第九十一話 魔法使いは絶滅しました
《フリューニの憂鬱》
フリューニはウジャーノ侯爵領に向かう馬車の中でずっと泣いていた。ただ単にウォザディーの事を思って涙を流していたのだ。
これから嫁ぐ先のウジャーノ侯爵が老人だとかそんな事がどうでも良くなる程、心はウォザディーで埋め尽くされていた。
しかし、何事も永遠に続く事は無く終わりはやって来る。馬車が館の敷地に入って行ったのだ。皮肉にもこの館は元ウォザディーの領地で、カウコーヨが必死に頑張ったが守り切れなかった館だ。
絶賛改修工事が行われていて慌ただしいエントランスにフリューニは降り立った。流石に元王族としてのプライドが涙を止めていたがその顔は陰鬱としていた。
「ミフーソカ・ウジャーノ……侯爵? じゃ」
「フリューニで御座います。本日よりウジャーノ家の一員となります故、何卒よしなにお願い致します」
フリューニは自分の倍近い年齢のミフーソカを見ても何も感じなかった。もう恋に恋するような年頃でも無く、行かず後家と陰口を叩かれていたのも知っている。為すがままに何も思わずに生きていこうと決意していたのだった。
「立ち話もなんじゃから、詳しい話は部屋でしよう」
ただ黙ってフリューニは付いて行く。
「……う……そ」
部屋に入ったフリューニは驚いて、溢れる涙を止める事が出来なかった。
▽▼▽
民衆は息を飲んだ。血飛沫を撒き散らし頭が地面に転げ落ちたのだ。多くの者が目を逸らし、見ている者は真っ青な顔で茫然としている。
「大罪人ウォザディーの罪はこれにて浄化された。以降この者を犯罪者として語る事を禁ずる。以上だ」
「ほらほら、解散だ! 早く帰るんだ!」
アージスモの話が終わると、警備の兵が追い返すように民衆を解散させて行く。
「それをさっさと片付けろ!」
アージスモは断頭台とその先に転がる、ウォザディーであった物を一瞥すると冷たく言い放った。
本来の古の資料通りの作法に則るのならば、断頭台で落とされた首は晒し首として鳥や虫やバクテリアに喰われ朽ちていくまで放置されるものらしい。
ただしその事を知っているのは専門に歴史研究している学者と報告書に目を通したアージスモだけであった。
周りの者は何の疑問も抱かずに死体を棺に詰めて運び出した。断頭台も解体されて、主要なパーツは綺麗にしてから城の倉庫に保管された。
その他の汚れの酷いものや舞台などは破壊されて、木組みの枠に放り込まれる。夜になると火をつけて、その篝火の周りで平民達はお祭り騒ぎを始めるのである。
出店する者は、そこへ向けて準備に大忙しであった。
その中の1人が不思議な体験をしていた。男が出店の準備をしに荷車を引いて広場に戻ったのは、公開処刑が終わってから一時間程してからの事だった。
断頭台は殆ど解体されていて、見る影もなくなっていた。
男が出店を組み上げて仕込みなど大凡の準備を終えたのは、それから更に一時間程経ってからだった。
まだ人々が集まって来るには早かった為に、断頭台の残骸を見ようと近づいていった時だった。ギロチンが落ちたであろう地面の抉れ付近に白い粉が撒かれたように広がっていた。
「小麦粉か?」
男はそれを摘み上げて、指の先で擦ってみた。そして匂いを嗅いで、ペロリと一舐めしてそう結論付けた。
「なぜ、こんな所に大量の小麦粉が撒かれているのだ?」
男の謎は深まるばかりであった。
〜〜〜
陽が落ちて平民街の広場の篝火が煌々と輝き、笛や太鼓それに人々の歓声が混じり合い響いていた。
それは宵闇に吸収されながらも、王城のアージスモの所へも届いていた。
「皆が幸せそうだな、やはり魔法使いを絶滅させて正解だったのだな」
遠くに篝火を見下ろしながら、アージスモはグラスを傾ける。
「あと数日であっちも片付くな」
フリューニがウジャーノ侯爵領に着く時の事を想像してニヤリと笑うアージスモであった。




