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第五十五話 すれ違い

 《怒りのフリューニ》

 耳にした噂話に居ても立ってもいられなくなったフリューニは王妹である以上、淑女の限界ぎりぎりの早歩きで突き進む。


「ウォーディー。なぜ今更現れたのですか……」

 溢れる言葉は誰に拾われる事もなく消えてゆく。

『カツン、カツン、カツン、カツン』

 冷たい廊下にヒールの音だけが響いて行く。


「酷い方です。私にこの傷を残しておきながら、それっきりなんて……」

 階段を上った先の広い廊下では絨毯が彼女の足音を消し去ってしまう。

(バカ馬鹿ばかバカ馬鹿ばかバカ馬鹿ばかバカ馬鹿ばかバカ馬鹿ばかぁ!)

 怒りの表情で突進して来るフリューニに番兵は戸惑ったが、自分の仕事を思い出した。


「お待ちください! 殿下! 只今謁見中で……」

「どきなさい!」

 フリューニは番兵に一喝すると豪奢な扉に手を掛ける。

「ウォーディーがここに……」

 震える手に力を込めて扉を押し開ける。


「ですから、国境付近の村で新兵器……」

「何事だ!」

 突然開かれた扉に報告をしていた男は振り返り、アージスモは声を荒げた。


「アージ兄様どうして(わたくし)には来訪を知らせてくれなかったので……!」

「まさか殿下が私の参上をそれ程心待ちにされていたとは」

 戯けて見せた父親ほどの年齢のその男をフリューニは睨み付けた。


「人違いですわ! 失礼します!」

「あっ、こら! フリューニ! 無作法だぞ! まて!」

「陛下、構いませんよ。殿下には私を恨む権利がお有りですので」

 淑女らしからぬ勢いで部屋を出て行こうとしたフリューニを窘めようとしたアージスモを止めた男は笑顔だったが、それは哀しみを湛えていた。


「最悪ですわ! クウォイサーを死に追いやったツナシュナ伯爵と会ってしまうなんて!」

 クウォイサーはフリューニの侍女だった。同年代の彼女達は主従の関係以上に仲良くなっていた。

 しかしツナシュナ伯爵の嫡男が彼女を見初めて妻として迎え入れたのだ。フリューニの我儘で王城の神殿で挙げさせた結婚式の時に見たクウォイサーの幸せそうな笑顔は今でも鮮明に思い出せる。


「分かってるわよ!」

 フリューニは自身に当たる。彼女がツナシュナ伯爵を恨むのはお門違いなのだ。

 キエッツォの実効支配地に接しているツナシュナ伯爵領は何度と無く小競り合いを起こしていたが、七年前に大規模な衝突がありその戦火によってツナシュナ伯爵嫡男一家は帰らぬ人となったのだから。


▽▼▽


 ウォザディーが王の執務室を出て城内を出口に向かおうとすると、一人の若い侍従が近付いて来た。


「ウォザディー様で御座いますか?」

「ああ」

 どうやらウォザディーを案内する為に控えていた者らしい。


「私はディッチェと申します。侍従見習いでジューイ様に付いて学ばせて貰っています。出口までお見送りさせて頂きますね」

「ああ、ディッチェ頼む」

 ウォザディーの返しに満面の笑みで応えたディッチェは先導するように進んで行く。


「こっちから来たのだが?」

「其方は裏側です。城に表から入るのは色々と手続きが煩わしいのですよ。ですので、個人的な客人なんかは手続きを簡略化した裏側から入って貰うのですよ。出る時は然程厳しくありませんので、表より出て頂いております」

 ウォザディーの疑問にディッチェは模範解答を返した。


「成る程、だからあんな迷路みたいになっているのか。ディッチェもあそこを案内出来るのか?」

「いえ、私には無理です。そもそもあの通路が完璧に頭に入っているのは、十人程しかいませんよ」

 まあ、確かに十人居れば充分に対処出来るのだろう。裏を通って来る者など大量にはいないのだろうから。


 途中視線を感じたウォザディーは女官と目が合った。

「あれは?」

「はい?」

 ディッチェが振り向いた時には女官は姿を消していた。


(睨まれた?)

 気になりつつも出口へ向かって行くのだった。

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