020/000/000.腹の虫の悲鳴
「…おや、いらっしゃい。珍しい色の子だね」
宿屋の奥から桃色の髪の中年過ぎた女性が言葉をかけた。
「こんにちは、よく言われます。こちらの宿で暫く宿泊をしたいのですが部屋は空いていますか?」
宿屋は大通りから宿泊街に入って直ぐにあり城壁に近い為安く、外観は二階建てでこぢんまりとしていたが、中は思ったよりも綺麗ですっきりとしていた。
受付前には食事を取れるのであろう、四人席の円卓が四席あった。
宿屋に場違いのないぴったりとした錆色の柱時計とピンク色に生い茂った観葉植物が装飾されている。
「…申し訳ないねぇ。今は貸し出しをしていなくて宿泊はできないのよ」
「そうなのですか?先程こちらの宿屋から商売人が出ていらしたので空き室が出たと思ったのですが…」
「本当に申し訳ないねぇ…。この店はもう畳んでしまうんだよ…」
先程見かけた商売人は最後の客であったのだろう。
よく見てみるとその女性は最後の一仕事を終え、先程まで着用していたであろうエプロンを片手に抱えていた。
部屋もすっきりとしているとは思ったが、本当はもっと装飾が飾られていたのかもしれない。
そう悟ってから再び部屋を見渡すと、何処か寂しいように感じた。
「…貴方達は先程この国に着いたのでしょうから知らないでしょうね。残念だけど、このあたりの宿屋は殆どが店を閉めるはずだよ」
「…何かあったのですか?」
「宿屋の経営難さ。とはいっても私達が赤字であったという訳ではないのよ。此処に訪れたということは知っているのでしょう、ここは宿泊街であり城壁の近辺。城壁に近い宿ほど安く、この国は商売人が盛んに訪れるものだから、繁盛はしていたよ」
女性は昔を懐かしむかのように目を細め、寂しそうな表情を浮かべて語っていた。
この宿、そしてその宿で働くことが好きであったのであろう事が感じ取ることが出来た。
繁盛していたのに、経営難。それは何故か。
「…その逆が経営難なのですね?」
「…その通りだよ。中枢に近い宿がお客さんを取れずに文字通り火の車になったのさ」
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「うーん、このあたりってホント宿屋ばっかでご馳走が全くないなぁ」
宿を見つけたメテルを置いてミミズは先に散策をしていた。
正確に言うのであれば、散策ではなく鳴きっぱなしの腹を満たす為に獲物を探している。
ミミズには手続きだのなんだの難しい話なんてわからない、そんなものはメテルに任せてしまえばいいのだ。
今ミミズが歩いているのは宿泊街、宿で頼めばご飯くらいは食べられるかもしれないが、辺りを見渡してみるも何処もシャッターやカーテンが閉まっていて、開いてそうな店もあるが鼻をくすぐる美味しそうな香りも漂ってこない。
何処も彼処も閉まってる、みんなして一斉に休みを取っているのだろうか。
「さっきの串刺しお肉食べたいなぁー…、一回大通りに出て探そっかなぁー」
大通りに繋がっているであろう路地裏に足を向けたその時、ミミズの頭から生える獣の耳がピクリと動き、何か捉えた。
「…―――」
それは音、人の声、荒げた声。
「…―――!―――ッ!」
喧騒は宿泊街の中枢方面から聞こえた。