(4月4日付けの手紙)その2
エヴァにとっては、見るもの全てが驚きです。
お母さん
ここは、とんでもないところです。
覚悟はしていたげど、今までそんなことがなかったから、あんまり実感が湧かなかったんです。
でも、入学早々いろいろあって、思った以上に面倒なので、だんだん嫌になって来ました。
無事、3年間我慢できるんでしょうか?
自信ありません。
何に我慢できないかというと、貴族の存在です。
この学園の最大の特徴は、生徒の圧倒的多数が貴族だということです。だから、貴族が嫌だなんて言ってられないんですが、我慢できなくなって来てるんです。
入学式で学園長が、生徒のほとんどが貴族だと言ってました(頭が真っ白だったけど、衝撃的だったので、そこだけ覚えてるんです)。だから、貴族としての矜持を持って勉学に励むように、と続いたのです。
夜になってベッドに入ってから、じゃあ、平民はどうすれば良いんだろう、と疑問が湧きました。
まあ、毎年平民の入学者は一人か二人しかいないらしいので数に入ってないんでしょうし、学園長自身も貴族ですので、そういう言い方になったのでしょうが、平民の生徒のことも考えてもらいたいものです。
ここは、平民としてプライドを持って勉学に励むべきなのでしょう。
でも、平民としてのプライドって、何なんでしょう?
よく分かりません。
そんなことより、貴族が多いとどうなるのか、昨日一日で、嫌というほど思い知りました。
貴族には、公侯伯子男という序列があるそうです。これも、学園に来て初めて知りました。そして、彼等は、もろ、序列に生きているのです。
侯爵家は、公爵家に遠慮します。伯爵家は公爵家と侯爵家に遠慮します。子爵家は、公爵家、侯爵家、伯爵家に遠慮します。パメラのような下っ端の男爵家は、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家――つまり、全ての貴族に遠慮します。
そして、今ある家格より少しでも上と付き合いたいと、自己主張したり足の引っ張り合いをしたりしているのです。
大事なことなので、二度言います。あの人たちは、足の引っ張り合いに生きているんです。
そして、そんな人たちが、何故か平民の私相手となると、団結して見下すのです。こういうときだけ、団結しなくて良いのに。
思わず、平民のどこが悪い?って、食ってかかりたくなりますが、それをやったらお終いなので、我慢してます。
でも、ストレスが半端じゃないんです。
面白くないことに、貴族は、普通、お貴族さま御用達の初等学校や家庭教師について勉強してるので、パメラや私のような田舎の学校出より成績が良いらしいのです。
ふん!そのうち、見返してやるんだから。
学園によれば、試験の成績は1位から15位まで貼り出すそうです。
燦然と輝く1位の座を平民の私が取ったら、お貴族さまは、どんな顔をするでしょう?
やってやろうじゃないの。
俄然、やる気が出てきました。
村の学校では、パメラより私の方が成績が良かったんです。
頑張れば、夢じゃないはず、です。
そうとでも思ってないと、やってらんない環境なんです。
ここ数十年、村で魔力保有者が出ても、森の魔女の指導でお茶を濁していた理由がよく分かりました。
ところで、現在の最大の悩みは、同じセクレド語を使っているはずなのに、お貴族さまたちの言葉が分かりにくいということです。
この学園の特別棟の住人は、生徒一人につき一人の侍女か従者を同行できます。
学園に通っている間ぐらい、自分のことは自分ですれば良いのに、エリザベートさまを始めとする特別棟の生徒は、専ら、侍女や従者に身の回りの世話をしてもらうのです。
ところが、一般寮では、掃除や洗濯といった最低限の用事は、寮の使用人がしてくれるものの、その他の些末なお世話はしてくれません。
自宅では侍女や従者の世話になっていた人たちです。ついつい自分より下位の者に用事を頼むことになります。
その結果、カースト最下位にある平民は、あっちこっちの貴族たちにパシられることになります。
最も、学園の建前としては、生徒は身分に関わらず平等であると謳っていますから、強制できないのですが、貴族たちは、何かと理屈をつけてパシるのです。
このことは、入寮してすぐ、2年の平民の先輩(リタさんという方です。2年には、もう一人、男子がいるそうです)が教えてくれました。
「面倒かもしれないけど、長いものに巻かれた方が良いわよ。
その方が、角が立たないから。
それに、お礼として、お菓子とか何かもらえるの」
最初聞いたときは腹が立って仕方がなかったけど、一晩寝て冷静になったら気が付きました。
下手に突っかかっても仕方がないし、ここにいる限り逃げようもないのです。仮に喧嘩したとしても、多勢に無勢で、やる前から負けが見えてます。
諦めて、アルバイトだと割り切って引き受けた方が良いんじゃないだろうか、と。
で、私の中で何とか折り合いはつけたものの、問題が生じました。
それは、その依頼方法がわざとらしくて分かりにくいことです。
何しろ、お貴族さまたちの会話を観察していると、翻訳しないと分からない場合があるのです。
例えば、先日のエリザベート公爵令嬢とダイアナ伯爵令嬢の会話です。
「あら、ダイアナさま、お久しぶりでございます。去年、スタンフォード伯爵家のお茶会でお会いして以来ですわね。お元気でいらして?」
「おかげさまで、つつがなく過ごしておりますわ。
何かと諸事煩瑣なため、エリザベートさまにご挨拶がかないませんで、申し訳ございません」
パメラによれば、これは次のように翻訳されるそうです。
『あら、ダイアナさま、ずいぶんご無沙汰だったじゃない?去年のスタンフォード伯爵家のお茶会以来じゃない?
挨拶にも来ないで、何してたの?失礼しちゃうわ』
『あんたに言われなくても元気にしてるわよ。
こちとら、あんたみたいに暇じゃないのよ。挨拶に行かないぐらいで、因縁付けるんじゃないよ』
このように、貴族の言葉は、本当に難しいです。
貴族同士で言葉の裏を読みながら足の引っ張り合いをするのは知ったこっちゃないんですが、私に被害が及ぶ場合は別です。
彼等は、朝でも昼でも夜でも、出会った時も、別れる時も「ごきげんよう」と挨拶します。
「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」「さようなら」という単語を、彼等の口から聞くことはありません。
ボキャブラリーが貧困なのです。
そして、言葉は常に耳に優しく、曖昧に語尾を濁して結論を断定しないように話すんです。
あれって、不便じゃないかと思うんですが、当人たちは至って真面目です。
どうせ、パシる気満々なんです。
パシるなら、命令を明確にしてくれ!って言いたい気分です。
彼等のお願いという名の命令が、「教科書を買って来い」とか、「手紙を購買横のポストに入れて来い」とか、「購買で文房具を買って来い」といったものなんですが、わざわざぼかして言うのです。
曰く、「教科書買いに行かなくちゃいけないんだけど、ちょっと手が離せなくて……。誰か、代わりに行ってくれる人っていないかしら……」
そんな人間、私以外にいる訳ないだろう!
「この手紙を出さなきゃいけないんだけど、あいにく、〇〇さまのお茶会に呼ばれてて……。誰か、ついでの時にでも、ポストに投函してくれないかしら……」
誰かって?ここには、〇〇さまのお茶会に呼ばれてないのは、私しか、いないじゃないの。
「ノートが5冊欲しいんだけど……みなさま、買いに行かれるんでしょ?ついでに、私の分も買って来ていただけないかしら……」
はいはい、ここにいる他のお嬢さまたちからも同じことを頼まれたわ。あんたで10人目ね。
誰かやってくれる人がいれば……って、婉曲に言っても、私以外わざわざお嬢さまの用事を代行する奇特な生徒がいるはずもないのです。
はっきり、「あなた、行って来てちょうだい」って、ストレートに頼めば良いのに。
面白くなかったので、「お金をくれたら引き受けましょう」って宣言したんです。
そしたら、口の中でモゴモゴと何かを言っていましたが、結局、こちらの言い値で妥結しました。
やったね!
リタ先輩によれば、用事を手伝うと、お礼と称して珍しいお菓子とか文房具をもらえるそうですが、お金の方が嬉しいですし、最初から『用事をするとお金をもらうシステム』に決めてしまった方がやる気も起きるというものです。
今のうちに、料金表を作っておこうと思います。
今回、教科書の購入とノートの購入を13人分引き受けて、一人当たり銀貨1枚貰いました。
1年生は私とパメラを含んで30人ですが、うち1人は特別棟の住人(縦ロールのエリザベートさまです)で使用人がいますし、残り28人のうち、男爵家の10人は自分で買いに行きました。
残りの18人のうち13人が私に頼んだわけですが、自分で買いに行った2人を除く3人は男爵家の令息に頼んだようです。ご愁傷様です。
私の分を含めた14人分の教科書は結構重かったので、5回に分けて運びました。ものすごく大変だったので、来年から銀貨2枚請求しようと思ってます。
エヴァは、お貴族さまのパシリで小遣い稼ぎをしようします。