第五十九話 不信感
《ツナシュナ伯爵の希望》
ツナシュナ伯爵が王都に来た際には、イコルニアツ孤児院に必ず寄るのだ。寄ると言うと語弊がある。近くまで行って眺めていると言うのが正しい表現だ。
今回も平民のような格好をして解放区にやって来た。
幾ら身なりをそれらしくしても所作の一つ一つで貴族である事は住人達には丸分かりなのである。
しかし、住人達も慣れた物でお忍びの貴族様など見飽きる程見ているので見て見ぬふりをする。正に、知らぬは本人ばかりとなるのである。
「どうしたルニムネ?」
ルニムネを呼ぶ男の声にツナシュナ伯爵は反応した。そこには自分の息子が生きていたとしても、それよりも年上であろう男に対して嬉しそうに手を振るルニムネの姿があった。
途端にツナシュナ伯爵の胸に不安が広がった。孫娘を誑かす輩か、娘のように育てようと望む者か、どちらにしろ彼には許し難い存在には違いない。
「ううん。ただウォザディーさんを待っていただけ!」
嬉しそうに男の名を呼び、駆け寄ると抱きついたのだ。
「うぬぬぬ! ウォザディーとかいう野郎め! 我が孫娘を……。んっ? ……ウォザディー? ウォザディー! 英雄様か!」
憎々しい目で見ていたツナシュナ伯爵の表情が見る見る明るくなっていった。
大分歳を取ったが、基本的な顔つきはあの頃のままだ。30年前に行方を晦ましてからは話題に上がる事もなくなった英雄様だ。
悪魔と魔女の反乱の時もその姿は無かった。ただ殆どの魔物が一瞬で姿を消した事は、ウォザディーの魔法だと言う声も確かに上がっていた。
今また戦火が上がろうとしているこの時に姿を現したウォザディーに、希望の未来を信じたくなってしまうのも仕方のない事だろう。
▽▼▽
「ミフーソカ殿、これは一体」
部屋は散乱し放題だった。それだけでは流石に驚かないが、散乱している物が問題だった。
どう見ても甲冑の一部らしき物がそこらにゴロゴロしているのだ。
「注文された物を作ったのじゃが」
「いやいやいや、俺は甲冑を作ってくれとは一言も言ってないぞ」
何か問題でもと言いたげな顔でウォザディーを見つめるミフーソカだった。
「ワシも今の情勢くらい耳にするでの。戦さ場に向かう事になるやもしれんからのう。魔法が使えんのじゃ、咄嗟の時に身を守れんでは生き残れんぞよ。お前の注文した物は全部こいつの各部に組み込んであるわい」
ウォザディーは甲冑を着けさせられた。どこかに重量軽減の魔法具が埋め込まれているのだろう、驚く程軽かった。
それから各部の説明に時間を取られ、終わった頃には日は落ちていたのだった。
〜〜〜
謁見の申請が通り、また登城したウォザディーは今回も謁見室では無く執務室に通された。
「おお、よく来た」
「陛下におかれましてはご健勝で……」
ウォザディーは殊勝な挨拶を口にするが、直ぐにアージスモに止められてしまった。
「楽にしてくれて構わない。それよりも、最早一刻の猶予も無くなった。キエッツォが隣接する村々に軍を進めた。新兵器を容赦無く使って来たようだ。それはまるで魔法のようだったとの事だ」
「まだ、手を貸すとは言ってませんが。それと、師匠が死んだという噂を耳にしたのですがどういう事ですか。陛下は暫く出掛けていると仰っていませんでしたか?」
ウォザディーは話を進めようとするアージスモを遮った。
「その事は折を見て伝えるつもりであった。事情があってカウコーヨ殿は死んだ事にした」
「そしてディーケの核として魔力を搾取し続けていると」
ウォザディーの言葉にアージスモは驚いた。
「そこまで知られているとは」
「何故そんな非人道的なことが出来るのですか」
ウォザディーは怒りに震えて、アージスモに詰め寄ったのだった。




