070/000/000.魔法の匙
「ご馳走さまでした!!」
ミミズは獲物を隅々まで喰らい尽くした。
腹が満たされる実感にとても満足している。
「あの、えぇと、…不味くなかったですか?」
食べ終えたミミズを確認したアイラが恐る恐る聞いてきた。
アイラの育ての親である男は既に退室しており、食堂にはミミズとアイラだけがその空間に残っている。
それにしても、アイラは人と関わる事が苦手というより、自分ごときが、といった己を下に見たような接し方をしている気がする。
自信が持てなくなってしまったのは、過去のトラウマなどもあるのかもしれない。
ミミズはアイラに「すっごく美味しかった!ありがとう!!」とニコニコしながら感謝の言葉を贈った。
お世辞ではない、本当に美味しかった。
具が少ないながらも、素材に合った味付けをされたスープに、程よく効いたスパイスに香草でしっかりと香りをつけた柔らかいお肉。
とても手馴れた味付けであった。
そういえば、この協会は孤児院としても経営していると言っていたか。
育て親の男の手伝いで培った能力なのかもしれない。
「そ、そうですか、よかったです」
アイラは恥ずかしそうにはにかみながらホッと息をついた。
アイラの笑みを初めて見たが、笑顔がとても似合う。
他の人と変わらない彼女を何故、これ程までに伝承に執着して傷付けるのだろうか。
ふとミミズはある事を思い付き、マントの下から一本のスプーンを取り出す。
ティースプーン程の大きさの、柄尻がキセルのような形になっている独特な代物だ。
「アイラちゃん!みてみて!」
「え?」
ミミズがニコニコしながらアイラにスプーンの柄尻を見せつける。
アイラは不意の行動に動揺しつつも、視線を向ける。
スプーンの柄尻には空洞があり、本当にキセルのようだ。
「えへへー、いくよー?」
そうミミズが言うと、スプーンのつぼの部分をそっとなぞる。
すると、スプーンの柄尻の穴からポンッと音を出し、一本の白い花が出てきた。
覚えなくても困らない物事の吸収だけは早いミミズの得意分野、手品だ。
「わぁ…!」
アイラは思った以上に驚いており、興味を持ってくれたようだ。
ミミズは白い花をアイラに渡し、ニコッと笑う。
「アイラちゃんは自分の色が嫌い?」
「え?…嫌い、です」
「それはどうして?」
「…悪魔の子、だからです」
アイラは、苦しそうな表情を浮かべ、俯く。
産まれてから現在まで、色の差別を強いられてきたのだろう。
十数年の不幸に励ましの言葉を掛けようも、他人事で終わってしまうだろう。
しかし、ミミズは空気など読めないし読まない。
ミミズはアイラの持つ白い花にスプーンの柄尻を当てた。
すると白い花は、アイラと同じ紫色に染まった花に変色した。
「私はアイラちゃんの色好きだよ!」
「えっ?」
「紫は夕焼け後の夜を迎える空の色、梅雨時の終わりを告げる紫陽花の色。そんなに綺麗な色なのに、色に操られるなんて勿体ないよ!」
そう言ったミミズの声を聞き、アイラは自身と同じ色になった花を見る。
悪魔の子の象徴として忌み嫌われた災いの色。
そうだ、許せる筈がない。
十数年、この色のせいで幸せな事なんて何一つ無かった。
罵倒され、暴力を振るわれ、差別されてきた。
アイラの嫌いな色だ。
…なのに。
どうしてだろう。
独りのアイラと同じ、一本だけの花。
淋しさを感じさせない程に、逞しく、生き生きとして咲き誇り、輝いてみえる。
とても、綺麗だ。
アイラは産まれて初めて、紫の色に見蕩れた。
こんなに綺麗なのに、何故、人は忌み嫌うのだろうか。
「ミミズねー、色を操る事が出来るんだよ!すごいでしょー!」
思わず色に見蕩れてしまったアイラはハッと我に返り、ミミズを見る。
色を操る?この花のような手品だろうか。
「色塗りは小さな物が限界だけど、色抜きなら大きいものでも色がある限り、色を抜くことが出来るの!それが生き物であっても」
ペイント?スポイト?どういう事なのだろう。
考えていると、ミミズは今度はスプーンのつぼの部分を花に当てる。
すると、紫色だった花が赤色に変化した。
「あっ…」
紫色でなくなってしまった事に、思わず声が出てしまった。
それを見たミミズは、無邪気さのある笑みを無くし、優しい笑みを浮かべる。
「アイラちゃんが望むのなら、君の忌み嫌う色を、この国と同じ色にしてあげる」
今のままで、いつまで続くかわからない不幸を抱える紫の姿。
それとも、悪魔の色から解放され皆と同じように生きられる赤の姿。
アイラの中で最大の二択だ。
…そんなの、決まっている。
この色に産まれたことによってどんなに辛い思いをしたと思っているのか。
それが、やっと終わると言うのだ。
やっと捨てられるのだ。
「アイラちゃんは、どうしたい?」
「…わたし、は――――」