(5月20日付けの手紙)その4
エヴァの受難の続きです。
実際、昨日の尋問は大変だったんです。
禁書庫に2人きりだったんです。
以前、不適切な行動をとった男女の話があったけど、密室に男女2人が閉じこもってるわけで、小説だったら、いわゆる『萌える』展開だったんです。
でも、現実では、そんな美味しいはずもないわけで、誰かに助けてほしくても、助けなんか来るはずもなく、たった一人で、魔王のような生徒会長と対峙したのです。
後で考えると、頑張った自分を褒めてあげたい気分です。
あれは、普通の女子生徒が耐えられる代物じゃなかったんです。
まず、どうやって入ったかって追及されて、ドアノブを回したら、開いていたので……と、正直に答えたら、おかしいな、ちゃんと鍵をかけたはずなのに、ですって。
あんたが、悪い!って、叫びたい気分でした。
だって、鍵がかかってなかったんですから。
しばらく考えて、まあ、それは良いか、と独り言を言って、尋問を続けます。
そんなに簡単にスルーしないでよ。ちゃんと反省すべき点は反省してくださいって、言いたくても言えるはずもなく、そうこうするうちに、向こうは、すごんだんです。
「ドアノブを回してドアが開いたら勝手に入って良いとでも思ってるのか」って。
そりゃ、いけないことだと思います。
でも、鍵がかかってなかったんですよ。いかにも、入って良いよって、言われてるみたいじゃないですか。
でも、賢明な私は黙秘するにとどめました。
で、次に言われたのは、禁書庫に入るのも許可が要るけど、禁書を書き写すのにも許可が要るってことでした。
で、この一連の不適切な行動のせいで、退学の可能性があると言われたんです。
退学か……、それも、良いかも、って思ってたら、奨学生が不祥事で退学処分を受けたら、それまでに受けた奨学金を返還しなければならないって、脅迫したんです。
そんな……。
今までにかかったお金って、多分、ものすごい金額になってるはずです。
たかだか2か月だけど、そもそも一月にかかる金額が違うんです。
部屋だってトーリ村やユーグレンで借りる部屋とは全くグレードが違うから家賃も全然違うでしょうし、食事に至っては毎日がご馳走だったから、一月で一般庶民の3か月から半年分の食費がかかっていると思うわけで……。
終わった。
どうしよう?
目の前が真っ暗になりました。
真っ青になっていると、ケント会長が黒い笑いを浮かべて言ったんです。
「生徒会の雑用係になるなら、このことは黙っていてあげよう」って。
私には、悪魔のささやきのように聞こえました。
これが、そもそもの始まりだったのです。
決して、ご令嬢たちが羨むことではなく、恫喝された結果の産物なのです。
しかも、フォード先生の仕事やクラスメートのパシリはお金がもらえるのに、生徒会の雑用係は無償、つまり、タダなんです。
とんでもない話です。
男爵令嬢ズによると、「ケント生徒会長は優しい良い人」でした。
でも、実物は情報と大違いでした。
実際のケント生徒会長は、腹黒くて面倒な人でした。
タダで雑用係になるなんて、平民としてのプライドが許さない。労働には対価をもらうべきだ。
そう言い張るには、立場的にヤバイのです。
無断で禁書庫に入って、魔法陣を書き写したことを学園当局に知られたくない。
究極の二者択一に悶々としましたが、悩んでも始まりません。
初めから、答えは一つしかなかったんです。
で、本日、生徒会の雑用係になるということが、どういうことを意味するか、嫌というほど、教えられたわけです。
私のバカ!
あんな申し出を受けるなんて、密室で自白を強要された被疑者のような気分です。
あの時は、頭の中が真っ白になってしまって、やらかした行動を内緒にしてくれるなら、言うことを聞くしかない、と思ったんです。
幸い、男爵令嬢ズが参戦したいと言ってくれたのです。
彼女たちに、この戦いに参加してもらおう。雑用係をするときは、極力単独移行動を取らないようにしよう、と思いました。
できるだけ男爵令嬢ズを巻き込んで、上位貴族のご令嬢からの攻撃から逃れようと思ったんです。
ゴメンね、みんな。腹黒い私を許してって、心の中で謝りながら。。
で、その日の放課後、生徒会室へ出向いて、印刷の方法を聞いた後で、交渉を始めました。
「確かに、無断で禁書庫に入った私は悪いです。
学園当局に知られたら、退学ものでしょう。
でも、そもそも、ドアノブを回しただけで入れたってことは、会長が鍵をかけるのを忘れていたんじゃないんですか?
つまり、会長にも過失があったわけで、私の不適切な行動と会長の過失が相殺されると思うんです……」
ここは、断定的な言い方で喧嘩するんじゃなく、下手に出てお願いした方が良いと思ったので、やんわり過失相殺を主張しました。
「僕は、確かに鍵をかけた」
「でも、開いてました」
互いに一歩も譲らず、にらみ合いました。
側にいた副会長のジェームズ・フォン・セルベス様(伯爵令息)が、割って入ってくれましたが、この人も、ケント会長と行動をともにするだけあって、十分腹黒のようでした。
「鍵の話はさておいて、君は何が言いたいの?」
さすが、副会長。よく分かってらっしゃる。
「雑用係は賃金はない、つまり、無償ですね」
「そうだ。有償じゃないと、嫌か?
だが、予算がないんだ。予算があるなら、そもそも使用人に頼む。
君は、友人からの依頼を有償で引き受けていると聞いたけど、生徒会の仕事は、あくまでもボランティアだ」
「仕方がありません。弱みを握られているわけですし。
ただ、お願いがあります」
「お願いって?」
「多分、女子はみんな雑用係になりたいはずです」
「確かに、雑用係を募集したら、女子が大勢申し込んで来た。
だが、彼女たちには無理だ」
「それを生徒全員に周知徹底していただきたいんです」
このお願いは想定外だったのでしょう。
ケント会長は一瞬動揺したようです。
目を見張って、少し間が開きました。
でも、次の瞬間、さらっと却下しました。
「それも無理だ。どうしたって、何を言ったって、女子は嫉妬するに決まってる。
今朝の食堂で経験済みだろう?」
「分かってます。だから、それを少しでも抑えるために、協力して欲しいです」
「何を?」
「少しでも批判を抑えるために、せめて、私一人じゃなく、何人かをまとめて雑用係にして欲しいんです」
「それも無理だ。
考えてもみろ。君に頼む仕事が、生徒会だよりの印刷とか、印刷のための紙やインクの運搬、それにできた印刷物の配布なんだ。力仕事と汚れ仕事ばかりだ。
貴族のご令嬢には無理だ。かといって、平民を集めて頼むのも、差別みたいで好ましくない」
「だったら、せめて、私の友達の男爵令嬢の皆さんを巻き込んでいただけませんか?
実際の仕事は、私がするとしても、悪意を分散させるという意味で協力してもらうんです」
「男爵令嬢か……ギリギリか……」
「幸い、生徒会役員をしているキンバリーさまの妹さんがいらっしゃるから、話は少し前後しますが、あの方を通じて私たちグループに依頼されたってことにしていただければ、少しは、女子の反応もマシになるでしょう」
「なるほど。それは、良いかもしれない。
エヴァ、君は、思ったより頭が良いのかもしれない」
『思ったより』は、余計です。
その場で交渉成立。
ケント会長も生徒会の他の役員の皆さまも私も、仕事の早い人間だということが証明された瞬間でした。
5月20日
ケント生徒会長にドナドナされた エヴァ
PS ところで、昨日、ケント会長の尋問が終わった後で、ヤケクソになった私は、こうなりゃ、毒を食らわば皿まで、とばかり、空間魔法の魔法陣を書き写す作業を続行、完成させました。
私のしていることを興味深そうにのぞき込んだケント会長が、何をしているか訊いてきたので、自分でマジックバッグを作ろうと思ってると言うと、目を丸くしました。
普通、マジックバッグというのは、ギルドの魔道具師が作って売ってるもので、DIYするものじゃないんだそうです。
「お金がないんだから自分で作るしかないじゃない」
と、文句を言うと、先ほど写してた転移の魔法陣は何に使うのか訊かれました。
そっから、見てたのか……。
声を掛ければ良いものを。黙って見てたのです。悪趣味以外何ものでもありません。
でも、ここまで来て、隠し通せるものでもありません。
「手紙を送るのに使おうと思って……」と、答えると、
「普通、手紙は鳥に変えて飛ばすもんだが」と、呆れていましたが、
「でも、上手く行けば、薬草の苗とか小さいものが送れるかもしれないんです」と、答えると、
「案外面白いかもしれない」って、ノリノリになって、「僕も交ぜてくれ」って言ったんです。
これなら学園当局にチクることはないだろうと、ちょっぴり安心しました。
実は、転移の魔法陣の実用化に向けて、実験をしようと思っていたんですが、本当はパメラに頼もうと思ってたんです。
でも、興味深々で私が書き写した魔法陣を調べるケント生徒会長をハブることができなくて、仕方がないから、魔法陣の一つは私の部屋に置き、もう一つは、ケント会長の部屋(特別棟の部屋です)に置いて実験することになりました。
実験する前に、私が写した魔法陣を丁寧に調べて、「良く書けている」と、褒めてくれたんですが、別に褒めてくれなくて良いのです。
むしろ、あなたが交らない方が都合が良い……って、言いたいくらいでしたが、言えるわけもなく、ええい、クソっ、この人が卒業するまで付き合うしかない、と諦めました。
ケント会長が協力してくれることになりました。良かったのか、悪かったのか。




