(3月29日付けの手紙)
いよいよ、学園に着いたエヴァとパメラの生活が始まります。
お母さん
学園は、広くてとてもきれいな場所です。
門を入ってすぐに目に入るのは、瀟洒なレンガ造りの建物です。これは管理棟で、こにには、職員室をはじめ、理事長室、学園長室、事務室なんかがあります。
管理棟の奥に教室棟があるのですが、教室も村の学校のそれと全然レベルが違います。広くてゆったりしていますし、机や椅子も最上級のものです。しかも、建物全体に夏は涼しく冬は暖かくなるよう魔法がかかっているそうです。さすが、お貴族さま御用達の学園って感じです。
教室棟の西側に食堂のある建物があります。その向こうが寮です。食堂へは、寮からも教室からも行けるようになってるんです。朝晩は、寮から食堂へ食べに行きますが、昼は、教室棟から食堂へ食べに行くのです。
食堂に隣接してや談話室や購買があって、生徒のために便宜を図っています。
この学園では、基本的に、寮以外制服着用です。
食堂で食事をするには制服を着なければなりません。
私としては、晩餐は正装でって言われても困るから助かるんですが、パメラはせっかく作った新しいドレスを寮でしか着れないので面白くないみたいです。
ただ、休みの日に外出する際は、私服OKだそうで、お貴族さまたちは、その日を楽しみにしているようです。
寮の建物は3棟あって、女子寮、男子寮、特別寮です。
特別寮は、王族や上位貴族の子弟で特別なセキュリティーを必要とする生徒のために、全学年で10室用意されています。
学園は、1学年30人ほどで3学年あるので、全校生徒は90人ほどなんですが、そのうち、特別寮に入るのは、最大で10人までです。
特別寮では一般寮とは比べものにならない警備体制と設備が整っていて、その代わり、寮費も一般寮とは比べものにならないくらい高いそうです。ただ、10室しかないので、お金を出せば誰でも入れるものではなく、本当に入寮が必要かどうか審査されるそうで、上位貴族でも、よっぽどの生徒(王族か大臣級の貴族)じゃないと使わせてもらえないとのことです。
現在の利用者は、3年の公爵(軍務大臣)令息と侯爵(財務大臣)令嬢、2年の侯爵(宰相)令嬢と侯爵(外務大臣)令息、隣国ホルムハウト王国の第3王子、1年の公爵令嬢(王弟殿下の娘)の6人だそうです。
以上、情報提供者はパメラでした。
こちらへ来てから、パメラは、セッセと社交に精を出して、情報収集に励んでます。
何しろ、トーリ村からマリアンナ学園へ進学するのは、30数年ぶりのことだそうで、学園のことが全く分からないんです。
私たち二人が、どんなに不安に思っているか分かるでしょう?
幸い、パメラは、同じような男爵令嬢グループと親しくなって、互いに情報交換しています。
彼女たちは、貴族とはいえ下っ端なので、私とも付き合ってくれるようで安心しました。
じゃないと、ボッチになっちゃうし、いつまでもパメラに頼りっ切りっていうのも、どうかと思うから。
さて、パメラと私は、一般寮(女子寮)に入ったわけですが、驚いたことに一人部屋でした。
よく考えたら、貴族の令嬢が、私みたいな平民と同室になるのは嫌でしょうし、序列で生きている貴族にすれば、同室者の身分がどうのこうの言って面倒なんでしょう。
とにかく、うっとうしい貴族のお嬢さまと同室じゃなくて、良かったです。
最初の日、部屋へ入って窓の外を見たら、東に霊山スレイが見えました。村から見えるスレイ山の裏側になります。
村では山が西に見えたし、山の表情そのものが違うので、変な感じです。
地図で見たら、トーリ村とイースレイ町は、スレイ山を挟んで西と東になるようです。
ここへ来るとき、アイデリー州の州都カトンリーやベネディクト州の州都オンネーを経由して来たんだけど、あれは、南下してスレイ山を迂回してたみたいです。
スレイ山を跳び越えれば(魔法でも使わないと不可能なんだけど)、イースレイに来るのに1日もかからないでしょう。
あの長い馬車の旅は、何のことはない、人間がスレイ山に膝を屈している証拠だったのです。
村では夕日がスレイ山に沈みましたが、イースレイでは朝日がスレイ山から上ります。
慣れるまで、違和感を感じることでしょう。
他に、講堂(村の講堂と違って作り付けの立派な椅子が並んでます)、大広間(卒業式のとき、舞踏会をするそうです)、体育館、鍛錬場、馬場、運動場、そして、大きな図書館があります。
お貴族さまのための社交会館というのもありますが、関係ないのでスルーしてます。
施設は、どれも立派で豪華絢爛というより落ち着いて上品な感じです。勉強する場だからでしょう。
駅馬車の終点のイースレイの駅舎も、素敵でした。
イースレイ駅はアイデリー州都のカトンリー駅やベネディクト州都のオンネー駅に比べると小さいですが、品があって落ち着いた感じの建物です。
考えてみれば、在籍する生徒のほとんどが貴族なのです。それなりのグレードが要るのでしょう。
こちらへ着いてすぐに入学手続きを完了し、無事、学生証をもらいました。
この学生証は優れもので、購買での支払いに使える(購買では、学生証の番号と支払い額を記帳して、翌月に一月分まとめて請求があるのです。奨学生の教科書や勉強道具に掛かる費用の請求先は国になります)だけじゃなく、鍵の代わりにもなるそうです。
つまり、学生証をかざさないと、教室に入れないのです。
特に、一定の資格を有する者しか入れない部屋(薬品貯蔵室、図書館の禁書庫等)には、その者以外の学生証をかざしても入れません。
寮の私室のドアも本人以外は開けれないようになっています。
魔法でそうなっているらしいですが、万事につけて大雑把だった村では想像もつかないことです。
そもそも、村では鍵なんか使わなかったし、森の魔女の家なんか、鍵そのものがなかったんだから。
さて、一番大事な(!)報告があります。
ここのご飯は、とても美味しいです。しかも、毎日、お祭りかお祝いのようなご馳走が出るんです。
考えてみれば、お貴族さまが多いので、その人たちの舌を満足させる必要があるんでしょう。平民で庶民の私には超ラッキーなことでした。
食堂には10人掛けの大きなテーブルがいくつも置いてあり、決められた時間に食堂へ行くと、テーブルに一人前ずつ料理が置かれているんです。食欲旺盛な生徒のために、テーブル中央にお代わり用の料理まであるんです。
貧乏性の私は、こっそり、「こんなにお料理作って、余ったらどうするの?」と食堂の配膳係に訊いたんです。そしたら、「使用人の賄いにするんです」と教えてくれました。
もっとも、男子のあの食べっぷりを見ていると、そんなに余らないと思われます。
ここでは、みんな、食べたいだけ食べることができます。
お貴族さまの学園だから、ひもじい思いをする生徒はいないのです。
とても幸せなことです。
何の因果か学園に紛れ込んだおかげで、私も、お貴族さまの特権、つまり美食を堪能しているのです。
テーブルが10人掛けですので、誰かと同席しなければならないのですが、私はパメラのいる男爵令嬢グループの隣に座らせてもらって、小さくなって食べてます。
だって、周り中、お貴族さまなんです。どの生徒もテーブルマナーが完璧で、緊張するなと言われても、緊張してしまいます。
こんなところに放り込まれて普通でいるなんて、できるわけないのです。
でも、私の食欲は、お貴族さまに対する引け目よりも強いようです。
本当は、周りの令嬢たち(皆さん)に気を遣わなきゃならないのでしょうが、せっかくの料理を美味しいうちに食べたいので、話に適当に相槌をうちながら、存在感を消して食事に没頭しています。
パメラたち男爵令嬢は、料理が冷めるのもそっちのけで、ひたすら情報収集に励んでます。
みんな、成長期なんだから、良く噛んで食べないといけないよ。
美味しいものを美味しく食べることは、健康にも美容にも大事なことなんだよ。
って、言ってやりたくなるくらいです。
ただ、男爵令嬢グループは、まだまだ健全です。
上位貴族の皆さまは、周りを気にしすぎて、料理に対して不誠実なのです。馬鹿みたいです。
作ってくれる料理人に悪いし、何より、食材に申し訳ないと思うのです。
ところで、男爵令嬢グループによれば、「入学手続きは、3月10日までにするように(郵送可)」という連絡があったらしいんです。
でも、パメラも私も知らなかったし、そもそも、この学園へ入学することが決まったのが3月24日でしたから不可能だったんです。
入学手続きをした日(ここへ着いた日)、学園の事務のお姉さんが特段何も言わなかったから問題ない。と、二人して開き直ることにしました。
何しろ、カトンリーの役所でもらった書類は威力抜群で、あれを渡したら簡単に手続きしてくれたんです。
今更、文句を言われても、ねえ?
思うに、入学手続き担当のお姉さんも私たちの入学が決まったのが遅かったから仕方がないと、諦めてくれたんでしょう。
やれやれ。
情報が増えると、余計な気苦労も増えるようです。
ここは、知らぬ存ぜずで開き直ることにします。
全ては、カトンリーの役所のお兄さんの責任なのです。
3月29日
場違いな学園へ来て緊張する エヴァ
PS 今日は3月29日ですが、まだ、制服が届いていません。無事、4月1日の入学式に間に合うでしょうか?心配です。
エヴァとパメラは、二人とも逞しいんです。