第七十一話 睨み合い
《フリューニの行動力》
ソイベはガチガチに緊張していた。それは少し前に孤児院の前に豪奢な二頭立ての馬車が止まった事に始まった。
「ここっ、こんな物しかご用意出来ずに申し訳御座らん……ません」
「そんなに緊張せずとも良いわ。どの様に聞いているかは想像が付きますわね。でも、多少粗相した位では咎めたりはしませんよ。特にウォーディーがお世話になっている様ですからね」
フリューニはガチガチのソイベを見て、出来る限り優しい声色で話し掛けた。
「ええー、でもお姉ちゃんはお城のお姫さまなんでしょ。きむずかしくてわがままだってみんな言ってるよ」
「……! ムナミミ!」
「ええ、そうね。妾はだいぶ皆に迷惑を掛けましたもの。それは否定出来ませんわね。ですが、それはどうしても大切なモノを手に入れる為には仕方がなかったのですわ」
突如食堂に乱入してきたムナミミの言葉に、ソイベの心臓は止まり掛かった。
しかしフリューニは意に返さず、ムナミミを抱き上げ隣の椅子に座らせると丁寧に説明を始めたのだった。
「王妹殿下はお噂と随分違っているお方なのですね」
「噂なんて好き勝手に尾鰭を付けて面白おかしく広がって行くものです。妾はこの両の眼で見たものしか信用しない事にしてますわ」
「じゃあ、お姉ちゃんはおばけをみたことはある?」
ムナミミがまた訳の分からない事を口にした。
「お化けは見た事は無いわ」
「じゃあ、おばけはいないんだね」
ムナミミはほっとしている様だった。
「そうね、お化けなどいませんわ」
フリューニはムナミミの頭を優しく撫でながら答えた。
「じゃあね、怪物さんは?」
「怪物? 山の怪物さんの事かしら」
彼女は幼い頃に乳母に読み聞かせて貰った絵本を思い出した。
「ふふ、怪物さんは絵本の中だけで、現実には居ないのよ」
「えー、でも怪物さんはウォザディーさんだってねーねが言ってたよ」
幼女の戯言だと一蹴するのが普通だろうが、彼女は真剣に向き合った。
「そうですね、ウォーディーの優しさは怪物さんと似ているかもしれませんわね。そういう意味では正しいのかもしれないわ」
彼女の言葉にムナミミは嬉しそうに笑っていた。
「そうですわ、ウォーディーです。彼はここで随分とお世話になっている様ですが、単刀直入に聞きますわ。貴女、彼の事をどう思っているのかしら」
「そ、それは……」
突然の事にソイベは言葉を詰まらせた。
「まあいいわ。もし気持ちがあるのなら側室として迎えても構いませんわ」
「はっ、えっ、側室? えっ?」
ソイベはハテナで一杯になった。
「何? そんなにおかしな事ではありませんわよ。ウォーディーは男爵ですが妾が降嫁すれば子爵か伯爵に陞爵するでしょうから、側室がいるのは普通のことだわ」
ソイベはキャパオーバーで固まってしまったのだった。
▽▼▽
メジマーの初めての間者としての仕事は順調に進んだ。一部、王の護衛に取り囲まれ、それを実力で排除するという事は有ったが重傷者も出していないので瑣末な問題だと彼は思っている。
そしてアージスモからの書状を手に戻ったのだった。
「成る程。明日には合流出来るのか」
「でしたら、本日はなるべく消耗を防ぎながら時間を掛けた戦い方が良いですね」
そして出された答えは、先鋒隊をウォザディーだけにする事だった。
「プトル殿は情け容赦無いな。まあ、理に適っているから反論の余地はないのだがな。さて馬車馬のように働かせてもらうとするか」
隊列から離れて一人愚痴をこぼしながらストレッチをしているウォザディーであった。
キエッツォ軍もウォザディーが最前線にいる事で下手な動きは見せられない。しばらく睨み合いが続いた後で、ウォザディーに向かって空を埋め尽くすような量の矢が射掛けられた。
「やれやれ、勿体無いな。でも仕方ないか」
ウォザディーは右手を翳すと、矢の群れに向かい炎が放たれた。一瞬で矢を灰に変えた炎は、そのまま消える事なくキエッツォ軍に向かって行く。
迎え撃つキエッツォ軍からは、大量の炎が放出されてウォザディーの放った炎に次々とぶつかっていく。
何百という炎がぶつかった所で漸く炎は消滅した。
打つ手のなくなったキエッツォ軍は結局睨み合ったまま2日目も日が暮れていったのだった。




