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第五十七話 二人の思い

 《二十七年前の出来事》

「アージ兄様のばか!」

 そう言い残してフリューニは城を飛び出した。


 彼女はもう9歳になったのだ、色々知恵を付けていた。城から密かに城下町へ抜ける道もその一つだった。

「戦が終われば、ウォーディーを城に戻してくれると言っていたのに」

 フリューニはアージスモのその言葉を信じてこの三年間我慢してきたのだった。その約束を先ほど反故にされて兄弟喧嘩の末にルイシネ樹海を目指す事にしたのだ。


「はあ、はあ、こんなに遠いとは思いませんでしたわ」

 ルイシネ樹海は城からも見えるのだ。なので歩いたとしてもすぐに着くものとフリューニは考えていた。しかし、碌に長く歩いた経験を持たぬ身には遠過ぎる道のりだった。

 休み休み歩いていたらいつの間にか高かった日も大分傾いてしまった。


『ガサガサ』

 後ろの茂みから草を分ける音が聞こえてきた。

「誰!」

 茂みから出てきたのは黒い毛を持ったうさぎのような生物で額から一本のツノが生えていた。その魔物はフリューニと目が合うと威嚇をしてきた。


「待って! 私はあなたに危害を加えるつもりは無いの!」

 フリューニの訴えも、虚な目をした魔物には届かなかった。

「ぐぅぁはぁっ!」

 魔物がぶつかって来た衝撃に、フリューニは嘔吐した。それは赤く染められている。脇腹から刺さったツノは肩口を貫通していた。

『痛い痛い痛い痛い熱い痛い痛い痛い熱い熱い痛い寒い痛い……私死ぬの?』

 フリューニは意識が遠のいていく。


「ふぎゃ!」

 突然襲って来た激痛と吹き飛ばされる感覚にフリューニは声を上げた。

 彼女は浮遊感の中で何も考えられなかった。しかし、いつまで経ってもぶつかる衝撃が襲って来ない。そして風に包まれてゆっくりと地面に寝かされたのだった。

「良かった。生きてる。もう少し我慢して」

「ふっぐぅっ、ふぐぅっふぐぅっ、ウォ……ディ……」

 ずっと聴きたかった声が聞こえたフリューニは嗚咽を漏らした。そして安心感と優しい暖かさに包まれた彼女は意識を手放したのだった。


「私の部屋? ウォーディーは? いない」

 次にフリューニが目を覚ましたのは自室だった。一瞬夢かと思ったが、脇腹から肩にかけての引き攣った感覚の傷跡が現実だと教えてくれた。


 それから何度か森に行こうと試みたが結局あの時以外は一度たりとも深部には進めなかったのだった。


▽▼▽


「お久しぶりね。ウォーディー」

「ご無沙汰しております。殿下」

 どことなく硬い表情のフリューニにウォザディーも緊張感が漂う。

「フリューニ」

「はい?」

 フリューニは睨んでいたが、ウォザディーは言葉の意味が分からずに聞き返してしまう。


「フリューニと呼びなさい」

「……畏まりました。フリューニ様」

 フリューニは少し不服そうな顔をしていた。

「本日お呼びになられたのは如何なる理由からでしょうか」

「そうですねぇ。強いて言うならばこの傷の事ですわね」

 フリューニはニヤリと笑った。


 ウォザディーは困った。当時は無理だったが今のウォザディーなら傷痕を消すのは訳ない事だ。

魔法が使えれば……。

「その、今直ぐにとはいきませんが必ずその傷の責任は取らせて頂きます」

「なっ! ……それは……楽しみにしておりますね」

 フリューニは視線を彷徨わせ衝撃で回らない頭で何とか言葉を紡いだ。

(これってプロポーズよね!)

(そこまで傷の事で悩まれていたとは)

 二人の捉え方は解離していた。


「出来得る限り早く問題を解決しますので、少し待っていて下さい」

「今までずっとお待ちしておりましたのです、それが少し増えた所で気にしませんわ。その時を楽しみにしておきますわ」

(相当気に病んでいたのだな。早く師匠に会わないとな)

(問題? アージ兄様の許しが必要って事ね。反対は為さらない筈よね。嗚呼、待ち遠しいわ〜)

 二人の思い違いは加速していく。


〜〜〜

 フリューニとのお茶会が終わり、城内を出口に向かって進んでいたウォザディーの横で扉がいきなり開いた。そしてウォザディーは部屋に引き摺り込まれた。彼の腕を引いている女性は……。

「誰だ、お前?」

 見知らぬ人なのであった。

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