第三十八話 備えあれば憂いなし
《魔物》
基本的に幼生体の時には獣のような姿をしているが、成体になると二足種と四足種に分かれる。そして、長く生きて進化を重ねていくと羽付き種になるも者も出てくる。その進化の頂点に立つ者を人々は魔王と呼んだ。
彼らは魔力を体内に取り込み活動エネルギーを生み出す。その為に食事をしてエネルギーを摂取する必要がないと言われている。
一時期は本能のままに人間を襲ったり村を破壊したりしていて、それが切っ掛けで人間の国と魔物の国は全面戦争に突入したのだった。
進化を重ねた個体になると知能も高くなり厄介な存在になる。四天王と呼ばれた魔王の腹心の中に特に厄介な者がいた。残虐性が強く人を殺す事に喜びを覚えながらもいたぶる事を嫌い、ひたすら頭だけを潰し体に傷を付けない事に誇りを持っていた者が。
魔王が例の指輪を手に入れるまでで人類に最も被害を与えたのはこの者であると言われている。
▽▼▽
ウォザディーは孤児院に向かいながらも嫌な思いが頭にこびり付いて離れないでいた。
「まさかな。あいつも魔物だ、あの指輪には抗えないはず」
そうなると今指輪を持っている者の命令となる。
「そんな。本当にヤーカンがやらせたのか? あのヤーカンが……」
ウォザディーと一緒だった頃のヤーカンは凄腕の剣士にも関わらず、傲慢なところは無く分け隔ての無い気立ての良い青年だった。当然それはヤーカンの一面と言うよりは猫を被った姿だった訳だが、実際に本性を一度も目にした事のないウォザディーには俄には信じ難い事だった。
「ともかく、先ずは取り急ぎ孤児院に魔物除けの結界を張らなくては」
いくらウォザディーとはいえ王都であるディアトキア全体に結界を張るには準備が必要で、今日明日ですぐに出来るものでも無い。
例の羊の話はまず間違い無く元四天王の一人の仕業だろう。今頃は村人に被害者が出ているかもしれないと思うとウォザディーは悔しい気持ちで一杯になった。
「ウォザディーさん、もー! ウォザディーさん! 速い!」
「えっ! あっ、すまんすまん」
考えに浸っていたウォザディーは、知らぬ間に早歩きになってしまっていた。
「もう! そんなに早く歩かれたら、走って追い掛けないといけないじゃない!」
「悪かったよ。じゃあお詫びにこうしてやる!」
ウォザディーはスイカの袋をぶら下げた手でトウモロコシ入りの箱を抱えた。そして自由になった右手でルニムネを捕まえると、ひょいと持ち上げた。
ルニムネはウォザディーの腕に座るような形で抱っこさせられた。
「そらっ、行くぞ!」
「きゃーーーーー!」
ウォザディーはその体勢で走り出したのだった。
「あーーー! ね、ねえもう降ろして!」
「なんだ。孤児院が近くなって恥ずかしくなったのか。仕方ないな」
ウォザディーはペースを落として止まるとルニムネを地面に降した。ルニムネは恥ずかしいのも勿論だったが、本当の理由は別だった。このまま抱っこされて孤児院に帰ると、他の子達がこぞって抱っこを頼むようになってウォザディーと過ごす時間が減ってしまうのを嫌がったのだ。決してスピードが出過ぎて怖かった訳では無い……筈だ。
「あっ、うぉ、ウォザディーさん。お帰りなさい」
「ただいま。これがトウモロコシでこれは……スイカだ」
孤児院に着くとソイベが迎え入れてくれたが、どこかよそよそしかった。
「あっ、あの……」
「すまん今かなり急いでいて、後でも良いか?」
ウォザディーはソイベの返事を聞く前に目を閉じると意識を集中する。
四天王クラスの魔物が襲って来ても壊されずに跳ね返すだけの魔物除けの結界を構築するには、幾らウォザディーとはいえかなり繊細な魔力コントロールが必要になる。集中力が一瞬でも途切れれば不完全な物となり役に立たなくなってしまうのだ。
真剣なウォザディーにソイベも子供達も察したのか、静かに見守っているだけだった。




