第二十四話 噂の彼
《Mの弾圧》
王都ディアトキア平民街住民区北部のとある民家が憲兵に取り囲まれていた。隊長らしき人物がその家の扉をノックする。
「はい。何ですかな」
「ミフーソカ・ウジャーノだな。貴殿にM規制法違反の容疑が掛けられている。家の中を検めさせて貰う」
出て来た老人に紙を突き付けると、共に数名の憲兵が無遠慮に家に上がり込んでいく。
「有りました!」
憲兵の一人が異国の言葉で書かれた一冊の本を手にしていた。
「さあこれで言い逃れは出来まい」
「確かにこれは貴方達から見れば禁制の本なのかもしれんが、子供達にディーケ製品製造を学ばせるには一番の本なんじゃよ」
ミフーソカは必死に訴える。
「そうだとしても法律違反には違い無いであろう」
「その法律の本質を考えてみてくれんか、M関連の言葉を無くすことではないのか! 技術は継承されているではありませんか。周りの者に読めない遠い異国の言葉の本を態々探して使っておるのもその為なのですじゃ」
縋り付くミフーソカの願いは届かなかった。
「それはお前の決める事では無い。法の下判断されるのだ。まあ、悪質では無い事はは分かったから身柄の拘束はしない」
ミフーソカはたった今まで我が家だった場所から摘み出される。下された刑罰は財産没収だった。
この法律で魔法という言葉は弾圧されこの国から姿を消したが、現在においても尚その効力は何ら変わらないのであった。
▽▼▽
市場の入り口には警備の兵が立っていた。
「こんにちは、ムナブノさん。警備ご苦労様です」
「おやおや、そちらが噂の彼ですか」
通行証を見せると思いきや手を振って挨拶をしただけで通してくれた事にウォザディーは驚いた。
「噂?」
「あっ、いえいえ、なななっ、何でもないですよ! もう! ムナブノさん変な事言わないで下さい!」
「ええっ! でも住み込みで働いてくれて、子供達の評判も良いって専らの噂だよ。キーベの奴は可哀想だがそういう事だろ」
どうやら尾ひれがついた噂話が出回っているみたいだった。必死になって否定しているソイベをウォザディーは温かい目で見守っていた。
「キーベさんは可哀想なの?」
「……(キーベご愁傷様)」
ソイベの天然な返しにムナブノは絶句していた。流石のウォザディーも苦笑いだった。
それから市場を回ったがどこへ行ってもウォザディーは『噂の彼』扱いだった。
売れ残りだからという事で信じられない値段で商品を売ってくれるのは、偏にソイベの人徳だとウォザディーは思った。一回り終える頃には荷車は荷物で一杯になっていた。
「ウォザディーさん、何か変な噂で済みません。でもお陰でいつもより沢山おまけして貰えましたよ。ありがとう」
「いやいや、俺は関係無いぞ。きっとソイベさんがいつも子供達の為に頑張っている姿を見てて、皆も応援したくなってるんだろ」
あまりに屈託なくお礼を言われたので、ウォザディーは照れながらもソイベの普段からの行いを褒めた。
「そそっ、そんにゃことにゃいでしゅ!」
ソイベの噛み噛みで顔を真っ赤にして否定している姿はとても可愛らしいものだな、とウォザディーは思うのだった。
「いや、きっとそうなんだろうな。ソイベさんを見ていたらやっぱりそう思うぞ」
「もっ、もう! 揶揄わないで下さい。さあ、帰りますよ」
ソイベは握り締めた両の拳をブンブンと振っている。これは照れ隠しに行う行動だと、ウォザディーは何度か見ていて知っていた。
「あっ! あそこ!」
急に緊迫感のある声を出したソイベの指す方向には、絶望した表情を浮かべた老人がいた。堀の辺に立ちジッと水面を見つめていて今にも身投げでもしそうな雰囲気だった。
「だめ!」
ソイベは駆け寄ろうとしたが、先に動いたのは老人だった。




