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色彩のエリーゼ  作者: 目黒 九六
255/000/000.紅大帝国-エル=ピ=シャトレ-
8/9

060/000/000.悪魔の象徴

「アイラを助けて下さり、ありがとうございました」




宿泊街から少し離れた閑散とした路地に建つ一軒の小さな教会、その食堂にミミズは居た。


腰が抜けてしまい立ち上がる事がままならなかった少女―――名前はアイラというらしい―――、を安全な場所だと言うので肩を貸し、今この場に案内された。


ミミズの前に座る二人の人影。


アイラという少女と、桃色の白髪の混じる赤髪をオールバックにした中年の男。


男はこの教会の主であり、アイラを育てた親のような存在らしい。




「…ありがとうございました」




アイラが気まずそうに俯きながら続いて感謝の言葉を口にした。


モップのようにくしゃくしゃの紫に塗られた髪に、埃で汚れた赤い制服。


眼には自信の言葉が欠けているように見える。


ミミズは二人を観察しながら、食堂の内装をキョロキョロとしていた。


食堂、ごはん、食べる、場所。


その時、地鳴りのような音が響く。


ミミズの腹の虫が暴れている音だった。


腹が背中に張り付いてしまうほど限界である。


男が笑いながらアイラに食事の用意を促し、アイラが退出した。


どうやらご馳走を作ってくれるそうだ。


嬉しい。




「旅人さん、どうやらお腹が空いているようですね。口に合うか解りませんが、お礼も兼ねて是非食べていってくださいな」




にこやかな笑みをミミズに贈り、そう言葉を掛けた。


その後、息を一つ吐き、ミミズを見つめる。




「アイラはね、この国では悪魔の子と呼ばれているんです。ご存知ですか?」


「悪魔の子?」




悪魔の子、聞き慣れないワードだ。


そういった難しい話はいつもメテルに任せている。


メテルが隣に居ない事に少し心細さを感じはじめる。




「知らないのも無理はありません。失礼な話、旅人さんが知らなくてよかった、そう思ってしまいます」




もし知っていたなら助けてくれなかったかも知れません、と寂しそうにテーブルの上に握った両手を見つめながら呟いた。




「どゆこと?」




ミミズは首を傾げながら話の続きを促した。




「…どうか、アイラを嫌な目で見ないでやって下さい」




そう言って食堂の厨房があるであろう、アイラの出ていったドアをちらりと確認した後、話し始める。




「この国の物々の色が別の色と認識できるようになり暫く経った頃、とある家庭に二人の赤子が産み落とされました。可愛い双子の女の子だったそうです。顔もよく似ていて、しかし、ある一点が大きく異なっていました。それは色です、一人の赤子は、美しく燃え盛る炎のように真っ赤に染まった髪。そして、もう一人の赤子は――――」




赤のみを映すこの国で、悪魔の子を象徴とされた紫色の髪でした、そう言った。


紫の色がどうして悪魔の子の象徴なのか。




「紫の色は、この国に呪いを掛けた魔女の使い魔の色から由来するようです。紫色の悪魔、その血が流れているのだと。そうして悪魔の子と呼ばれるようになってしまった」




魔女の使い魔。


なるほど、そういう事か。


この国だけでなく、世界が魔女を敵にしている。


魔女の悪戯は壮大な暴挙であり、天災では済まされない程。


それはまるで、世界の摂理に関わる程の事だ。


言わば〝魔女〟は、この世界では禁忌にも等しい。


そんな魔女の使い魔と同じ色をしていると言うのだ。


まるで、歩く禁忌と言ったところだろうか。


しかし、ミミズは一つ違いを指摘する。




「紫の色は、悪魔の血なんて混じってないよ」




その言葉に、男は驚いたかのように目を見開き、微笑む。




「…旅人さんはとてもお優しい、皆がそう言って下されば、アイラも傷付く事はないのですが…。ちなみに、どうして悪魔の血が流れていないと思うのですか?」




すんなりと受け入れる人は珍しいのだろう、男は、肯定派の意見を聞くためかミミズに問う。




「えーっと、アイラちゃん?って混血によるものだよね?」




どう説明すればいいのか、語呂力がないミミズには宇宙の法則を答える程に難題だ。


しかし、男にはしっかりと伝わったらしく、再び驚きの表情を見せる。




「流石です、旅人さんは博識ですね」




混血。悪魔の血の事ではない。


ミミズの言いたい事は、親の繋がりである。


アイラの両親はどちらも人間であるが、異なりがある。


それは。




「アイラの母親は赤の国の者です。アイラの母親はある男性に出会い恋に落ちました。しかし、恋に落ちた相手、その男性は赤の国の者ではなく、青の国の者だったのです」




赤の国と青の国の混血である。


空や地、草木、水すら全てが夕焼けに当たったかのような赤の国とは裏腹に、青の国は全てが青空の色に澄んだ、まるで水の中にいるかのように真っ青な国。


赤と青は交わり、紫の色を孕む。


その法則性を理解する者は極少である。


何故ならば、赤の国と青の国は過去より長い間争っている。


その為、赤の国と青の国同士の恋は禁忌の行為である。


互いに互いを忌み嫌い、その禁忌に触れるものは誰一人居なかった。


しかし、その禁忌を犯した男と女がいたのだ。


誰にも悟らせぬように、こっそりと会っては愛情を育む禁断の愛。


そうして産まれた赤子こそが、悪魔の子と迫害を受ける少女、アイラだった。


そこでミミズはふと思い出した。




「あれ、双子って言ってたけど、もう一人の子は紫色じゃないの?」




男が言っていた言葉を思い出す。


確か、真っ赤な髪と言っていたが、混血であれば単色に偏ることはまず無い。


魔女の呪いは色濃く現れてしまう筈だ。


その質問に対し、男は気まずそうな顔になった。




「…その女性には、夫が居たんです」




耳豆の質問の解答は、不倫という答えだった。


今も争う国同士間の禁忌の恋に、不倫と来たものだ。ミミズは何も言えばいいのか分からなくなってしまい、から笑いをして誤魔化す。


片方だけの混血ってあるものなんだ、それは知らなかった。




「お恥ずかしい話をすみません、実はその女性の夫と言うのが私の古くからの友人なんです」




何故ここまで詳しいのだろうとは思ったが、道理で詳しい筈である。


その時、食堂に匂いが充満する。


焼いた肉と香草のいい香りだ。




「旅人さん、先程話した事はアイラには話さないで下さい。アイラはまだ子供、心が強くなり、自ら尋ねてくる時までは隠しておきたいのです」




オトナって大変だなぁ。


ミミズも難しい話は自ら持ち出さない主義だ、説明しようにも忘れているかもしれない。


男の言葉に軽く相槌を打ったところで、アイラが戻ってきた。


アイラの両手には木製のお椀に入った豆と野菜のスープと香草を巻いて焼いた肉のステーキの乗ったトレーが握られている。




「お待たせしました、口に合えば良いのですけど…」




そうしてミミズの前に置かれる。


これはたまらない。


ミミズのお腹も既に限界を来している。


軽く早口で祈りを捧げた後、ミミズは獲物を喰らい始めた。

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