040/000/000.助け舟
魔法学室、そこは魔法を用いた授業を行う際に使用している大広間である。
魔法を教室で使おうものなら、魔法生成に失敗した際や誤って壁や天井に当たってしまった時、被害が出てしまうかもしれない。
しかし、魔法学室ならばそのような事があっても被害が出ることはまず無いはずだ。
目には見えないが、この部屋には魔法を通さぬ結界が張ってあり、壁をぶち抜こうとしても生半可な威力では傷一つ付けることはできない。
原理などはよくわからないが、ここでなら思う存分魔法を使用しても安心というわけだ。
「AクラスからEクラス、全員揃ったな。それでは魔法学合同実践演習を始める。まず始めに魔法とはどのようなものか、復習の意味も込めて聞こうか。Aクラスのセネカ=カストリア、代表して答えてもらおう」
「はい。魔法とは―――」
セネカは二学年の中で魔法学がトップの実力である。
魔力を繊細に読み取り、物質、熱量、威力を的確に把握、魔法をコントロールする事がとても上手い。
魔法同士で戦うのならば、セネカに勝る者は帝国戦士候補生の中にはまず居ない。
「―――であるもの。それが魔法です」
「…良いだろう、お前達もしっかり聞いていたな。それでは実践演習について説明する」
実践演習は、同クラスで二人のペアを組み戦闘を行う。
戦闘に使用できるスペースは限られている為、二人ペアの五組が別々に戦闘をし、終わったら交代を行うローテーション制。
戦闘方法は魔法の使用のみ、物や剣術を使用する事は禁止されている。
魔法と戦略のみで戦い相手をねじ伏せることがこの授業の内容である。
「よろしくね、エイル君」
「あぁ。よろしくな、セネカ。手を抜いてくれよ?」
「折角の魔法演習だもん、全力で勝ちに行くよ!」
「ははっ、こりゃ手厳しいな」
俺はセネカとペアになり、順番が来るまで待つことになった。
待ち時間の間も勉強を怠ってはならない。
戦闘している者達の魔法の使い方や戦略を見て盗む、それもまた実践演習の授業だ。
その時、ふとあるものを捉える。
Eクラスの実践スペース、二人のペアが戦闘を開始している。
どちらも魔法を発動させた。
一人はヒョロヒョロと震え安定感の無い、赤く燃える火の魔法。
一人もまた安定感無く掌から零れ落ちている桃色に染まった水の魔法。
この国は昔、魔女の呪いによって赤色に染められてしまったらしい。
その呪いは魔力にも影響があるらしく、この国で生まれた者は皆赤色の魔法となる。
…そんなものはどうでもいい。
Eクラスのペア決めで溢れたのだろう、クラスの輪から外れ一人で座っている生徒がいた。
ボサボサと散らせた紫色の髪の少女。
名前はアイラ。家名を持たぬ孤児。
無意識に俺はソイツを睨む。
ソイツと目が合った。
正気を失ったような紫色の瞳。
その色は、この国では悪魔の子を象徴している色だ。
ソイツは一瞬怯えた顔をした後、俯いた。
「…エイル君、どうしたの?」
「…いや、何でもない」
アイラ、俺はアイツが嫌いだ。
悪魔がいるから俺の母は死んだんだ。
俺は絶対にアイツを―――
「エイル君!私達の番だよ!」
「え?あ、あぁ…、すまない。行くか」
「手加減無しだからね!エイル君も本気出してよね!」
…俺は魔法が嫌いだ。
魔法があったから母が死んだ。
俺が魔法を理解せずに使用したから―――、いや、悪いのは悪魔が存在するからだ。
俺は悪くない、全部悪魔のせい。
…あの女のせいだ。
「エイル君!危ないっ!!」
「え―――」
鈍痛。頭が揺さぶられる。
セネカの出した水の魔法が頭にクリーンヒットし、俺は吹っ飛んだ。
無様な醜態を晒した。
駆け付けたセネカと教師が俺を抱き上げた。
「エイル君っ!大丈夫!?」
「馬鹿野郎が!余所見するなッ!!」
「が…っ、は…、ぁ」
「クソったれが!お前!救護室に運ぶから手伝ってくれ!」
「はっ、はいっ!エイル君…、ごめんね…」
「Aクラス!別クラス指導者の支持に従って演習を継続しろ!いいな!」
俺は教師に担ぎ挙げられ、救護室に運ばれた。
「何あれカッコ悪い…」
「くくっ…、あんなのとよくセネカさん付き合ってるよなぁ…」
「テメェら黙りやがれ!エイルを馬鹿にするやつは俺が許さねェ!!」
クソッ…、クソがッ…。
畜生…ッ。
意識が朦朧とする中、最後に見たのは、紫色の髪と、紫電に光る魔法だった―――。
=====
目覚めると学校が終わる数分前だった。
救護室のベッドに寝かされた俺は、痛む頭を抑えながら起き上がり、周囲を見渡す。
…誰もいない。
終了前の準備をしているのだろう。
救護室にいるはずの教師や、セネカも居ない。
誰もいない事に俺は安心する。
「…クソッ。クソったれが…ッ!」
全部アイツのせいだ。
悪魔。悪魔の子。
アイツのせいで恥を掻いた。
絶対に許さねぇ。
…後悔させてやる。
「エイル君、起きてる?」
救護室に来客が現れた。
セネカである。
「…エイル君?」
救護室に残ったのは、セネカだけであった。
=====
「…。」
一人の少女が歩いていた。
少女の名前はアイラ、家名は無い。
生まれてすぐに親に捨てられ、教会と併用している孤児院に引き取られた。
母は何をしているのかわからない。
父は何をしているのかわからない。
生きているのか、死んでいるのかすらわからない。
捨てられた原因はわかっている。
紫色の髪に紫色の瞳―――、悪魔の子の象徴。
異端児だから捨てられた。
「…?」
学校が終わり、孤児院に帰るためにいつもと変わらぬ帰路を辿っていた時だった。
目の前に誰かが立っている。
包帯の巻かれた鈍色の髪に、濁った赤色の瞳の男性。
少女と同じ帝国戦士養育学校の制服。
(この人は、確か、実演演習の時間に―――)
「き、ヒヒっ…。待ってたぜ…、悪魔の子ォ…」
その男性は少女に話しかけてきた。
その言い方から察するに、男性は少女に敵意を持っていることがわかった。
「お前の帰るルートは知ってんだよォ…、人通りの少ないこの道で帰ることをなァ…」
ギラついた目が、少女の目を捉える。
―――怖い。この目はよく知っている。
今日もこの目で見られてた。
ふと視線を向けるといつもこの目がある。
それは殺意の篭った目。
怖い。私が何をしたというのだろうか。
ただ生きる為に一生懸命に生きて、蔑みの目に耐えて強くなろうと帝国戦士になろうとしていた。
…それだけなのに。
男性が近付いてくる。
怖くて足が竦む。
動けない、逃げなきゃ。
怖い。
男性が乱暴に少女の腕を掴み、壁に押さえつける。
逃げられない。
「テメェのせいで無様な醜態を晒しちまったよォ…、あ?どうしてくれんだ?どう落とし前付けてくれんだよォ?」
「ッ!痛ッ…!」
押さえつけられた腕に痛みが走る。
しかし、痛みのおかげで冷静さが戻ってきた。
少女は足掻きにキッと男性を睨みつける。
「…何だよその目は!!!」
少女の頬に痛みが走る。
その痛みは男性が少女の頬を殴った事によって生じたものだ。
血の味が口内に広がる。
口から吐き出すと、赤い地面が紫色に汚れた。
「汚ねぇなぁ…。中身も悪魔の血なんだなテメェは?」
少女の瞳から堪らず涙が出てくる。
痛い、怖い。
私が何をしたっていうの?
「ははっ!無様だなぁ、オイッ!!」
掴まれたままの腕を投げられ、少女は地面に倒れ込んだ。
…悔しい。
なんで、私はこんな色に生まれてしまったのだろう。
私は、ただ、人並みに生きられれば。
…それだけで、いいのに―――。
「悪ィけどこんなんじゃ済まさねぇからな?もっと痛めつけて見る影も無いほどに切り刻んで悪魔の子を屠ってやる。お前を―――」
男性がナイフを取り出し、少女に見せ付けるかのようにチラチラとナイフに反射した光を少女に当てる。
恐怖で一杯になった少女は目を見開き、瞳孔を開いた。
「―――殺してやる」
「なぁにしてんのー?」
その時だった。
その場面にそぐわない腑抜けた声が聞こえたのは。