第七十五話 形勢逆転
《余裕》
「見ろ! 奴らは防戦一方ではないか」
「ええ、彼の力さえ無ければ恐れる事はありませんわね」
昨晩ウォザディーが魔法を封じられている事を確認出来た。しかも魔法具が仕込まれているだろう甲冑も奪う事に成功したギムテアの報告を受けての朝からの進軍だった。本隊と防衛の為の軍を残して後は攻撃に回したのだ。
「こちらの攻めに成すすべなく下がっていくものですから、魔法具兵器の出番がありませんね」
「何だと」
秘書官の言葉にヤーカンは引っ掛かりを感じた。どうも何か嫌な予感がするのだ。見落としている事が有るのではないかと不安になる。
「軍を下げている割には陣形の乱れが殆ど無いわね。余裕を持って下がっているような」
「まずい! 先鋒隊を下げろ! 大急ぎでだ!」
「すぐには無理です。今前進している際中ですので」
ギムテアの指摘にヤーカンは慌てて指示を出すが、秘書官の言葉通り無理だった。
そして悪い予感は的中したのだ。北側の林からティディサア王国軍が飛び出して来てこちらの本隊と先鋒隊を分断するように布陣した。
キエッツォ軍は大混乱だ。先鋒隊は数はいるものの完全に囲まれてしまったし、本隊は目の前に倍以上の軍勢が現れたのだから。
「止むを得ない。あれの準備をしろ」
苦々しい表情でヤーカンは指示を出すのだった。
▽▼▽
「よし全軍攻撃に移れ!」
キーベが今日一の大声で指示を飛ばす。
「領主殿ここは任せた。」
そう言い残すとキーベは馬を走らせ供回りの者を引き連れ前線に向かう。
キエッツォ軍の先鋒は数の利もなくなり囲まれ混乱して士気が下がっていた。
「よし! 武器を置く者は手厚く迎えろ! 捕虜の待遇は保証する!」
キーベが前線で声を上げる事により、かなりのキエッツォ兵が投降していった。
「メジマー、ご苦労だった。今回の殊勲賞はお前だな」
「もったいなきお言葉です」
恭しく跪いたメジマーが、いきなり立ち上がった。
「ウォー様! 不味いです! 魔物の気配が!」
「ああ、そうだな。全軍を下げろ! すぐにだ! 急げ!」
ウォザディーは指示を出すと本隊を束ねて、指示とは逆に前進する。
「槍衾を組め! どこから何がやって来ても戸惑うなよ!」
魔物相手に被害を最小限に抑える為の指示を出す。
「ウォー様! ダメです! 下です!」
メジマーの叫びと共に地面が所々で盛り上がる。
其処彼処から地中に穴を掘って進む魔物が姿を現した。しかも数もかなり多い。
槍衾を組んでいた兵は咄嗟に剣に持ち替えるが、その一瞬の隙をついて魔物は爪を振りかざした。
地面を掘って進めるほどの爪なのだ、その鋭さもかなりのものだった。
「ぎゃあぁ!」
「ぐわぁぁぁ!」
次々に兵が魔物の餌食になっていく。それは敵味方の区別無く襲い掛かるのだった。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
ウォザディーも懸命に剣を振り回すが、元々得意ではない剣では魔物とはとても渡り合えない。
「ウォー様! このままでは全滅してしまいます。引くしかありません」
「分かってる! くそ! 全軍退却だ! 生き延びろ!」
ウォザディーは大声で叫びながら逃げる兵を掻き分けて前線へと向かう。
「陛下は何とか退却したようだな」
「そのようです」
更に突き進むウォザディーの目にプトルの姿が映った。
「プトル殿! 早く退却してくれ!」
「領主様! それが……私が付いていながら……」
打ち拉がれているプトルの視線を追ったウォザディーは一瞬絶句した。
「……キーベ! しっかりしろ!」
「……ウォ……ディー……どじ……んだ……」
キーベの左足は腿の半分から下が、爪跡と共に肉が抉れて血塗れになっていた。
「くそっ、しっかりしやがれ!」
ウォザディーは服を引き裂くとキーベの腿をきつく縛った。白かった布地は見る見る赤く染まって行ったが、出血は何とか収まった。
「プトル殿、取り敢えず撤退だ! 逃げるぞ! メジマー、キーベを頼む」
「はっ」
メジマーはキーベを抱え上げると走り出した。
ティディサア王国軍は大敗を喫して、散り散りに撤退したのであった。




