フランドールの初仕事:7
予想以上のハチャメチャな人形劇が終わりを迎え、騒がしかった空間も段々と静かになっていく。
子供達も、終わってすぐは元気いっぱいにはしゃいでいたけれど、今ではもうすっかり静か、というよりも、椅子やら床やら、皆場所をはばからずに眠りについてしまっている。
演技が終わり、その余韻に浸っていた私とアリス。
だけど私は、子供達が寝ている光景を見て、少し不安に駆られてしまう。
「子供達、皆眠っちゃったけど、楽しんでくれたのかな」
そんな私の不安を、アリスは、馬鹿ね、と一蹴した。
「あの笑った顔を見れば分かるでしょ。間違いなく、皆楽しんでいたわ」
「そっか、それならいいんだ」
「えぇ、楽しんで笑い疲れて、それで眠っちゃってるだけよ」
アリスがそういうのなら、きっと間違いないのだろう。
私の感じていた不安は少し和らぐ。
確かに、あの気持ち良さそうな寝顔を見れば、それは杞憂な心配だったのかもしれない。
うん、きっと皆、楽しんでくれたんだ。
そう思うと、少し表情が緩んでしまう。
うん、私はやりきった。
そんな満足感に浸る私の所へ紅魔館の皆がやってきた。勝手に出て行ったっていうのに、それでも私の劇を見に集まってくれた私の大切な家族達が来てくれた。
「そうよ、フラン。なんたって私も参加したんだから、成功に決まっているじゃない」
近寄ってきたお姉様は、私の前で胸を大きく張ってみせる。
その豪胆っぷりは我が姉ながらつくづく凄いと思う。
私は、一応一日だけとはいえ人形の扱い方とか演劇の訓練をアリスから受けた訳だけど、それでも凄い緊張していた。
それに比べてお姉様はそれすらしていないというのに、演技中も今も、微塵も不安を感じていないようだ。
ってか、亀がいじめっ子を襲うというアドリブで浦島太郎のストーリーを一番初めにぶっ壊したのは他ならぬお姉様だし。
どうやらその事はパチェでさえ想定外だったらしい。
「でもレミィ、貴方意外にかなりノリノリだったわね。まさかいきなり亀が苛めっ子に襲いかかるなんて思ってなかったわ」
「はぁ? なに言ってるのよ、パチェ。なんで私がやられっぱなしにならなきゃいけないのよ。やられたらやり返すのは当然じゃない」
不思議そうに話し掛けるパチュリーに対し、お姉様はさも当たり前のようにそう返す。
それを聞いて、パチュリーの表情は更に怪訝なものになった。
「…一応聞いておくわ。レミィ、あなた浦島太郎の物語は知ってる?」
「知らないわよそんなもん」
「……」
呆れてものが言えなくなるパチュリー。
つまり、この人は物語を何も知らずに参加したのか。
で、おそらくは亀の演技をするというより、自分の思うままに人形を操っていただけに違いない。
アリスの操る苛めっ子に虐められたのが気に入らなかったから襲い掛かった。
私が操る浦島太郎にもなにかやられると思って先手必勝とばかりに追いかけてきた。
お姉様の唯我独尊な性格が垣間見える行動だ。
無理矢理参加させた私が言うのもなんだけど、やっぱりこの人はすげー。
でも、そんなとこもお姉様らしいと思う。
「さて、じゃぁ私達はこれで帰るわね」
「え、もう帰っちゃうの?」
お姉様のふいの言葉に私は驚く。
わざわざ来てもらったんだし、もう少しここにいるものだと思ってた。
というより、連れ帰される心配がなくなった今、もう少し皆が一緒にいて欲しいって思っている甘えん坊な私がいる。
「館を開けてあるからね。妖精メイドはいるけれど、ずっと任せておくのは不安だわ」
「そっか、それならしょうがないよね。皆、見に来てくれてありがとう」
そうは言ったけど、本当は、やっぱり少し寂しい。
ついさっきまでは、紅魔館の皆とは暫く離れていたいと思っていたはずなのに。
分かってる。
本当は私って、凄い寂しがりやなんだ。
だけど、もう甘えないって、決めたのは私だ。
「いやー、本当に面白かったですよ、妹様。私こんなに笑ったの久しぶりです!」
「あなたはいつも能天気に笑ってるでしょ? でも、そうですね。美鈴のいう通りです。とても楽しませて頂きました」
「えぇ、人形操作の魔法にもセンスを感じられたわ。フランならその内、私達魔法使いと同じように道具無しでも操れるようになれるわよ」
「私も楽しかったです、妹様。今度紅魔館で劇をやる時は是非私も呼んで下さい!」
「うん、皆ありがとう。紅魔館に戻るまでにもっとうまくなって、もっと皆を楽しませるからね!」
美鈴、咲夜、パチュリー、小悪魔が、それぞれ感想を伝えてくれる。
そのどれもがどれも、凄い嬉しかった。
だから、私は笑顔で返す。
うん、きっと、また皆を楽しませてあげるんだ。
こんなに皆に褒めてもらえることなんて、館にいた時はあっただろうか。
もしかしたら、それはただ私が覚えてないだけかもしれない。
でも、自分で努力して、その成果を発表して、褒めてもらう。
それは、今まで経験したことがない位、凄い気持ちが良かった。
それに、なんていっても皆、わざわざ館を開けてまで私の劇を見に来てくれたんだ。
もしかしたら、それは最初、私という危険なトラブルメーカーを連れ戻すことが目的だったからなのかもしれない。
でも、それでも私はやっぱり皆に愛されているんだなと思う。
そう思える事が、凄い嬉しい。
「じゃぁ、フラン、それからアリス。私達はこれで帰るから、必ずまた今日やるはずだった劇をやりに来なさいよ」
「うん、分かった」
お姉様は再度私達に念押しをしてくる。
そんなにもう一度劇が見たいのかな。
それとも私が帰ってくる口実を作りたいのかな。
どっちにしても嬉しいな。
「えぇ、了解したわ。まっ、どうせ、フランから貴方への、心のこもったいじらしい台詞を聞きたいだけでしょうけど」
「え!?」
「う、うるさいわね! そ、そんなんじゃないわよ!」
アリスの言葉に私は肩を跳ね上げながら驚く。
なに? そんな事が目的だったの!?
そんな事が聞きたかったの!?
お姉様は顔を真っ赤にしながらあたふた必死にそれを否定してるけど、どうやら図星っていう感じだ。
ちょ、ちょっと、アリス! 私も恥ずかしいじゃないか!
…あれ? そういえば――
「ねぇ、お姉様。ちょっと気になってたんだけどさ、なんで私達がやった劇が本来と違うものだって知ってたの?」
そうだよ。
そうそう。
疑問には思ってたんだよ。
それにアリスの言い方からすると、まるで本来やるはずだった台詞まで知っていたような言い方じゃないか。
「えーっと、それはー、あれよ。ほら、そのー」
「なに!? どうしてしどろもどろになるの!? 私に言えないような事なの!?」
「いや、運命を操る能力から知ったただの未来予想よ。と、レミィは言ってるわ」
「嘘付け! ってかパチュリー! お前もなんか知ってるな!? しれっと言ったって騙されないんだからね!」
確かにお姉様は未来予知ができて、それで知った本来起こるはずだった運命を変えることも出来るらしい。そこから、運命を操る能力を持つとか吹聴している。けど、これまでの経験から私が推測するに、できるのは本当にぼんやりと、時折未来の光景が見える程度のものだろう。
だから、いくらお姉様でも持ち前の能力で私の劇の細部まで把握できるとは思えない。それに、いくらパチュリーがフォローしたって、目線を泳がせているお姉様の姿を見れば怪しいのは一目瞭然なんだから!
まさか、まさか、私が必死になって練習していた恥ずかしい台詞をぜんっぶ聞かれていたっていうの!?
それってプライバシーの侵害じゃない!
いつ!? どこで!? どうやって!? どっからどこまで!?
私は怒って二人に詰め寄る。
だけど二人はなかなか口を割ってくれない。
くっ、こうなったら実力行使に出るか、あるいはぶりっ子作成で落とそうか。
私はどうにかして二人から真実を聞き出そうと考える。
そんな私に、アリスは貴重な情報を教えてくれた。
「むしろその七曜の魔法使いの方が主犯でしょ。遠目の魔法かなにかじゃないかしら? フランと一緒にいる時から、どうも魔法で観察されてるような妙な気配を感じていたのよね」
「…どうなの、パチュリー?」
「まぁ、言い方を変えると、そういう事にもなるわね」
「全然言い換えてないよ!」
あっけらかんと言いやがって、本当にパチュリーは!
素で誤魔化そうとしてるつもりなの!?
それとも馬鹿にしてるの!?
あぁ、どっちにしろ段々腹が立ってきた…
私は自分のトレードマークとも言える歪に曲がった黒い杖を出現させ、肩に担ぐ。
杖とはいったが、槍にもなり、剣にも変わる、物心ついた時から召喚が出来るようになっていた、私の愛武器。
細長い柄に、スペードマークのような穂先、握りの付近は三又の矛のような形状がスタンダードだが、矛も柄も、用途によってぐにゃぐにゃと形状を自由に変え、そして、私の意思で炎を宿して灼熱と化し、そしてそれを周囲に解き放つことも出来る。一体なんであるかは正体不明なこれを、私は取りあえず黒杖と呼んでいる。
まぁなんにしろ、こいつの主な役割は危険な武器であることが多いんだけれどさ。
でも大丈夫。
今回のこいつの役割は、単なる私のお洒落の一部みたいなもんだからさ。というか、どうも手持ち無沙汰だから取り敢えず出してみたような感じ。
だから、フラン怖くないからね?
ほら、この笑顔を見れば分かるでしょ?
「で、パチュリーはいつから見てたのかな? どこまで見てたのかな?」
「お、落ち着いてフラン。私は貴方の安全を考えていただけで、別に変なシーンは見ていないわ。だから、その物騒なものをしまいなさい」
「それはちゃんとパチュリーの話を聞いて判断してあげるね? こら、お姉様。逃げようとしなーい」
「あぅ!」
隙を付いて逃げようとコソコソ後ずさっていたお姉様。
その首根っこを分身体が後ろから鷲掴む。
大丈夫だよ、二人とも。
ちゃんと二人の無実が証明されたら解放してあげるから。
「いや、私達は別になにも見ていないわよ? アリスとの演劇練習はもちろんのこと、貴方が大泣きしたり、お風呂で流水シャワーの刺激を受けて気持ち良さそうにしてるところとかは――」
「思いっきり見てるじゃない! しかもシャワーシーンって、予想してたよりもずっとたちが悪いよ! パチュリーのエッチ! 変態! それに、皆の前で誤解招くように言わないで!」
なにを想像したか、お姉様や咲夜は鼻血を出し始める。
その反応からして私のシャワーシーンはパチュリー以外見てなかったようだけど、変な誤解をされてしまったようでたまらない。
早急に誤解を解かなければ… って、さ、咲夜が血塗れになりながら気絶している!な、なに? 鼻血出し過ぎて貧血ってこと!? それとも今のってそんなに刺激が強かった? どんだけ興奮しやすいの!
咲夜、お願い帰ってきて! 咲夜ー!
「お、お姉さんはそういうのはちょっと早いというか、あまりよくないと思うわよ? いや、人の趣味思考にとやかくは言わないわ。あくまで私の意見ってだけで――」
「お、お姉様も 信じないで! それにそんな気を遣った言い方されたら逆に涙が出てくるから! 誤解してるって! いや、間違ってはないけど、ただの疲労回復のマッサージ感覚で―― おいこら喘息紫モヤシ、一人でどこ行こうってんだワレ」
先程のお姉様と同じようにコソコソこの場を去ろうとしていたパチュリーを、今度は眼力だけで引き止める。プライバシーの侵害だけでは飽き足らず、こんな不名誉な誤解を招いたパチュリーにはキツいお灸が必要だ。
さて、杖は消して、代わりにっと。
「い、いきなりひどい言われようね。いや、魔法使いの勘が、紅魔館に何か異変が起こってるんじゃないかと急に―― …フラン、その右手に握ってる光る球体はなに?」
「ん? “目”だよ?」
私は満面の笑みで手に握りしめた青く光る物体をパチュリーに見せてあげる。
それを見たパチュリーは青冷めた表情で更に聞いてきた。
「目って、なんの?」
「あはは、やだなぁパチュリー。分かってるくせにー」
「悪ふざけが過ぎたのは謝るわ! 私が悪かったから、お願いフラン! お願いだからその目を消して!」
パチュリーがこんなに慌てるのには訳がある。
目とは、全てのものに存在する核のようなものだ。
私の中のイメージだが、それは最も緊張している場所であり、従ってそのあり方はとてももろく、壊れやすい。その目は質量を持った物体全てに存在している訳で、人や妖怪も例外ではない。
私はその目を自分の手の中に自在に出現させる事が出来る。
そして、この目を私が握り潰したら、核を失ったその対象は問答無用でその在り方を失い壊れる。これが私の破壊の力。
自分でいうのもなんだが、かなり凶悪で危険極まりない能力だ。
だから、パチュリーともあろうものでも、こんなに大慌てになるのである。
だけど私はダメダメと首を振ると、目を握っている腕を右手をパチュリーに向かって突き出した。
本気で切れてると思ったのか、お姉様や美鈴達は慌てて私を止めようとしてきたけれど、分身体出して、ちょこっと耳打ちさせて、それでオッケー。
「それじゃあいくよ。キュッとしてー」
パチュリーは慌てて防御魔法を展開する。
パチュリーの周りを眩い青い光が包んで行くが、そんなの無駄だってのはパチュリーもよく知っているよね?
「ドカァン!!」
私は握った目をぐしゃりと握り潰した。
目と耳を塞ぐパチュリー。
――パリン、とガラスのようなものが砕ける音が響いた。
もちろん、パチュリーの身体に異変はない。
自分の無事を知ったパチュリーは恐る恐る目を開け、自分の無事を確かめる。
「まったく、いくら私でもこんなことで本気で怒ったりはしないよ。パチュリー」
私は今までの冷めた作り笑いを消し、今度は本当に笑ってみせる。
うんうん、今回の人形劇のお陰で、私の演技で人を騙す程度の能力にも磨きが掛かってきたね。
「え、でも、確かに今何かが壊れる音が…」
パチュリーは安堵する一方、まだ信じられないといった表情で、そわそわ自分の身体を触って確かめている。
全く、大丈夫だっていうのに。
冗談のつもりだったけど、ちょっと怖がらせ過ぎちゃったかな。
「私はただ、パチュリーにあげたものを壊しただけだよ」
その言葉を聞いて、何か思い当たるものがあったのか、パチュリーは懐に手を入れる。
そると、そこからは壊れた水晶が。
ビンゴだね。
やっぱりあの時あげた私の宝石翼を媒体にして覗いていたのね。
なんでそんな物を欲しがったのか気になっていたけれど。
今度から渡すものには気をつけよう。
「やっぱり覗かれるのは気分良くないからさ。でも、私の事を心配してこうしてくれた事、分かってるよ。ありがとう、パチュリー」
「フランドール…」
パチュリーは私に感動の目線を私に送る。
でもね、パチュリー、心配してくれた事は嬉しいけど、それと不本意な誤解を皆に植え付けさせたことは関係ないからね?
「それに、パチュリーには、逃亡の手助けもしてもらったからね! その節は、お姉様を裏切って私に付いてくれてありがとー!」
「ちょっ、フラン!」
パチュリーは慌てて私の口を閉ざそうとするが、もう遅いもんね。
ふふん。
私からのちょっとしたお返しだよ。
「どういうことかしら、パチェ。それは聞いてないわね」
パチュリーの背中に殺気がぶち当てられる。
パチュリーは首をぎしぎしと動かし、涙を貯めながら振り返る。
私に続き、今度はゴゴゴのお姉様。
一日にダブルのスカーレットに責められるなんて、パチェ、災難だね!
「レ、レミィ、待ちなさい。何事も結果オーライなのよ。ね? そう思うでしょ? だから、その槍をしまいなさい」
お姉様の手には、私の黒杖と同じく、いつの間にやら我が物として振るえるようになった赤い光の塊のような槍が握られていた。
「言いたいこと、いや、言い残したい事はそれだけかしら?」
「ロ、ロイヤル――っ!!」
身の危険を感じたパチュリーは咄嗟に自慢の魔法であるロイヤルフレアで迎撃を試みる。太陽のフレアを冠したこの術は、確かに私やお姉様のような吸血鬼にとって弱点ではあるのだが、
「無駄無駄無駄無駄っ!!」
神速のお姉様の前に、あえなく詠唱すら叶わなかった。
「――後日、パチュリーはやつれた顔で言っていました。良かれと思ってやったのに。あの日は、なんで吸血鬼シスターズとなんか友達になってしまったのか、心底後悔したわ、と。ちゃんちゃん」
「こ、こらフラン。勝手に人の未来予想して話纏めなーい。まぁ、私の心情はだいたい合ってると思うけど。むきゅー」
私は精魂尽き果て倒れ伏せるパチュリーを楽しそうに覗き込み笑う。すると、いきなり後頭部にゴンっと鈍い衝撃が入った。
「いたっ!」
衝撃の正体はお姉様の手刀だ。二度目の不意打ちチョップを今度は後ろから受け、私は思わずうずくまる。
「まったく、フランも、その力を遊び半分で使うのはよしなさい。コントロール出来るのは分かったけれど、物事には冗談で済むことと済まないことがあると学びなさい」
お姉様の言い分はまったくもって正しい気もするのだが、私は先にやられた側だし、槍を振り回したお姉様も大概である。私はついつい「で、でもー」と反論してしまう。すると、即座に「でもじゃない!」と返された。私は咄嗟に「は、はい!」と背筋を正す。
「まったく。今回はパチュリーや私も悪かったから許すけど、次やったら紅魔館に引きずり戻すわ」
「りょ、了解です」
なんだかんだ、妹は姉に逆らえない生き物なのである。