(11月4日付けの手紙)
ジークと二人で山へ行ったことをケント会長にとがめらた11月3日のその後の話です。
お母さん
昨日の出来事は、かなりショックでした。
周りのお貴族さまたちには、私がジークにまとわりついてるって思われていたんです。
本当は、逆なのに。
ケント会長もエリザベートさまも、私がジークをものにしようと、ジタバタしていると思ってるんです。
あの人たちの常識では、そうなのでしょう。
でも、あの人たちの常識は、私の非常識なのです。
何度もそう言っているのに、信じてもらえません。
もう、言い訳するのも面倒になって、放置しています。
男爵令嬢ズとの友情にヒビが入らないか心配です。
さて、あの出来事は、学園中を駆け巡りました。
しかも、学園理事長を取り合って、生徒会長と平民の一生徒がバトルしたことになってるんです。
男爵令嬢ズの情報で、知りました。
学園の噂の恐ろしいところです。上位貴族の都合の良い形になるんです。
そんな馬鹿な……。
ジークなんか要りません。熨斗付けてあげたいくらいです。
今度、ジークに「私の方で対処しておく」って言ってたけど、どう対処したのか、じっくり聞かせてもらうつもりです。
ことと次第によっては、厳重に抗議しようと思います。
驚いたことに、あの時は、頭に血が上っていて気が付かなかったんですが、何人もの生徒が見てたようです。
見てたのなら、まとわりついてるのが、ジークの方だって分かるでしょうに。
解せぬ……。
そして、件のギャラリーの中に男爵令嬢ズもいたんですって。
ビックリです。
で、あの晩、寮の部屋へ4人してやって来て、あの後起きたことを教えてくれたんです。
ありがとう、みんな。持つべきものは、友です。
ジークは、ケント会長に切々と訴えたそうです。
「私には、エヴァが必要なんだ」ってジークが言うと、
「そんなに好きなのか?」って、ケント会長が訊いたんですって。
そこだけ聞いたら、まるで私に恋をしてると思われるじゃない!
ったく、何やってんのか……。
ジークに恋するケント会長の心が痛んだことでしょう。
あ、でも、文化祭の日に、ケント会長に「ジークに恋してるの?」って訊いたら、ものすごく嫌そうに「してない!」って言ってたから、違うみたいです。だったら、そんなに心は痛まないかもしれません。
少なくとも被害が少なくて、良かったです。
「いや、好きとかいうんじゃないんだ。
ただ、彼女なしでは、領地経営に自信が持てないし、ベネディクト家の当主に課せられた使命を全うできないんだ」って、説明したつもりだったようですが、通じるはずもなく、
「跡継ぎのことか?」って、ダメ押しされたんですって。
そりゃあ、そんな言い方だと、跡継ぎをもうけるために私が必要だって言ってるみたいに聞こえます。
もっと、言い方を考えてよ。貴族でしょ?って、言いたいです。
「そんなんじゃない。ベネディクト家の当主に代々伝わる使命があるんだ。それを果たすためには、エヴァの助けが必要なんだ」
って、一生懸命説明したそうですが、スレイ翁の話抜きに説明できる訳もなく、そんな風に言われても、ケント会長には意味不明でしょう。
あげくに、ケント会長からとんでもない提案があったそうです。
「それは……、エヴァじゃないと、ダメなのか?
例えば、ほら、エリザベートさまの方が適任なんじゃないか?
エリザベートさまは、公爵家の出だから、社交界にも影響力がある。ダンス一つまともに踊れないエヴァじゃ、ベネディクト家の役には立たないだろう?」
そこで、適当に合わせておけば良いのに、馬鹿正直に切って捨てたジークは真正の馬鹿でした。
「いや、私には、社交界やダンスは問題じゃないんだ。
山だ。問題は山なんだ。
あそこをクリアするには、エヴァの助けがないとダメだ。
エリザベートさまが、どんなに素敵な方で、ダンスが上手で社交界で顔が利いても、山では何の役にも立たない」
ジークのこの言葉で、エリザベートさまの顔色が変わったそうです。
怖っ。
ちょっと、ジーク、もう少し言葉の使い方を考えてよね。貴族なんだから。
私、エリザベートさまに会いたくない!
でもって、ここで引き下がらないのがケント会長で、ジークに追いすがったんですって。
「ジーク。何で、山に固執するんだ?
山なんかどうでも良いだろう?
確かに、君の領地の半分はスレイ山だ。でも、それって、そんなに重視することか?
確かに、スレイ山は霊山だ。だが、薬草が少しとれるだけで、経済的には何の役にも立たないじゃないか」
エリザベートさまなら、ジークの心も揺らいだかもしれませんが、ケント会長じゃ、どうにもならなかったんでしょう。むしろ、この台詞で、ジークの機嫌が一気に悪くなったそうです。
そして、ケント会長を切り捨てたんです。
「ベネディクト家が山に固執するのは当然だ。
家の創設時から、霊山スレイの意向を知ることが、当主の一番大事な仕事なんだ」
「僕には、単に、エヴァを側に置く言い訳として、無理やり山を引っ張って来たようにしか思えない……」
ま、それが普通の感覚でしょうね。
ジークとケント会長の話し合いは、何の成果ももたらしませんでした。
ただ、この話し合いで、一つだけはっきりしたことがあります。
それは、ケント会長の援護射撃も空しく、エリザベートさまが振られたってことです。
ジークにすれば、振った自覚はなかったでしょうが、エリザベートさまのプライドは、ボロボロになったでしょう。
今後、私が生き辛くなるのは、想像に難くないです。
あの馬鹿、もっと、上手の立ち回ってくれれば良かったのに。
と言う訳で、今日、朝食の席で、ジークに食ってかかったんです。
「あんたねえ、私の責任で対処するって、大口叩いといて、これはないんじゃない?
どう、落とし前付けてくれるの?」
すると、どうでしょう?
公爵さまが、平民に90度の礼をして謝ったんです。
「申し訳ない。私の不徳の致すところだ。何とか挽回しようと頑張ってるところだから、もう少し時間をもらいたい」
「期待しないで待ってるわ」
この会話を聞いた生徒たちから、平民が公爵に食ってかかって、謝らせた、学園始まって以来の不敬だって、噂がパッと散って行きました。
何かする度、何か言う度、噂が飛んで行きます。
もう、やってられない!
11月4日
酷い噂に頭を抱える エヴァ
学園は噂が酷くて、やってやれません。