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フラン、仕事を始める  作者: 赤翼
フランドールの初仕事
9/15

フランドールの初仕事:8

 本当に、可愛い寝顔だな。

 そう思うと、自然と表情がほころんでしまう。紅魔館の皆が去った後、私とアリスはけいねと一緒に、スヤスヤと眠りに付く子供達が風邪を引かないように、別の部屋から布団を運んできて掛けてあげた。けいね曰く、ちょうどいつもはお昼寝の時間だから、もう少し寝かしてあげるんだとか。

 人形劇が終われば一緒にいる意味はもうない訳で、それが終わった私達は自然と解散ムードになっていた。けいねはまだ残って子供たちを見ていなければいけないし、アリスも自宅に戻ってやる事があるそうだ。そして、私もこれからの寝床と仕事を探さなければならない。なんだけど、慧音もアリスも、私がこれからどうやって人里で生活していくのか、それを凄い気に掛け、色々と提案をしてくれた。


「本当にいいのか? お前、お金もないんだろう」


 慧音は心配そうに聞いてきてくれる。なんでも、私がこれから住むところもないだろうし、暫くは慧音の家に泊めてくれるというのだ。それは凄いありがたいし嬉しい申し出だ。だけど、


「うん、大丈夫。まだ夜まで時間もあるし、なんとかなるよ」


 私は一人で生きる力を得たいから人里に来た。紅魔館から離れても、この調子でアリスやけいねに甘えっぱなしになってしまったらきっと今までと何も変わらない。そう思うんだ。だから、夜までに自力で仕事や泊まれる場所を探そうと思う。


「分かったよ。全く、強情なやつだな。だが念の為だ」


 けいねはそう言うと、胸からペンと紙を取り出す。そしてさらさらと何かを書くとそれを私に渡してくれた。


「これは?」


 見たところ簡単な人里の地図のようだ。寺小屋や、その為主要と思われる建物の名があり、その中で一ヶ所だけ丸で囲まれていて、その中央には漢字で慧音宅、と書かれている。そして、寺小屋からそこに行くまでの簡単な道が矢印で示されてある。これってもしかして…


「私の家までの地図だ。もし何かあったら遠慮せず訪ねて来なさい」


 あはは、やっぱりか。これで慧音って読むのね。うん覚えたよ。

 けど、大丈夫って言ってるのにな。もぉ、心配性だな。

 でも、慧音の気持ちは有難く受け取っておきたい。だから、私はそれを丁寧に折り畳んで、胸ポケットにしまう。


「ありがとう。じゃぁ、もし本当にどうしようもなくなった時は慧音を頼る事にするよ」


「あぁ、そうしてくれ。今は半分居候と化してる奴が既にいるし、そういうのには慣れているんだ」


 そうなのか。もう既に私みたいなのが一人いる訳ね。でも、そう言って私まで受け入れちゃったらどんどん際限なくなっちゃうんじゃないかな? アリスといい、慧音といい、本当、人が良すぎだな。


「そうね。慧音もこう言ってる事だし、遠慮しなくていいと思うわ。なんならまた私の家に来てもらってもいいし。貴方ならちょっと飛べばすぐでしょう? 本当に貴方が野宿なんてしたら、貴方のお姉さんに私たちが何されるか分からないわよ」


 そう冗談をいうアリス。私も「それは確かに!」と笑って答える。きっと私が二人を頼ろうとした時の罪悪感を取ろうとしてくれているのだろう。二人とも本当に優しい人達。うん、その気持ちだけで大丈夫。私、それだけで頑張れるから。


「あ、そういえばご飯はどうする予定なの?」


「んーまぁ、なんとかなるよ。昨日も今朝もアリスが恵んでくれたしさ。これでも吸血鬼だから、その気になれば食べないでも暫く活動可能だろうし」


「そうかもだけど、吸血鬼でしょ? 血が欲しいとかはないの?」


「え? あー成る程…」


 確かに、普通、吸血鬼と言ったらそういうものを想像するだろう。日本語にしたらそのまんまだし、元々呼ばれていたヴァンパイアという呼び名も、一説ではリトアニア語の“Wemp(飲む)ti”を由来としているらしい。でも、そうだな。


「別に、欲しいとは思わないかな」


「そうなの?」


「うーん。お姉様はたまにどっかから取り寄せの血を飲んでいるけど、私は、あんまり」


「飲んでないの?」


 私は頷く。


「吸血衝動も魔法で抑えてるとか?」


「いやぁ、そんな難しい話じゃなくって、趣味嗜好かな。もうかれこれここ数百年は…」


「数百年?」


「それは、変わった吸血鬼だな」


「ホントにホント? 魔力切れを起こしたり、生命力切れたりとかしないの?」


「全然? 至って元気だし、昨日みたいに普通のご飯の方が好みだし、元気出るけど」


「まるで普通に人だな」


 二人は物珍しいものを見るようにこちらを見てくるが、ホントにホント。これがリアルな吸血鬼の生態なのだ。


「成熟した吸血鬼ってそんなもんじゃないかな? お姉様も嗜好品として摂ってるだけだと思うよ!」


 お姉様はわざわざティーカップに血を入れて飲んだりしてるが、多分その日の気分で紅茶か、血液か気紛れで変えてるようなもんだろう。


「ふーむ」


 アリスは腕組みをして考える仕草をとっている。


「う、嘘じゃないよ?」


 恐る恐る確認した後も、アリスは暫く首を傾げていたが、やがて腕を楽にし微笑んだ。


「ふふ、分かったわ。別に、フランが嘘を付いているとは思ってないから安心して」


「そっか。よかった。まぁ、そんな訳で暫くはなんとかなるから、大丈夫! ありがとうね二人とも! アリス、また一緒に人形劇やろうね! 」


「えぇ、レミリアとの約束も守らないとね」


 アリスはそう言って優しく微笑んでくれる。あはは、お姉様が見てる前ではちょっと恥ずかしいし、出来ればやりたくないけど、約束しちゃったものはしょうがないか。まぁ、そのうち、ね。


「 慧音。私、また子供達の所に遊びに行きたいんだけど、いいかな!」


「あぁ、勿論だ。子供たちも喜ぶと思うし、いつでも大歓迎だよ」


 慧音も、私のわがままを快く受け入れてくれる。寝ている子供たちの寝顔は本当に可愛らしくて、心癒される。生意気だなと思う時もあったけど、子供ってそれ位がいいのかな。うん、外に出て、もし挫けそうになったら、また子供たちに会いに来よう。


「うん、それじゃあ、またね!」


「あっ、待ってフラン」


「ん?」


 立ち去ろうとした私をアリスは引き止める。振り返る私の所へアリスは歩いてくると、私の手を取り、何かを握らせた。


「なにこれ?」


 私は手を広げ、アリスから手渡された物を見て驚く。それは綺麗に重ねられた分厚い紙幣。まだ金銭感覚には疎い私でも、かなりの額だということは理解できる。


「初仕事お疲れ様。手伝ってもらったお給料よ」


「え!? だからいらないってそんなの!」


「…と、自分や私が渡してもあなたが拒むのが分かってたんでしょうね。貴方の姉は。私に、お呼じゃない人形劇なのに参加させてくれたお礼、って言ってね。最初は意味が分からないから私も断ろうとしたら、どんな使い方しても良いし、いらなかったら誰かに渡せって。そう言って無理矢理渡して帰っていったわ」


「お姉様が?」


「えぇ。まったく。素直に自分で貴方に渡せばいいのに、意外と回りくどいことしたりするのね、貴方の姉は」


「お姉様…」


 アリスの言う通り、このお金はきっと私に対しての贈り物なのだろう。でなければ、こんな大金持ち歩かない。勝手に家を飛び出し迷惑をかけた私なんかのために、まさかお金まで用意をしてきてくれたなんて。お姉様は、最初から、私の答え次第では私を信じて一人暮らしを許可するつもりだったのだ。私は思わず目頭が熱くなる。


「レミリアの気持ちを考えると私は受け取れないから、ね? フラン、私の代わりにもらってくれないかしら」


「で、でも…」


「それでも受け取り難いなら、こう考えたらどうかしら。このお金は、姉から大切な妹に向けた、初仕事の成功をお祝いする、プレゼントって」


「成功… 初仕事…」


「えぇ、大成功だったでしょ?」


 そう聞かれるのはなんとも面映ゆい限りだけれど、ここで否定する程、私だって恩知らずじゃない。内容は滅茶苦茶だったけど、アリス、それに、パチュリーやお姉様のお陰で、子供達の楽しそうな笑顔が見れたのだから。


「…うん」


 私はその紙幣をキュッと胸の前で握り締めた。お金って、ただの通貨でしかないはずだけど、このお金はとても温かくて、使っちゃうのが勿体ないような、大切な大切な宝物のように感じる。


「私、もっとお姉様にありがとうって言えばよかった。でも、これじゃぁ結局お姉様に頼ってることにならないかな」


「あなたの気持ちはもう十分に伝えたでしょ。レミリアも喜んでいたわよ」


 慧音も「そうだとも」と同意する。そして、アリスの言葉を引き継いで語り始める。


「それに、お前は勘違いをしているようだから言っておくがな、誰かの力を借りて生きるのは恥ずかしい事でもなんでもないんだぞ。人間も妖怪も、自分一人では決して生きられないんだからな」


「そうよ、フラン。だから、今はありがたく受け取って、それでたくさん成長したら、今度は貴方が返してあげればいいのよ」


「そうだな。要は助け合いの心、持ちつ持たれつって奴だ」


 助け合い。持ちつ持たれつ、か。うん、そうだね。私、そうするよ。と言っても、今はまだなにも返せないかもしれない。だったら、その分これからたくさん成長して、そしたらたくさんお礼して、皆を喜ばせてあげよう。


「分かった。私、たくさん成長して、お姉様にも、アリスにも、慧音にも、たくさんお返しするからね!」


「えぇ、期待してるわ。またね、フラン」


「うん、またね! 二人とも!」


「あぁ、身体に気を付けるんだぞ」


「ありがとう! 二人も、元気で!」


 私は二人に手を振ると、ドアを開けて、勢いよく駆け出した。もしかしたら、また二人には頼らせてもらうことになるかもしれない。それが間違えでなく、二人が迷惑でないというのなら。でも、それはもう少し先にしたい。だから、一先ずはこれでさよならだ。

 時間はまだお昼を回った辺り。寺小屋の玄関を出た私の瞳に、眩しい太陽が突き刺さる。おっといけねぇ魔法魔法っと。うんうん、大分抗日光にも慣れてきた。

 人里は相も変わらず人、人、人で賑わっている。中にはやっぱり私の姿を見て驚いたり、嫌悪の表情を向ける人もいた。慣れた訳じゃない。それはやっぱり辛いこと。でも、今は仕方がないことと割り切って考える。でも、きっと、変わるから。変えて見せるから。だから――


「私、負けないからね!!」


 もう私は負けたりしない。周りの目や噂はもちろん、弱い自分自身にも。私はこの人里で、頑張って、誰かの為になる仕事して、皆に認めてもらうんだ。自分自身に負けて、一人の部屋に逃げ続けてきた情けない私とはおさらばするんだ! さぁ頑張るぞ!! エイエイオーっ!!


〜〜〜〜〜


〜パチュリー視点〜


 紅魔館に戻ったレミィは案外冷静そのもので、いつもと何も変わらなかった。自己中心的で無茶難題を色々言っては皆を困らせたりのわがまま吸血鬼かと思えば、咲夜のデザートを見てよだれを垂らしたり、まぁ、本当にいつもの通りだ。

 私でさえレミィがフランドールと離れる覚悟をして少し不安定になるんじゃないかと心配していたのだから、あれの忠実な従者である咲夜はもっと不安を感じていたに違いない。咲夜は私達に、取り分けレミリアに、必要以上の恩義を感じている。そんな咲夜にとって、レミリアこそが生きる意味。だが、同様に、レミリアにとってはフランドールこそが生きる意味。姉妹だから、というのもあるが、それ以上に、強い思いを向けている。それは勿論咲夜にも伝わっているだろう。

 しかし、蓋を開けてみれば、帰宅をしてから月が夜空に登るまで、レミィは特に何一つ変わった様子を皆に見せない。それを見て安心したのか、レミィのわがままに咲夜は喜んで聞き従っていた。

 だけど、私には分かる。レミィとはこの中でも一番付き合いが長いから。レミィはフランドールの為に生きてきたようなもの。それが突然自分の傍らからいなくなって、内心平気な訳がない。相当無理をし、何事もなく振舞っているだけだ。

 私にはレミィを裏切りフランに協力した罪がある。それも私なりに考えた結果で、後悔は少しもしてないが、レミィを裏切ったことには変わらない。だからきっと、今レミィの話を聞いてあげるのは、あの子と付き合いの長い私の役目なのだろう。


「はぁ、面倒だけれどもね」


 正直今日は久しぶりの外出だったし、あげくフランには心臓に悪いドッキリをくらうは、その後レミィの“神槍”に散々どつかれるはでもうヘロヘロだ。レミィもただふざけていただけだし、傷も付かない程度に加減はしてくれていたのだが、それでも私の残機は残っていない。体力的にも、精神的にも。

 とは言えそれで休む訳にもいくまい。今のレミィは正直フランドールよりも心配だ。いっその事フランの事で泣いたり喚いたりしてくれた方が、まだ安心して見ていられるのに。まぁなんだかんだ言って強い芯を持った自慢の友だ。ほっといても大丈夫とは思うけど、一応私もあの子の親友をやっている訳だし、それに、今後のこともある。フランが止まるのをやめ動き始めるというのなら、並行して幻想郷でも色々なことが動き始める可能性だってある。フランという稀有な吸血鬼に興味を示す奴もいるであろうし。能力もさることながら、日光や流水を克服する辺り、吸血鬼として考えても規格外な存在だ。


「本当、レミィといいフランといい、厄介なものを友達に持ったものだわ」


 さて、じゃあその親友を探しにでも行きますか。

 ふぅと大きなため息をつき、読みかけの本を机の上に置くと、私は重たい腰を上げて立ち上がる。

 その時だった。図書館の扉が気だるそうに開いたのは。そして、そこから入って来たのは、まさに私がこれから探しに行こうとしていた人物だった。


「あら、レミィ。こんな夜中にここに来るなんて珍しいわね」


「まぁね。たまには少し、パチェとお茶でもしようと思って。付き合ってくれるかしら」


「えぇ、構わないわ」


 私は彼女がここに来た事に対して意外そうに振舞いながらも、向かい合って座れる丸いテーブルに案内する。まぁ本当は、何故レミィがここに来たのかだいたいの見当は付いているのだが。少なくともフラン関係である事は間違いない。探しに行く手間が省けたわね。

 コアは私に命令される前に紅茶を二つ用意して運んでくれたが、私以外の誰かがいたら、レミィも本題に入りにくいだろう。私はコアにお礼を言って、下がらせる。


「さて、それで、なんの用かしら。良い子はもう寝る時間だけれど」


「なに言ってるの? 良い子の吸血鬼は起きてる時間よ。って、誰が子供よ!」


「のりつっこみありがとう。カリスマ溢れる紅魔館の当主様。で?」


「貴方本当にムカつくわね。まぁ、ちょっとね」


 レミィはたわいもない話から切り出し始める。咲夜の紅茶には負けるけど、コアが入れる紅茶も美味しいわねとか、最近のオススメしている本はないかとか。しかし、話題の中には一回も彼女の最愛の妹の話は含まれていなかった。

 全く、仕方が無いわね。もう今日は出歩きたくはなかったんだけど。


「レミィ、少し場所を変えないかしら?」


 私の言葉に最初彼女は目を丸くしていたけれど、やがて負けたわとばかりに笑いながらため息をつく。私はそれを肯定と受け取った。


「コア、少し図書館を開けるから、管理宜しくね。休みたきゃ勝手に休んでてもいいわよ」


「分かりました、パチュリー様。でも、こんな遅くにいったいどちらへ?」


「ちょっとね、レミィと月を見に行くだけよ」


「は? …かしこまりました。お気を付けて」


 不審に思いながらも踏み込まず、丁寧なお辞儀をする私の忠実な使い魔を背に、私とレミィは外に出る。暫く歩いて紅魔館のテラスまで来ると、浮遊魔法を唱え、レミィのお気に入りの時計台へと飛翔する。

 レミィも暗い夜に溶け込むような漆黒の翼を広げ、夜の闇の中を私の隣に並び飛ぶ。その優雅な様は、夜の女王と名乗るのに相応しい。しかし、改めて良く見ると、視点はどこか虚ろで、口は真一文字に閉じられ、未だ何も喋らなず、迷いや葛藤が読み取れる。なにやら思ったより溜め込んでいるみたいね。

 やがて、私達は時計台へと足を降ろした。この紅魔館で一番高く、一番月が綺麗に見える場所。レミィのお気に入りな場所であり、なにか秘密の話がある時、私とレミィは大抵ここに来る。そのだいたいは、今回のようにフランドール関係なのだが。

 私達は暫く無言で月を見上げていた。やがて、レミィは月を見上げながらぽつりと呟く。


「今夜も綺麗ね」


「満月ではないようだけどね。上弦かしら」


「なんでもいいわ。満月だろうが三日月だろうが、月が綺麗な事には変わりはないから」


「そうね。私もそう思うわ」


 それを最後に、レミィは再び口を閉ざしてしまう。やれやれ、今日のレミィは重症だ。ここまでやったのに、どうやらこちらから話題を振る必要があるみたいだな。そう思い、私がどう話を切り出そうか考えている時だった。


「パチェ、貴方は私が、酷い姉だと思うかしら」


「は?」


 なにを言うかと思えば、そんなことかと私は呆れる。そんなことで悩んでるのだとしたら、本当に馬鹿馬鹿しい。まったく、レミィはフランの事になるとてんで駄目ね。

 でも、彼女は私の目を真っ直ぐに見てくる。真剣な表情で。だったら私も、この幼さ残る吸血鬼の一人の友として、真っ直ぐに向き合わなければならない。


「馬鹿ね。あなたがどれだけフランドールを気に掛けていたのかは私が一番知ってるわ。そんな貴方を、酷い姉だと思う理由がどこにあるのよ」


「でも、あの子は外に出たがっていた。その機会を、私は今まで奪い続けてきた」


「それは、あの子を心配しての事でしょう」


 レミィはその言葉に頷くも、


「でも、貴方は結局あの子についた。それは、私がやっていることが間違っていると思ったからでしょ?」


 それか。そこが引っかかっていたのね。だからこんな馬鹿げた質問をした訳か。


「いや、正直協力した私が言うのもなんだけど、まさか本当に日光を克服するなんて思ってもみなかったわ」


「それは私も脱帽したけど、それではなくて。フランが家出した日、色々根回しとかしていたんでしょ」


 話をずらそうとしても誤魔化せない辺り、結構根に持たれているのかもしれない。まぁフランドールの逃亡に一役以上買っていたのは事実だし、確かに恨まれても仕方が無い。いや、そうではないか。恨みとかじゃなく、真剣に、私の意見や考えが知りたいのだろう。

 確かに、今回私はフランドールを思い、フランドールに味方した。だけど、それはね、レミィ。あなたを思ってでもあったのよ。二人共、私の大切な友達だから。それが、嘘偽りない私の気持ちなのだが…


「貴方は? 貴方は自分で自分の事を、どう思っているのかしら」


「私、わたし、は… 私は、自分では分からない。あの子の為にやっていた事は事実。けれど、それであの子に窮屈な思いをさせてきたのも事実だし。そんなことしか出来なかった私は… そうね。やっぱり、ひどい姉だと思う。私は、強くも優しくも、ない」


 それは、舞台の上で、レミィと向き合ったフランが精一杯心を込めて伝えた言葉。それさえ、レミィは素直に喜び受け止められず、自己を否定する材料としてしまっているのか。

 普段は自分の考えや行動に疑問を持たず一直線。自身に絶対の自信を持ち、傲慢にも見える態度で振る舞う。それがレミィの悪い点でもあるが、同時に良いところでもあり、私は好きだ。例えそれが演技や強がりであろうと、それがレミィだ。だから、ここまで思い迷い悩むレミィは、レミィらしくない。


「確かに、ちょっと過保護だったと思ってた。フランもようやく立ち直って歩き始める決心をしたんだもの。その努力も私は見てきた。それに心を打たれて手を貸そうと思ったのは事実だわ。でも、それで貴方を酷いと思うかは話が違う。私は自分の行動に後悔はないけど、あなたが間違っていたとも思わない。あなたにはあなたの考えがあったのでしょうし」


「…そう。ありがとう」


「だけと、レミィ。もし、あの子がいつか自分の能力をコントロールできたら、その時は外の景色を見せるんだって、そうに語っていたのは、他ならぬあなただったじゃない」


「そう、私は確かに、そう言っていたわね」


「貴方はフランドールに依存し過ぎよ。あの子が心配なのは分かるけど、あの子も独り立ちしたいと言っているのなら、その背を押してあげるのが家族の役目だと、私は思うわ。だから、貴方が最終的にフランドールを認め、送り出した事、それは、正しかったと思ってる」


「そう、そうね。分かってる。分かっているんだけど、あの子に今後、もしもの事があったらと考えると―― 今にも飛び出して、無理矢理にでもここに連れ戻したくなってくる」


「……」


 そのレミィの押し殺された強い思いは、流石の私も予想していなかった。そこまで。そこまでか。あの子に対するレミィの執着は。可愛いのは分かる。私だってあの子は可愛い。だけど、貴方は語っていたじゃない。あの子の将来を。能力をコントロールしたら、いつかもし自分の元を出て、外で幸せを見つけても、私は笑顔で祝福してあげるんだって笑いながら言っていたじゃない。おかしい。何か、何かあるはず。レミィがここまで、フランドールを目の届く所へ置いておきたがる理由が。守らなければと思わせる何かが。


「ねぇレミィ、貴方、なんでそんなに怖がっているの?」


「え?」


「怖がる必要がどこにあるの? あの子だってあなたと同じ、スカーレットの血を引く吸血鬼。加えて、独自の力で日光や流水さえ克服するという、あなたでさえ成し遂げられないことまでしてのける天才よ。だからこそ、あの馬鹿げた力の制御が出来たと思ってる。弱点も能力も克服し、良識だって持っている。もしもの事なんてあるはずがないじゃない」


「そ、そんなこと、分からないじゃっ――! …いや、なんでも、ない」


 レミィは自分が言い掛けた言葉を飲み込み、黙ってしまう。確かに、それは分からない。この幻想郷には私達やフランドールより強力な妖怪がいるという事も事実だし、フランドールの能力が今後も暴走しないと言い切れる理由もない。レミィがフランドールを匿っていたのだって、そういう理由だ。

 だが、そんな事を考えていたらキリがない。だからこそ、私は今後の未来を予想し、起こりうる事態への対策を考えるのかと思ってた。

 けど、まさか、レミィは一生フランドールを閉じ込め続けるつもりなのか? いや、そうではないはず。

 能力をコントロールし、フランドールが紅魔館の外にも興味を示した今だからこそ、あの子に自由を手に入れさせてあげられるチャンスの筈だ。これまで無縁だった、本当の意味での自由な未来を、選びとらせる貴重な機会だ。それはレミィだって分かっているはず。だというのに、レミィがここまでフランを匿い、未だ閉じ込めたがるのには、なにか理由があるはずだ。


「ねぇレミィ。貴方、ひょっとしてなにか隠してる? フランに関係することを」


 私はレミィの目を真っ直ぐ見据える。レミィは私から目を逸らすと夜空を見上げ、暫く口を開こうとしなかった。だが、その反応をみれば、私の問いへの答えは一目瞭然。


「やっぱり、なにかあるのね。まだ、私でさえ知らない、なにか事情が」


「…大した事じゃないわ。それに、言ったらきっとあなたは笑うわ。なんだそんな下らないことなのかって。…だから、言いたくない」


「笑わないわ。貴方が真剣に考える事が下らない訳ないじゃない。それに、笑われてもいいじゃない。一人で抱え込む位なら。教えて、レミィ。私にとっても、あの子は大切な友人であり、家族なんだから」


 相変わらず、レミィは私から目を逸らし続ける。だけど、その表情はどこか苦しそうで、きっと、迷っているのだろう。私に言うべきか、言わないべきか。

 私は彼女の答えを待つ。だけど、もし言わないって答えたならば、私は無理矢理にでも聞き出すつもりだ。レミィ個人の悩みというなら、私はただ待つ。レミィが話をしてくれるまで。でも、そこにあの子が入ってくるとなると話は別だ。私だってあなたと一緒に心配し、一緒に悩む権利があるはず。そうでしょ? レミィ。

 やがて、時刻は十二時を回り、静かな夜空に時計塔の鐘の音だけが響き渡る。一度、二度、三度と、繰り返し、繰り返し、何度も、何度も。その間も、私はレミィを見据え、彼女の口が開くのを待つ。そして、鐘の音が小さくなり、やがて鳴り止もうとしていた時、レミィは観念したのか、ゆっくりと振り返った。


「…分かったわ」


 そして、彼女はようやく静かに語り始めた。なんで、自分がこんなにも不安を感じてしまうのか、その訳を。そう、私と貴方は友人なのよ。それを今更、隠し事なんて水臭い。それに、あの子を大切に思う気持ちは、私だって負けはしないわ。だから、教えて。そして、本当に何かあった時、その時は、皆であの子を守りましょう。私達の、大切な家族を。


〜〜〜〜〜


「はぁ、やっぱり、うまくいかないもんだな」


 私は古めかしい木造の倉庫の中、背を大きな樽に預けて座り、大きくため息を付く。あれから仕事と住居を探して人里中を歩き回ったけど、どこもかしこも全然駄目。はっきり言って何度心が折れ掛けたか分からない。

 私を見て怯える人、嫌悪を示す人、中には襲われると勘違いして、銀の十字架を向けてくる人までいた。そんなもの向けられたところでどってことないけど、精神的には応えたな。そういう意味では私に十字架は効果抜群、大ダメージだ。

 門前払いは当たり前、何人かはちゃんと私と会話をしてくれたけど、結局は遠回しに、私のような危険な妖怪を雇う訳にはいかないよ、と言われただけだった。

 普段から妖怪を相手にしているお店から、お姉様にもらったお金で今日の食事だけは買う事が出来たけど、お金を見せても旅館に泊まらせてくれる人はいなかった。偶然鍵の掛かっていない倉庫を見付けられたから良かったものの、そうでなかったら間違いなく野宿確定だった。

 ただ、贅沢を言ったらキリがないけど、床は固いし、食べ物や酒の臭いは強いし、一緒に寝泊まりするパートナーはネズミ達だし、毛布の代わりに、たまたま床に落ちていた布切れを発見したけど、それは凄いほこりくさいし、気分は最悪だ。ちゃんと掃除はしてるのか? だけど、今日はもう疲れたし、これ以上は外に出て別の寝床を探し歩く気にはなれなかった。


「まぁ、初日はこんなものか」


 確かに気は沈むけど、プラス思考でいけばいい。私はやましい事は何もしてないし、誰かに手を出した訳でもない。でも、もし逃げ出して元の生活に戻ってしまえば、人間から見た私の印象はなにも変わりはしないだろう。でも気を長くして頑張っていけば、いつか皆に分かってもらえる。今日はただ、その一歩を踏み出しただけ。今の私を理解してもらえるように訴え掛け続ければ、必ず分かってくれる人はいる。そうだよね、アリス。

 だから、私は諦めない。今日が駄目なら、明日頑張る。明日頑張っても駄目だったなら、明後日も頑張ればいいだけのこと。


「飲食店とか、結構自信があるんだけどな」


 なんと言っても私の師匠はパーフェクトメイド長、十六夜咲夜だ。既に私はそんじょそこらの料理人より技術があるんじゃないのかな? それはない? いんや、やってみなきゃ分からないじゃない。それに、独学で塩ファサーに追いオリーブだってマスターしたわ。まぁ、背丈低いから一生懸命背伸びしても、打点の高さは朝のキッチン番組に出ているイケメン男には届かないけれど。

 私は周囲を見渡す。置かれている食べ物の量からしても、どうやらこの倉庫も飲食店を経営している人の所有物なのだろう。明日起きたら、取り合えずここの所有者を訪ねてみるのもいいかもしれない。


「ただ、どうせ吸血鬼に人間の食べ物が分かるもんか! とか言われちゃうんだろうけどね」


 今日はそういう所が幾つかあったけど、失敬な! 分かるっつーの! 悪いけど、咲夜の料理毎日食べてんだから、舌は肥え肥えなんだから! 吸血鬼イコール血を飲む、は分かる。やっぱ皆そう思うだろうし。けど、そこからイコール味音痴にまでなってしまうのは話の飛躍だと訴えたい。私もお姉様も毎日毎日血を飲んでる訳じゃない。そりゃー嗜好品みたいなものだし、子供の頃は大切な栄養源だったから、当時はそれなりに飲んでましたよ。でも、最近はホントに飲んでない。それにも関わらず、きっと何でもかんでも血を掛けて食べないと気が済まないと思われてしまっているに違いない。カレーにもラーメンにもごマヨネーズ掛けて食べるマヨラーなる人種がいるように、吸血鬼イコール血ーラー的な? もしそんな風に誤解されているのなら、その誤解も解かなければならない。

 言っとくけど、咲夜が気を利かせやがって酢豚に妙なものを入れた時、即効問いただしたわ。だって明らかに生臭いんだもん。そしたら嬉しそうに、「良く分かりましたね、妹様。本日は隠し味に外から取り寄せた新鮮な罪人のじ○肉をミンチにして加えてみました」なんてのたまいやがるから即効リバースしてやったわよ。もはや酢豚ですらねーだろっつの。ん、そう考えると、咲夜が師匠ってのも怪しいかな。

 まぁとにかく、そんな感じで断られ続けたから、やっぱり次回もそうなるんだろうという嫌な予想が拭えない。いけないいけない。もっとプラス思考で考えないと。

 もし、働かせてもらう事が出来たなら、先ずは皿洗いから始めるとかが定番なのかな。でもその内、お前試しになにか作ってみろ、とか言われて、何か自慢の料理を作るんだ。煮込みハンバーグとか、生姜焼きとか。それで、やるじゃないか! なーんて褒められて、キッチンに立って、慌ただしくフライパンを握って。それで、いらっしゃいませ! とか声を張り上げたら、いつも私の料理を食べに来てくれる常連さんが入って来て、お店がとても賑わって。おぉ、なんか想像しただけでわくわくしてきた!

 そうしたら、いつかお姉様もお店に呼んで、料理を食べてもらって。もちろん、アリスも、慧音も、子供達にも振舞って。

 あぁ、いいね。そんな未来も。もし無理なら、飲食店じゃなくてもいいよ。私はまだ、自分が本当にやりたい事も、何も知らない、分からないんだから。


 …でもね、今日はもう疲れた。明日また頑張る気力を奮い立たせる為にも、今日はもう眠ってしまおう。


 楽しそうとか、やってみたいって事は、結構あるけど、それも体験してみない事には、きっと何も、分からない。だから、とにかく頑張って、これからやりたい事を探してみよう。


――それで、とにかく働いて、自分で生活するって事が当座の、目標。


それで、ちゃんと目標を叶えてね。そしたら、そしたら――


借りたお金を返してね。それから、今まで育ててくれてありがとうって言って、それで、その時に、ちゃんと私の、気持ちを、ぶつけて――


いいよね。それでも、それからでも、遅くないよね――


 ――お休み、皆。お姉様。でも、やっぱり、一人はさみしいな。だから、出来るなら、夢の中に、会いに来てくらたら、嬉しいな。



・第一章-フランドールの初仕事-完

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