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妻の涙 前編

 鉱山で働いていたころの元同僚のシンは、鉱山運営の定期報告と称してたびたびオーウェンを訪ねてくる。

 実際事業の報告もあるのだが、半分はどうでも良いことを話して帰っていく。しかし今回は一点、新しい話をオーウェンに聞かせた。


「今年入った技術者から聞いたんだが、ある大学の研究者が新しい製錬技術の炉を実用段階まで持ってこれるようになったらしく、出資者を募ってるって」

「なんだそれ?」

「まだよく分からないんだが、収率が良いと。ただ、実用化設備に金がかかるってさ」

「詳細を聞いたか?」


 採れた鉱石の製錬技術は最終製品の収率だけでなく周辺環境へも影響するため非常に重要だし、オーウェンも技術者として興味がある。

 シンは出された茶菓子をつまみながら首を横に振った。


「いや、これから。うちの鉱山で試験ができないかって、今度話を聞くことになっている。アリだったら知らせるよ。金がかかりそうだし」

「ああ」


 話を終えたシンは立ち上がり、窓からきょろきょろと庭を見回した。


「今日は、お姫さまは?」

「家にいると思うけど」


 ステファニーは同席していないが、今日はどこかに出かけるとは聞いていない。ただ、庭にも見当たらなかった。


「お姫さまともっとゆっくりお喋りしてみたいな。また連れて来いよ。店探しとくから。食べ物は何が好き?」

「酒」

「は?」

「酒。ワインが好きだけど、なんでも適当に酒を与えれば喜ぶ」

「そんな、山賊の頭をもてなすんじゃないんだから」

「あながちその例えは間違いじゃないかもしれない。なんせうちの中では一番の権力者だから」


 シンがはははと笑うと、扉がノックされて当のステファニーが入ってきた。思わずオーウェンはシンと目を合わせて苦笑する。


「シンさん、よかったら夕食を召し上がっていきませんか?」

「ありがとうございます。ただ、この後も予定があるので、失礼します」


 笑い顔を隠せぬままのシンを見てステファニーはきょとんとしたものの、そのまま玄関までオーウェンとともに見送りに行った。

 シンに手を振って見送ったステファニーは、彼の乗る馬車が見えなくなってからオーウェンをつついた。


「なにか、私の悪口を言ってましたね?」

「言っていない」

「嘘です。目が笑っています」


 耐えきれずにぷっと吹き出したオーウェンをステファニーがじとりと睨む。


「シンがまた遊びに来いってさ。何か酒を用意しておくって」

「行きます」


 即答したステファニーにオーウェンはまた苦笑した。




 新しい製錬技術を開発したという研究者はすぐに鉱山の事業本部へ説明にやってきた。それはリベラ男爵という貴族の男で、大学に所属して研究をしているという。

 話を聞いた鉱山関係者らは、リベラが貴族であることもあり、一度領主であるオーウェンとも話をしてくれと返答した。

 オーウェンの元へは、シンからその旨の記された手紙が送られてきた。さらに当のリベラからも面会の申し入れがあった。


 リベラという人物とは面識がない。だが、鉱山の技術者らの意見としては、新しい製錬技術は試験する価値はあるだろうという評価だった。

 そのためオーウェンは訪問を受け入れ、夕食に招くことにした。



 同じ頃、ステファニーは自分の身体の変化に気付いていた。もともとステファニーは体調がぶれることがほとんどなく、なんらかの異常があればすぐに気付くし、それには原因がある。

 つまり、ステファニーは自分が身篭ったのであろうことに気付いた。


 修道院にいた頃に身重の女性を保護したことが何度もあるし、そのまま出産の手伝いをしたこともある。そのためステファニーは特に慌てず、念のため書庫にあった医療関連の本をぱらぱらとめくり、自分の体調と照らし合わせた。


「うーん、なるほど」


 結果、どうもそのようだということを確認し、しかしまだ医者に診せるには早い段階だろうと判断した。実際、早くに残念なことになる例もあるし、オーウェンに報告したら大騒ぎしそうだ。

 ステファニーはしばらく様子を見ることにした。



 ♢



 オーウェンを訪ねてきたリベラは小柄で細身の男だった。それなりに年はいっているようだったが、茶色い髪はふさふさとしていて、年代が読めない。

 オーウェンとともに夕食の席に着いたステファニーは、なぜかリベラのことをじいっと見つめていた。


「バートン伯爵領の成功ぶりは遠い我が大学でも響き渡っておりましてね、いやあ、お若くして大きな事業を軌道に乗せ、非常に才覚がおありとお見受けします」

「恐れ入ります」

「国からの信頼も厚いでしょう。素晴らしいことです」


 リベラは爵位持ちではあるものの領地はなく、普段は大学で研究ばかりしているという。

 優雅に食事を進めているが、仕事の話をしたくてうずうずしているのが分かったため、オーウェンは話を振った。


「鉱山の方で色々視察をして頂いたようですね。いかがでしたか?」

「そうなのです、非常に参考になりました。今日はその話をしたくて……」


 リベラは持ってきた大きな鞄をその場で広げて資料をばさばさと取り出し始めたので、オーウェンはしまったと思い、一度彼を止めた。きっと話出すと止まらないタイプの研究者だ。

 男二人は急いで食事を済ませ、応接室に移動して話をすることにした。


「すみません、気が急いてしまい」

「いえ」


 それからリベラは応接室の机いっぱいになるくらいの大きな図面や資料を広げ、自分の研究についてたっぷり一時間説明を行った。

 オーウェンは概ね知識はあったものの、時折質問を挟みながらその話を聞く。確かに鉱山の技術者の話の通り、現実的な運用可能性は高いと感じた。


「研究自体は十年ほど前から取り組んでいたのですが、ようやくスケールアップできるくらいのものになりまして。それであちこちの鉱山を見て回り、試験させて頂けないかを売り込んでいるところなんです」

「聞いています。ほかの鉱山事業では試験の話は進まなかったのですか?」

「どこでも興味は持って頂けるのですけれどね……、いきなり実機までは大きくできず、まずは試験機での検討が必要ですが、それでも金がかかるもので……」


 現段階では研究所レベルでの技術のため、いきなり大量に処理できる大規模設備ではなく、まずは中規模の試験設備で予定通りの収率を得られるか確認が必要だ。

 リベラが示したその試験設備の概算は確かに高額だった。事業者が初期投資に腰が引けるのも無理はない。ただ、バートン伯爵領としては出せない額ではなかった。


「……まずは実機導入まで考えた時の収支が回るかどうかですかね」


 図面を見ていたオーウェンが呟くと、リベラはぱっと顔を上げ、大きく顔を綻ばせた。長時間話したせいで顔が上気している。


「それでは、前向きに考えて頂けるということですか!?」

「収支が取れるかどうかですが……」

「ありがとうございます!!」


 オーウェンの手を取り頭を下げるリベラに、どれだけ苦労してきたのだろうと少し切なくなった。

 新しい研究を実用化まで持っていくのはとても難しいことだ。皆、余計な金は出したくない。ただ、研究開発に金を出さないと技術が進歩しないのも事実なのだ。


「とりあえず鉱山の方の技術者にも伝えておきますので、実機設備まで導入する場合の収支を計算するために情報を頂けますか」

「もちろんです」


 その後、帰るリベラを見送るために応接室を出ると、ステファニーも出てきた。リベラはステファニーにも丁寧に挨拶し、馬車で帰って行った。


「ステファニー、悪かった。早々に仕事の話で離れてしまって」

「いいえ全然。良いお話でしたか?」

「そうだな。ま、これからだけど」


 するとステファニーはそっとオーウェンに近付き、小さな声で耳打ちした。


「あの方、カツラでしたね」

「は?」


 全然違う話になってオーウェンは面食らった。新しい研究に出資する楽しみな気持ちを語ろうと思ったのに、なぜか髪の話が始まってしまった。


「カツラですよ、カツラ。気付きませんでした?」

「カツラだったか?」

「間違いありません」


 全然気づかなかった。髪がふさふさしているとは思ったが。


「でもお仕事の話が良い話だったのなら良かったですね。私なんて髪が気になって話が入ってきませんでした」

「ええー……、次会ったら気になってしまうじゃないか」


 髪ばかり見てしまうかもしれない。それはあまりにも失礼だろう。気をつけねばならない。


「それにしてもなぜ男性は髪が薄くなると隠そうとするのですか?いっそ刈り上げてしまった方が潔いのに」

「わかったわかった、私の頭が禿げるときには刈り上げるようにするから」

「ぜひそうしてください」


 それからステファニーは眠いと大欠伸したので、オーウェンはそのまま寝室へ送った。



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