(5月27日付けの手紙)
エヴァが雑用係になったときのお話です。どこにでも勇者はいるという話。
お母さん
一応、表向きは、スーザンのお兄さん経由で生徒会から男爵令嬢ズに頼んだという形をとったんですが、やっぱり、想像通りの展開になりました。
ケント会長が、私たちをまとめて雑用係に任命したので、1年だけじゃなく、2年、3年のお嬢さまたちの視線が痛いです。
あれから、男爵令嬢ズには事情をぼかして伝えました。
つまり、私が『やらかしてしまった(何をやらかしたかは、秘密です)』のをケント会長に目撃されたので、その口止め料として生徒会の雑用係をタダで引き受けざるを得なくなったってことです。
タダということで、一同にものすごく同情されましたが、あの人たちは、私を何だと思ってるのでしょう?
一応、設定としては、
仕事が仕事なので、私一人じゃ大変だと思われたこと、
人手が欲しいケント会長に、誰か他に頼める人はいないか訊かれたこと、
男爵令嬢ズなら気心も知れているし、お互いに助け合えるから都合が良いこと、
等勘案して手伝ってもらうことになったということにして、彼女たちの要求が通ったと説明しました。
彼女たちの意向とは言え、かなり面倒なことに巻き込むことになるが、と、続けると、希望通りの展開になったからと、大喜びで引き受けてくれました。
彼女たちにとっては、生徒会室に出入りするだけで、恋のターゲットの幅が広がるんですって。
とにかく、彼女たちに嫌われなくて良かったです。ホッとしました。
笑えたのは、スーザンのお兄さんのネイサンとの初顔合わせです。
私もマーサもテレサもパメラも真面目な顔をして、「はじめまして。スーザンとは仲良くさせていただいています」って、挨拶をしたら、ネイサンは、「君たちのことは、会長と妹から聞いてる」ですって。
私がやらかしたことを知ってるのに、今回の雑用係就任が男爵令嬢ズの意向によるものだということも知ってるのに、微塵も顔に出しません。
パッと見優し気に微笑む顔を見て、こいつもやっぱり腹黒だと確信しました。
生徒会室は、伏魔殿のようです。
これで、男爵嬢ズを巻き込むことに成功しましたので、何か起きたら、きっと、助けてくれることでしょう。
期待してるよ。男爵令嬢ズ!
問題は、男爵令嬢ズ以外の女子生徒です。
エリザベートさまの腰巾着のダイアナ・フォン・キャメロンさま、テレジア・フォン・オニキスさま、キャサリン・フォン・レッドフォードさまたちは、烈火のごとく怒ったんです。
例によって、「エリザベートさまを押しのけて、何事です」って、調子です。
本当にエリザベートさまが怒ってらっしゃるんでしょうか?疑問です。
でもね、いくらなんても、エリザベートさまに雑用させるわけには、いかないじゃないですか。
しかも、印刷だよ、印刷。インクで手がべとべとになるんだよ。
ちょっと考えれば分かることなのに。
実際、エリザベートさまだけじゃなく、3年の財務大臣の令嬢シシリアさま、2年の宰相の令嬢マルガリータさまを引き合いに出して、ケント会長に食ってかかった勇者――伯爵令嬢(2年)がいたそうです。
「生徒会のお仕事を手伝うという名誉は、3年のシシリアさまや、2年のマルガリータさま、それか1年のエリザベートさまのような高貴な方こそふさわしいと思われませんか?
あのような下賤な者たちを重用するなんて、ケントさまの良識が疑われますわ。
あの者たちが、何と言ってケントさまを誑し込んだのか知りませんが、決してあのような者たちを信頼してはなりません。
我々貴族は、王に仕える使命を持って日々研鑚を積んでいるのです。
目先の欲にとらわれて、平気で他者を裏切る平民や平民に毛が生えた程度の男爵なんかに真似のできるものではございません」
と言うと、ケント会長があっさりと言ったそうです。(本当、腹黒だよ)
「確かに、君の言うとおりかもしれない。
じゃあ、まず、言い出しっぺの君が手伝ってくれるかい?」
件の令嬢は、簡単に食いついたそうです。
「喜んでお手伝いさせていただきますわ。
何も高貴な方々のお手を煩わせるほどのことはございませんでしょう」
ここで、彼女の理論が破綻しているのですが、都合の良い令嬢の脳内では、エリザベートさまたちのような高貴な方の代わりに自分こそが、その仕事をするに相応しい、ってことになるようです。
鳥頭なんでしょうか?
その辺の理屈が、今一、分からないんですが、パメラたちによれば、そういうもんらしいです。
で、そこから喜劇(悲劇)が始まったそうです。
「じゃあ、事務室に届いている紙を生徒会室までは運んでくれる?
200枚の束が20冊ほどだから、結構大変だけど頑張ってね。
ああ、そこに台車があるから勝手に使って」
「えっ?皆さまがなさるんじゃございませんの?」
「僕たちは手が離せないんだ」
「だって、荷物運びですのよ?」
「それが?」
「通常、男子の仕事じゃございませんこと?」
「言ったでしょ?
僕たちは、忙しいんだ。そんな些末な仕事、雑用係に頼むしかないだろう?」
「では、使用人をお借りできますか?」
「使用人には頼めないんだ。印刷は新規の業務になるんだけど、予算の関係で彼らに新しい仕事の給金を出せない。だから、生徒がやるしかないんだ」
「雑用係って、書類の整理とか議事録のまとめとか、そういったことなんだと思ってましたわ。
力仕事もするんですか?」
そこで、割って入ったのが、ケント会長の信頼厚い『腹黒ナンバー2』のジェームズ副会長で、彼は笑いながら言ったそうです。
「むしろ、事務仕事は我々がするから、力仕事の方が多いんだ。
でも、力仕事だけじゃない。汚れ仕事も多いよ。
何しろ、やってもらう仕事が、『生徒会だより』の印刷だから」
「汚れ仕事ですって?
生徒会の仕事に汚れ仕事なんかございますの?」
「一番汚れるのは、印刷だ。
そこの器械使って、一枚ずつインクを付けたローラーを転がして印刷するんだけど、インクで汚れて大変なんだ」
「それを私にしろと、おっしゃるの?」
「さっきも言ったように、予算がないんだ。だから、生徒の誰かがしなくちゃならない。
それを、君はしてくれると言った。とても崇高で気高い心がけだと思うよ」
唖然とする令嬢にケントさまが言ったそうです。
「僕は、貴族の令嬢には無理だと思ってお願いするのを遠慮してたんだ。
ましてや、エリザベートさまたちには、絶対無理だ。
手伝ってくれるって言ったのは、あなたの方だ。
正直、あなたのような方が手伝ってくれるのは、助かる」
生徒会室にある印刷機は極めて原始的で汚れやすい仕様なんです。
薄い蝋でコーティングした布を原稿の上に置いて魔法で軽く熱を加えると、字の部分の蝋が溶けて、原紙ができる。その原紙を器械に取り付けてインクを付けたローラーを転がすと原紙に書いてあった文字が下の紙に印刷されるという代物です。
それを見た件の令嬢は、腰を抜かしたそうです。
「わ、わ、わたくし、こ、こ、こんな、汚い仕事だとお、お、思いもしませんでしたわ」
「でも、君は、これをエリザベートさまやシシリアさまやマルガリータさまに頼むのが筋だと言ったね」と、断罪したのはケントさま。
「とんだ、不敬だね」と、茶々を入れたのは、ジェームズさま。
「け、結構ですわ!
こ、こんな仕事でしたら、平民か男爵令嬢にでもお任せくださいませ。
エリザベートさまたちを巻き込むのは、失礼に当たりますわ」
彼女は這う這うの体で逃げ帰ったそうです。
そういうことがあったと、後になって聞いたわけですが、真っ正直にぶつかった件の令嬢は、まだ潔い方だと言えます。
大抵は、陰でコソコソ陰口を言ってるんです。
ただ、雑用係の主な仕事が印刷だったのは事実です。
ケント会長は、『生徒会だより』週1回発行したかったようで、そのための実働部隊を求めていたんです。
そんなとき、不祥事を見つかった私は、飛んで火にいる夏の虫だったんです。
簡単に捕まってしまったわけです。
おかげで、私たちは、ものの数日でインクまみれになってしまいました。
ただ、仕事が終わると、副会長のジェームズさまが、一同に『クリーン』の魔法をかけてくれましたので、寮へ帰るときにはキレイになっているんです。それで、早々に諦めました。
でも、戻るときはキレイになっても、途中経過はひどい状態なんです。
ケント会長に特攻した、件の令嬢が代わってくれれば良かったのに……。
と、みんなで、しみじみ思いました。
そんなこんなで、順調とは言い難い状況でしたが、雑用係になったおかげで、生徒会役員とも仲良くなれたので、男爵令嬢ズは、大喜びで婚活に励んでいます。
テレサなんか、私に向かって「エヴァ、グッジョブ!」って、親指を立ててくれたんですよ。
5月27日
生徒会雑用係としてこき使われる エヴァ
PS 副会長のジェームズさまは、印刷作業が終わるたび、クリーンの魔法を使うのが面倒になってきたんでしょう。私たちにクリーンの魔法(3年で学ぶそうです)の使い方を教えてくれました。
自分でやってくれ、ですって。
おかげで、使える魔法が増えました。
ラッキー。
これで、山から帰って来ても、肩身の狭い思いをしなくて済みます。
今まで、土や草にまみれて帰って来るので、貴族の皆さまから白い目で見られてたんです。
こうして、エヴァと男爵令嬢ズは生徒会雑用係になりました。




