第六十六話 領主として
《善い戦い》
「よし、中央を3ブロック下げろ! 右は1ブロック上げろ!」
キーベは慣れないなりにも大声で指揮を執る。その声に反応して伝令が直ぐに送られる。
キーベが着任して先ず行ったのは意思の疎通の為に指令言語の統一化だった。指示に使う距離は全て『ブロック』で統一して、1ブロックは10歩と決めた。
これによりきめ細かい指示が出せるようになったのだ。
「結局相手の本隊は間に合わなかったな」
「そうですね。計算では今朝には合流していてもおかしく無かったのですけれどね」
二人は知らないが、いや、もしかしたら原因を作った張本人も知らないかもしれないが、キエッツォ軍の本隊は抉られた地面を馬車が通る事が出来ずに立ち往生していた。
必死の土木作業で翌日には復旧したが、その分の遅れが響いていた。
「よし、食らい付いた。伏兵を出せ!」
「お見事で御座いました」
戦が詰んだ事で参謀がキーベに労いの言葉を掛ける。
「よしてくれ。この勝利は運とプトル殿のお陰ですよ」
「私はただ知識をお貸ししただけです。それを活かしたのは間違いなく部隊長であるキーベ殿のお力です。更に言うと運も実力の内で御座いますよ」
完全に囲まれたキエッツォ軍は続々と投降していく。こうしてキーベ初めての指揮の戦は完全勝利で幕を閉じた。
▽▼▽
ウォザディーは一度振り返ったが、当然後ろには誰もいなかった。執事兼領主代行のデュオキャがこんな冗談を言うとも思えない。そうなると彼が指し示している“貴方”は、他でもないウォザディー自身という事になる。
「一体どういう事ですか?」
「陛下よりの勅令を頂いております。それにこちらもお預かり致していますので」
デュオキャが見せてきたのは領主の任命状だった。アージスモの署名もキッチリと入っていて疑いの余地がない。
「デュオキャ殿はいきなりやって来た俺みたいなのが領主なんてそれで納得出来るのか!」
「何を仰いますか。我々はもうずっと昔から貴方様の領民で御座いますよ。ここはキエッツォ軍に強奪されてしまったミフオサ男爵領の領民が、避難場所として住む事を許された場所です。たった今からは新しいミフオサ男爵領となったと思っております」
ウォザディーは突然の事に思考が付いて行けなかった。
「そうだ今、領軍が戦いに出ていると聞いたがどういう事だ」
「キエッツォ軍の先遣隊が迫って来ておりました。新任の指揮官が中々お話の出来る方でして、参謀のプトルの領民達も守れずに逃げるのはもう嫌だという気持ちを汲んで訓練を万全に行なって戦いに赴いたのです。必ずや勝利の報と共に戻る事でしょう」
デュオキャの力強い言葉を聞くと不思議と信じれるとウォザディーは思ったのだった。
「相手は先遣隊か。二陣、三陣にも備えてあるのか? 流石に領軍単体では厳しいのではないか。この辺一帯の地図を用意して欲しい」
「それならば会議室に軍議に使ったものがそのまま残っておりますので、そちらへ案内させて頂きます」
ウォザディーはデュオキャの後に付いて会議室へと向かった。会議室は地図や書類が所狭しと並んでいた。
「成る程。かなり優秀な策謀家がいるみたいだな」
ウォザディーは丁寧に検討された地図上の盤面を見た。奇襲で先手を突いて攻めるだけ攻めた後に中央部隊を押されているように偽装して引いて行き、最後に伏兵部隊で後ろに蓋をするように囲い込んで終わりとなる。
「んっ! 1秒も無駄にしてはならない?」
検討の書類に走り書きでそう書かれていた。この戦術ならば時間にそこまでシビアにならなくてもタイミングさえ合わせれば問題ないように思えた。だからウォザディーはテーブルに広げられているあらゆるものに目を向けた。
「これはまずいな」
ウォザディーが広域の地図に進軍予想が書かれている物を見た時に、今回の作戦の危うさが理解出来た。
先遣隊の後からやって来るのは、二陣でも三陣でもなく本隊なのだ。時間を無駄に出来ない筈だ。敵本隊が到着すればどんなに優勢に進めていても一瞬で戦況はひっくり返ってしまう。
「済まん、ちょっと出てくる」
ウォザディーは自分の力が少しでも皆を守るために役立てばと思い、部屋を飛び出した。その背中は言葉よりも巧みに領主というものを語っていたのだった。




