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第十九話 暗雲

 《シスターの戒律》

 ジェウティ教では一般的には生殖行為に対する規律などは存在しない。その為、婚前交渉などは珍しい事では無い。

 ただ唯一シスターだけは例外である。シスターになる時に神へ身を捧げる事を誓約するからだ。その誓約を破棄する条件は特定の伴侶と神前で永遠の愛を誓う事のみである。

 その為、シスターの離婚は許されていない。


 これは人権問題だとして過去に王家主導で廃止しようとしたのだが、貴族達の強い反発によって立ち消えてしてしまった。

 この慣例を政略結婚に活用しているからである。殆どの貴族の娘は14歳になるとシスター見習いとして教会に入らされ成人(15歳)になるとシスターとなり、親の決めた相手へ嫁ぐのを待つだけの日々を教会で送る事になるのだった。


▽▼▽


「急がないとまずいな」

「何だと! さっきは大丈夫だと言っていただろう!」

 ウォザディーの漏らした言葉を聞いてキーベは掴みかかって来た。


「前提条件が違ったんだ。そりゃ意見は変わるだろ」

「くそっ!」

 あくまでも冷静なウォザディーにこれ以上詰め寄っても無駄だと悟ったキーベは、悪態を吐きながらも胸ぐらを掴んでいた手を離した。


「お前さんには赤の他人かもしれないが、俺には……。もしソイベの身に何か有ったら……」

「まあ、その時は俺が治してやるよ。ただ最悪のケースは二つだ。一つ目は言わずもがな殺される事。二つ目は性的暴行を受けて異端者扱いされる事だな」

 肉体の傷ならウォザディーの魔法で治るし、恐怖心などの心の傷も子供達やキーベがいるのだ時間は掛かるかもしれないがいずれ塞がるだろう。

 しかし、異端者とされてしまっては彼の力でもどうにも出来ない。

 ウォザディーの真っ直ぐな物言いにキーベの顔がみるみる青くなっていった。


「そんな顔するな。だから力を合わせるんだ。俺の手掛かりはダメになった。犯人の手掛かりは聞いた」

「しかし、確証が無い。これでは王都警備隊と言えども手出しが出来ない」

 歯を食いしばり拳を握るキーベの肩をウォザディーは『ぽん』と優しく叩いた。


「個人的に乗り込めば問題無い」

 何でも無い事のようにウォザディーは言い放った。


▽▼▽


「さあ、いい加減この書類にサインして頂けませんかね」

「お断りよ」

 ソイベは椅子の背もたれに腰を、脚に足を縛られて拘束されていた。テーブルを挟んで反対側には身なりの良い男が座っている。先日、柄の悪い男を引き連れて孤児院にやって来たウェリジュアと名乗った男だった。


「あんまり聞き分けのない事を仰られると後悔する事になりますよ」

「おかしいわ。昨日は娼館で働けと言ってたわよね?」

 ソイベは落ち着いていた。昨晩のウォザディーの言葉が彼女の支えとなっているからだ。勿論根拠は無いし、現状が最悪であるのは百も承知である。

 それでも一生懸命に他人の為に説教している姿を思い出して可笑しくなってしまった。


「調子に乗らない事ですね!」

 ウェリジュアは立ち上がるとソイベの横に立った。

『バゴッ!』

 遠慮もなく殴り掛かる。ソイベは椅子ごと吹き飛ばされて転がった。左頬は赤く腫れ上がり口内を切ったようで口元を血が伝っていた。


「それ以上痛い目を見たく無かったら、さっさとサインする事ですね。妙な男を雇ったようですが、生憎ここには誰も入れませんよ」

「さあ、誰の事を言っているのか分からないのだけれど」

 ソイベはウォザディーを巻き込みたく無かったので惚けた。


「被害者の家に向かわせたではないですか。私の耳に入っていますよ。それと、簡単には死なせませんよ。貴女が死ぬとあの土地を手に入れるのが大変になるのでね。ですからその時は子供達を一人ずつ死ぬよりも辛い目に遭わして差し上げますよ」

 ソイベは絶望に押し潰されそうになりながらも、ウェリジュアを睨み付けた。怯えを悟られぬ様に奥歯をギュッと噛み締めていたのだった。


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