第四十九話 袋の鼠ならぬ袋のウォザディー
《ルニムネ走る》
宵闇の中で僅かな手元の灯だけを頼りに馬車を走らせるのは難しい。特に今日は雲が月を隠しているので殊更に闇に包まれている。常歩で進ませるのが精一杯の馬車には子供の足でも頑張れば付いていけるのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、とっ止まった」
所々歩いたりしたが殆ど走りっぱなしだったので息が上がっているルニムネの前方で馬車が止まっていた。家の中から出て来た人と例の男が何かやり取りをしている。
闇はルニムネを隠してくれていたが、彼女は更に身を屈めて地面に座り込んだ。
「疲れたわけじゃ無いのよ」
自分に言い訳をして座っていると睡魔が襲ってくる。意識が遠のきそうになった時に『ジャリ』っと足音がルニムネのすぐ後ろから聞こえた。
「こんな時間に子供が何をしているのですか」
「…………!」
振り返ったルニムネは最初誰もいないのかと思った。そこに立つ男は全身黒一色だったからだ。声をする方を見上げると、唯一目だけが浮かんでいるように見えた。
「誰!」
「しーー。僕はセスン。悪者を探しているのだよ。夜中に走る怪しい馬車がいたから追跡をしていたんだ。だからずっと見ていたよ」
セスンは出来る限り優しく話し掛けた。
子供がこんな夜更けに後を尾けているのだ、何かしら事情があるのだろう。幸い追っていた馬車は馬が外されて灯も落とされた。馬は庭に繋がれて飼い葉と水を与えられて休息していた。
男は住人と共に家の中へ入って行っていく所だった。
「……助けて」
「いいよ」
戸惑いながらも縋り付いたルニムネにセスンは表情を柔らかくして微笑んだ。
「ウォザディーさんが、変な人が、袋に詰めていて、私怖くて、二人は起きてくれないし、暗くて怖いし、けど助けなきゃって……」
「ねえ、落ち着いてね。連れて行かれた人はウォザディーって人で間違い無いのかな」
優しい瞳に安心したルニムネは一生懸命言葉にして説明したが、言葉が纏まらずに最後の方は目に涙を浮かべていた。
『ビンゴ!』
セスンの問いに頷く少女を見て、彼は歓喜した。尾行を撒かれてしまった失態の尻拭いを自分で出来たからだ。
「おっ、出て来た。……担ぎ出したね。どこへ行くつもりなのかな」
「…………」
家から例の男だけが出て来て荷台の麻袋を担いで歩き出したのだ。
「よし、後を追おうか」
「……スゥスゥ……」
極度の緊張から解放された安心感と疲労から、いつの間にか眠ってしまったルニムネをセスンは抱き上げた。
「心配せずにゆっくりお休み」
セスンはそのまま追跡する。
「ここは!」
男は例の袋小路に入って行ったのだ。夜の闇はセスンに味方する。男の少し後ろを付いて行っても気付かれる事は無かった。
「成る程、そんな仕掛けが」
男は大きな鉄製のゴミ入れを押していた。どうやら車輪が付いているようで、それなりの力で動いていく。そこには扉が隠されていた。
▽▼▽
ウォザディーはぼんやりする意識を頑張って集中させる。微かに聞こえていた声が徐々に近付いて来るように感じられたが、それはただ意識がはっきりして来ただけで声の相手も彼も動いた訳では無かった。
「首尾は上々だ。ここからは時間との戦いになるから、明朝二頭立ての馬車を用意してくれ」
「ああ、了解した」
頭上で聞こえる声と体の感触でウォザディーは床に転がされているのが分かった。そして自分が袋に詰め込まれた事も薄らとした記憶があった。思い出したくは無いが魔法が封じられた事も思い出した。
(くそっ、八方塞がりじゃ無いか。この三十年師匠の教えに反して魔法しか研鑽していなかったのが不味かったな)
カウコーヨは彼にあらゆる事を教えた。魔王討伐に旅立つ時に『努努全ての事を怠ってはなりませぬぞ。ぞっ! ぞっ! ぞ!』と激励してくれていたのだ。
師匠の教えを守っていれば、と項垂れるウォザディーであった。




