢さん方は恋占いが多いね」

「恋占い……」

「好きな相手が自分のことをどう思っているのか占ってあげられるよ」


 それを聞いたステファニーは、ぜひやってみたいと思った。


 そもそもステファニーは、昔から占いの類が好きである。

 (一応)厳粛な修道院では楽しみが少ないため、誰かが聞いてきた占いやおまじないなどは数少ない娯楽の一つだ。

 たまに出入り業者に男性がやってきたりした時など大変である。こっそり相手の誕生月などを聞き出し(全くこっそりではない)、相性の良い修道女は誰かを占うといった、俗っぽい遊びをしたものだ。


 というわけで若い女性に人気の占いに興味を持ったステファニーは、ぜひとも夫との恋占いをやってほしいと依頼した。

 しかしながら、恋占いの材料として相手の髪の毛が必要になるという。相手の心理をそれで探るのだそうだ。


「髪の毛……、どのくらい必要なのですか?」

「まあ、三本くらいあれば足りるよ」

「三本……」


 自分の髪の毛をつまんでみる。三本、されど三本。それなりの本数だ。いずれにせよ、いま占ってもらうことは出来ない。

 ステファニーはまた来ると言ってその場を後にした。



 ♦



「さて、どうやってオーウェン様の髪の毛を入手しようかしら」


 屋敷に帰ったステファニーは腕を組んで考えていた。

 きっと、正直に言えばオーウェンは髪の毛をくれるだろう。「占いに使いたいのです」とお願いし、ちょんちょんと切らせてもらうのだ。


 だが、彼は技術者である。占いといった非科学的でスピリチュアルな物事に関心はないだろう。

 髪の毛を依頼して断られることはないかもしれないが、呆れた目で見られることが容易に想像できる。

 あるいは、結婚しているのだから占いなど不要だと諭されるか。


「うーん……」


 ――本人に気付かれないように入手したい。

 ステファニーはそう思った。


 ステファニーはオーウェンの気持ちを疑っているわけではない。ただ『占い』に興味があるのである。恋占いで『相手の気持ちを知りたい』ではなく、ただただ『占いがしたい』。

 この時すでに手段が目的になってしまっていることに気付いたが、そのことには目をつぶった。



 とにかく髪の毛の入手である。

 簡単なのは、寝ている隙にちょちょいともらってしまうことだ。

 しかし、これは実際には難しい。ステファニーの方が早く寝てしまうからである。

 よく眠れるようになったオーウェンだが、それでも夜はステファニーの方が早く、朝も彼はさっさと起きている。寝ている間に髪を頂戴するのは困難だ。


「仕方ない、怪しまれないように獲るしかないわね」


 ステファニーは計画を練り始めた。



 ♢



 いつも通りの朝。

 しかしオーウェンは食卓の剣呑な雰囲気に、顔を顰めて紅茶に口をつけた。


 ――すごく、見られている。


 向かい合うステファニーは一見いつも通り。今日は外に出る予定があるようで、すでに外出用のドレスを着ていた。食事は済み、互いに食後の紅茶を飲んで一休みしている状況である。

 だが普段はおしゃべりなステファニーが、黙ったまま自分のことをじぃっと見つめてくるのだ。オーウェンは視線が気になり、読んでいた新聞からちらりと目を向けた。


「……なんだ、ステファニー。なにか言いたいことがあるなら言うといい」

「えっ、いえ、なんでもありません」


 慌てて首を横に振るステファニーのその挙動不審っぷりに、オーウェンは眉を寄せた。

 絶対に、なにかある。


「なにか欲しいものでも?」

「え、な、なにも」

「今日は出かけるんだろう? どこへ行くんだ?」

「いえ、少し野暮用です。あっ、もうこんな時間だわ、行かなくては」


 たった今気付きました、というようにわざとらしくステファニーは椅子から立ち上がった。それから後ろの扉には向かわず、なぜかオーウェンの席の方へ回る。


「…………?」


 疑問に思って目で追う。

 すると後ろにやってきたステファニーは、オーウェンの頭を急にぐわしと掴んだ。


「そうだ、オーウェン様。出かける前に最近覚えた頭皮マッサージをして差し上げますね!」


 そう言って、夫の頭を揉み始める。オーウェンは大変困惑した。


「え? は??」


 急になんなのだ。なぜ朝食後の席で頭を揉まれているんだ?

 訳が分からず身を任せていると、今度は突然、髪を強く引っ張られた。


「!! 痛った!!」

「あらごめんなさい」


 髪の毛をむしられ、オーウェンは慌てて頭を押さえた。

 地味に痛い。ぷちぷちと音がしたので、絶対に何本かは抜かれてしまったはずだ。

 オーウェンは突然危害を加えてきたステファニーを睨みつけた。


「ステファニー! なんなんだ、突然」

「ですから頭皮マッサージを」

「ええ?」

「あ、もう行かなくては。オーウェン様、失礼しますね」


 怪訝な顔で頭をさするオーウェンに対し、ステファニーは全然悪びれず、さっさと部屋を出て行った。

 止める間もなく去ってしまった妻を見送り、オーウェンは大きくため息をついて椅子にもたれた。


「ったく……」


 痛んだ部分を撫でさする。

 彼女の挙動不審はいつものことながら、急に危害を加えられたのは初めてのことだ。


「なんだったんだ、一体」


 と、そこでオーウェンはふいに気付いた。


「待てよ……」



 ――もしかして、薄くなっているのだろうか……?


 慌てて、後頭部を探る。自分の指ではそのように感じないが、よく分からない。

 ひょっとして、気付かぬうちに自分の後頭部が薄くなってきていて、ステファニーがそれを気遣って頭皮マッサージなどという怪しげなことをしてくれた?


 思いついた考えに、オーウェンはぞわりと心の奥がざわついた。

 実は、祖父も亡くなった父も後頭部から髪が薄くなってくるタイプだったのだ。自分はまだ若いとはいえ、様々なストレスを受けてきた。まさか。


 ――誰かに確認したい。

 自分の後頭部の状態を、正確に知りたい。

 オーウェンは立ち上がり、後頭部をさすりながらうろうろし始めた。


 ステファニーに訊いてしまえばよいのだ。「もしかして薄くなってきているのか?」と。

 だが、彼女はよく言えば素直で正直。悪く言えばデリカシーに欠ける。

 先ほどは後頭部の状態に気付かぬオーウェンに直接的な言葉はかけなかったが、もしオーウェンが自分の状態に気付いたと分かれば、遠慮なく「ようやく気付きましたか、ハゲてますよ!」とでも言うかもしれない。それはちょっとつらい。


 その、なんというか、客観的に、正確に状況を把握したいが、しかし直接的な表現は避け、優しい言葉で教えて欲しいのである。


 考えた結果、オーウェンは老齢の執事であるダンに訊ねることにした。

 彼は長年バートン家に仕えてくれているし優秀なので、空気を読んできちんと発言してくれるだろう。



 数分後、深刻な表情で「頭の状態を教えてくれ」と懇願されたダンは、怪訝な表情で当主を見つめた。


「は……?」

「だから、後頭部の状態を見て、どうなっているか教えて欲しいんだ。父や祖父のようになっているのかどうか」


 ダンはそこまで聞いてようやく趣旨を理解し、拍子抜けした。

 辛い過去のあるオーウェンが神妙な顔で迫ってくるものだから、なにか深刻な健康問題が発生したのではないかと思ったのだ。


 しかし、そうではない。ダンは一つ咳払いし、「では失礼します」とかがむオーウェンの後頭部を検めた。


「…………どうだ?」

「……」

「……」


 無言の執事に、焦ったオーウェンは顔を上げる。

 ダンはきりりとした表情で告げた。


「まったく問題ありません」

「…………本当だろうな?」

「はい、誓います」

「なんだ……」


 一気に気が抜けたオーウェンは、近くの壁にもたれかかった。

 まだ父や祖父のようになるまでには猶予があるらしい。心配して損をした。


 ――ということは。


「ステファニーめ、なにかおかしなことを企んでいるな……」



 ♢



 昼になる前に、ステファニーは帰ってきた。

 彼女はアンナと二人でなにやら嬉しそうにきゃっきゃと話をしながら門をくぐってきたが、屋敷の前に仁王立ちするオーウェンを見つけ、目を見張る。


「お・か・え・り、ステファニー」

「た、ただいま帰りました、オーウェン様」

「では私はこれで」


 逃げたアンナの後を追おうとしたステファニーの腕を掴む。ステファニーは「げっ」という顔をして立ち止まった。


「ステファニー、どこへ行っていたんだ?」

「えーと、街に……」

「今朝は様子がおかしかったが、なにかおかしなことを考えているな?」

「い、いえ……」

「ステファニー?」


 にっこり笑うオーウェンに、逃げられないとステファニーは観念してため息をついた。


「……なぜ分かったのですか?」

「朝から挙動不審だから、さすがに分かる。それで?」


 ステファニーは渋々説明し始めた。

 人気の占い師のこと、占いのために相手の髪の毛が必要だということ。そのために今朝、オーウェンの頭から拝借したこと。

 予想外の答えに、オーウェンは脱力した。


「占い……」

「でもすごかったんですよ! 持って行った髪をどうするのかしらと思ったら、指輪のようなものに引っ掛けて、それをカードの上で吊るしていたら特定のところで揺れるんです!」

「はあ」


 占いは楽しかったらしい。

 先ほどまで怒りと呆れの気持ちがないまぜになっていたオーウェンだったが、嬉々として話す妻に「本人が楽しかったならいいか」という気になっていた。

 つくづく彼女には甘いなとは思うものの、家族が元気で楽しく過ごしているのが一番である。


 一通り話し終え、ステファニーは頭を下げた。

 

「そういうわけなのですが、無断で髪を獲ってしまったのはすみませんでした……」

「まあ、いいが……、それで?」


 きょとんとしたステファニーに、先を促す。


「占いの結果はどうだったんだ? 私はステファニーのことをどう思っているって?」

「あ、オーウェン様は私のことが大好きだそうです。知ってましたけどね、んっふふ」

「ああそう……」


 なぜか冷やかすような口ぶりで笑われる。占いは彼女にとって満足のいく結果だったようだ。

 とりあえず今朝の妻の奇行の理由が分かり、オーウェンは息をついた。


「それにしても、急に頭皮マッサージとか言うから、私は自分の頭が薄くなり始めてるのかと思ったんだぞ」

「違いますよ。というか別にオーウェン様の頭が薄くなっても私は全然気にしませんけど」

「えー……」

「だってきっと、つるつるになった頭も、白髪頭も見ることになりますよ。これからずっと一緒なんですから」


 その言葉に、はっとする。

 ステファニーを見ると、彼女は微笑んだまま首を傾げた。


「……そうだな」


 ステファニーの言う通りだ。これからずっと一緒。

 自分は家族を失ったけれども、こうやって彼女がやって来て新しく家族になった。三年だけという期限も反故にしたのだから、自分たちの将来はずっと続く。一緒に生き、互いに老いていくのだ。

 そのことに改めて気付いたオーウェンは、将来に対する嬉しい気持ちで胸が熱くなった。同時に、その先の終わりにほんの少し切なくなる。


「……ま、父や祖父のように頭が薄くならないことを願おう」


 気持ちを切り替えてきりりと告げれば、ステファニーはぱっと表情を明るくした。


「あら、じゃあ今度占ってもらいましょうか」

「ええ? もう髪を抜かれるのは勘弁だぞ」


 ステファニーが「えー」と不満げな声を上げる。

 苦笑したオーウェンが彼女の手を取り、二人は並んで屋敷に入って行った。




 《 おしまい 》




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― 新着の感想 ―
[良い点] 夫婦漫才のような二人が大好きです。今度は子供のちょっと成長した時期の話とか二人目が出来た話など読みたいです。
[一言] >この時すでに手段が目的になってしまっていることに気付いたが、そのことには目をつぶった。 ⇒わかるわかる! >実は、祖父も亡くなった父も後頭部から髪が薄くなってくるタイプだったのだ。 ⇒そ…
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