フランドールの初仕事:3
アリスの家はこの森の中にあったので、到着までそんなに時間は掛からなかった。私は歩いてる間にアリスと色々な話をし、すっかり打ち解けた。
こんな森に住まいを構えるなんて変わり者だと思ったが、まぁ湖に館がある私達紅魔館も人の事は言えないのでお互い様である。それに、なんでもこの森はキノコを中心に魔法の研究に役立つ動植物が豊富らしい。湿度や空気はあまり気持ちの良いものではなかったけど、確かにこの森の魔素の濃度は高かったので、魔法使いからしたら快適な環境なのかもしれない。
そういえば、なんでアリスがあんな場所にいたのかも教えてもらった。
なんでも明日人里で人形劇を行うらしく、その劇で使う花を探してあの辺りをうろついていたんだそうだ。
そして花を見つけて帰ろうとした時、偶然あの現場に居合わせたと。
本当、凄い偶然だけど、私はその運命に感謝する。
おかげで、アリスと知り合えたし、それに、彼女に促され、温かいお風呂に入れさせてもらえることにもなった。しかも、私の服を洗濯までしてもらえるらしい。確かに湿度の高い森の中を走り回ったので、身体はベタベタしていて不快だったし、衣類も汚れていたので、とてもありがたい。アリスよりお先に浴びるというのは気が引けるのし申し訳ないという気持ちもあるが、ここはお言葉に甘え、衣類を脱いで浴室に入った。すると、暫くして、ドアの向こうからお声が掛かった。
「それじゃぁ、私のサイズだからちょっとおっきいかもしれないけど、着替えは入口に置いておくわね」
「うん!」
着替えまで用意してくれて、本当に至れり尽くせりである。
「あ、でも吸血鬼って確か流水はだめなのよね? シャワーは浴びないでもそのままお風呂入っちゃっていいから、気にしないでね」
確かに、普通吸血鬼は流水を苦手とする。日光程の致命的な悪影響はないにせよ、これまでの私にとってシャワーのような流水は身体にそれなりの苦痛を及ぼすものだった。しかし、それも今や過去の話だ。
私は得意げに、「大丈夫大丈夫! 最近抗流水の魔法も覚えたところだから!」と伝えた。
「へぇ、あなたも魔法の知識があるのね。けど、吸血鬼が流水克服って、例え魔法でも並大抵ではないことだと思うのだけど…」
「んー、そうでもなかったよ? もうへっちゃら!」
「本当に?」
アリスは尚も心配そうに聞いて来る。パチュリー もそんな事を言ってたけど、全く大袈裟だなぁ。確かに普通の魔法と比べて少し苦労したけど、言う程のものではなかったよ。こんな早く覚えられるなら、もっと早く練習しておけばよかったと思う。まぁ、私はどうせ紅魔館から出なかったから天候とかにおいては無関係だったけど、それでもこの魔法には良い有効利用法があるのだ。
「まぁ、あまり無理はしないでね。私の家で倒れられでもしたら貴方の家族に何されるか分からないわ」
「あはは、それは言えてる! でも大丈夫!」
私は自身の言葉を証明するため抗流水魔法を発動させると、蛇口を捻り、頭からシャワーを浴びる。太陽光に比べればこの程度の流水なんて余裕余裕。
「ほらねー」
「ふふ、分かったわ。じゃぁ、ゆっくりしていってね」
「は~い!」
ようやく納得したのか、アリスは部屋を出る。本当心配性だなぁ。でも、見ず知らずの私にここまで優しくしてくれるなんて、本当良い人。
ちなみに、弱点の流水シャワーも最初は怖かったけど、慣れたらとても気持ちいい。わざと抗流水の魔法を緩めれば適度な刺激で、なんていうのかな。炭酸水、的な。バブ、みたいな。全身パチパチ適度な刺激で、弱点どころか肩こりとかに効きそうな感覚。思わず「ふぃー」と緩み切った声が出る。
いやぁー極楽極楽。癖になりそー。
頭の先から足先まで、私は存分に流水シャワーを堪能する。むしろお風呂も流水扱いになってくれればちょっと贅沢な楽しみが出来るのだが、流れのないお風呂では難しそうだ。
泥だらけになった体を洗い、暖かい浴槽につかって体を休める。
紅魔館のお風呂と比べたら少し小さい気はするけど、それでも私の体を考えれば十分全身浸かれる大きさで、快適だ。それに、自宅じゃないからこそ、いつもと違う特別な感覚も感じる。
今日は朝からなんだかんだバタバタしてたし、こんな落ち着く時間が得られるなんて思ってなかったから、少し精神的に疲れてはいた。
だから、凄い気持ちいい。
思わずこのまま寝ちゃいそう。
「ふぅ」
気が緩んでいるからか、目を閉じると紅魔館の皆の顔が思い浮かぶ。
咲夜、まだ私のこと探してるかな。
美鈴、八つ当たりされていないかな。
パチュリー、私に協力したことばれてないかな。
お姉様、怒ってるだろうな。
あんなに一人になる事を楽しみにしていたのに、なんだかんだいないと寂しい。
でも、今はまだ帰れない。
その内顔を出すとは言った。
けど、それはちゃんと、私が一人前になってからだ。
そのためには、早く働いて、お金を稼いで。
そしたら仕送りついでに戻るのもいいかもしれない。
「でも今は、何もすることないからなー。アリスには、明日は人形劇しに人里まで行くから、その時送ってくれるって言われてるし」
明日までに、どんな仕事がやりたいかだけでも決めておこうかな。
どんな仕事が合うのかもだし、どんな仕事があるのかも分からない。
でも、紅魔館の仕事を参考にするなら、意外と私も結構職には困らないんじゃないかと思う。
例えば私も門番ならいけると思うぜ。
ちょっとやそっとの妖怪にゃ負けない自信あるし、吸血鬼って所も門番なら就活する上で結構なステータスになると思うんだ。
メイドなんかも咲夜程じゃないにしろなかなか合ってると思うんだ。
今じゃご飯の用意やお掃除なんかも慣れっこだからね。
そういえば図書館には外の世界のAKIBAとかいう所にあるメイド店ってのも載ってたな。
入ってきた客に、いらっしゃいませーご主人様ー! って言うらしい。
にゃんにゃん!とか言ったり、ケチャップでオムライスにハートを書くだけでお金が多くもらえるらしい。
咲夜のメイドとまるで違う。
よく分からん。
よく分からんが、魔法使いがいっぱいいるように、メイドさんにも色んな種類があるんだね。
そんな事を呑気に考えながら私はバスルームから上がり、タオルで身体をガシガシ拭くと、アリスが用意してくれた洋服に着替えてリビングに向かう。
用意してもらったのはアリスの洋服なので、結構大きい。
ぶかぶかなのは勿論、そではだらんと垂れてお化けみたいになってるし、裾も太もも位まであったりする。
それはそれであったかくって面白いけど、自分の幼児体型を思い知らされちょっぴりがっかり。一応前に健診で肉体年齢は人の13、14歳程度超えてると診断はされたのだが、体格はその年齢の人の子より小さいらしい。
わ、私ももうちょっと成長したいなぁー。お姉様も同体格なのがせめてもの救いだ。
そんな事を悶々と考えながらリビングに入ると、アリスは私を笑顔で出迎えてくれた。
「あ、やっぱり洋服おっきかったみたいね」
「うん、そだね。でも袖まくれば大丈夫だよ。ゆったりしてて、あったかいから」
「うーん、これなら上海の洋服の方が良かったかしら」
「さ、流石にそんなに小さくないよ!」
怒って頬を膨らませる私を見て、アリスは「冗談よ」とからから笑いながら、慣れたような自然な所作で紅茶を乗せたトレイをテーブルの上に運んできてくれた。
なんか咲夜を思い出す。
「お砂糖とミルクはいる?」
「あ、うん。じゃあ一つずつ。何から何まで本当にありがとう。あっ、ありがとうシャンハイ」
シャンハイはお砂糖とミルクを運んできてくれる。
主人と同じで気が利くお利口な人形さんだ。
湯気が漂う紅茶に二回息を吹き掛け、口元へ運ぶ。
あっ、良い匂い。
うちの紅茶とは少し違うかも。
香りは強いけど、味は優しくて、でも後味はしっかり残って。
「美味しい」
「そう、良かったわ」
そう言ってアリスも紅茶を飲む。
私と違ってストレートみたい。
お、大人だな。
やるね、アリス。
お姉様なんか砂糖もミルクもなみなみなのに。
先にストレートに挑戦して自慢してやろうかな。
「でも、大丈夫なの?」
「何が?」
「私なんかに構っててさ。明日劇の発表会なんでしょ?」
「大丈夫よ。もう何回もやってる事だから慣れているし、ぶっちゃけだいたいの話の流れだけ決まってれば後はアドリブでもなんとかなるし」
「へ~、アリスって凄いんだね。私が人前で劇なんてやったら、きっと緊張で倒れちゃうよ。あっ! ねぇ、私もアリスの発表会見てみたい! いい!?」
「もちろん… いや、待てよ」
アリスは腕を組みなにか考え始める。
そして、彼女は私が予想もしていなかった事を口にした。
「良かったら、私の人形劇手伝ってみない?」
「え!?」
手伝う、私が!?
あ、でも、裏方とかだよね。
流石に表舞台には立たないよね。
「ほら、貴方仕事を探してるんでしょ? 私の場合ボランティアだから仕事じゃないけど、予行演習だと思ってさ。なにか自分がやりたい仕事を見つける為のちょっとした参考になるかもしれないわ」
「え、まぁ、それはそうだね。まぁ、アリスには恩もあるから、頑張るよ」
うん、恩人の提案だし、無下にはできない。
それに手伝うって言っても、雑用とか、そんなもんだよね?
任せてアリス。
こう見えても吸血鬼だし、力持ちだから、会場の設営とかあったらちょちょいのちょいでやってあげるわ。
掃除も慣れっこだし、私こう見えてとっても器用なんだよ。
あ、あとは劇を邪魔する輩が出ないよう分身して全力全開でバシッと警備だってしてあげる。
最大三体までならいけるようになったからね。
お客様ー、入らないで下さーいってね。
でも、出来たら森の木とかお日様の役位なら出来そうかなーって。
人前に出る練習として、それくらいならやってみたいなーって。
お、いいなお日様。
お日様の役を演じる吸血鬼。
なかなかレアな光景だよね!?
「そう、よかった。じゃぁさっそく、人形を操る練習してみましょう」
「なんで!?」
「なんでって、人形劇一緒にやってくれるんでしょ?」
えと、それってつまり、私も表舞台でやるってこと?
ま、待て待て待て待て!
私も堂々と人前に出て、人形操って、劇をやるの!?
「む、無理無理無理無理! 第一私、人形なんて扱えないし、口を閉じたまま声なんか出せないよ!? 低い声やらパピプペポの段まで使いながらお笑いまでこなすなんて芸当出来ないよ!?」
「それは腹話術士、ってかいっこく堂ね。大丈夫よ。専用の道具も用意するし、コツを掴めば簡単だから。吸血鬼の抗流水魔法に比べればずっと楽。すぐに出来るわよ」
「楽にとかじゃなくって、確かに黒い頭巾かぶって牛君とカエル君位なら出来るかもしれないけどっ!」
「いや、パペマペとも違うんだけど。ってか古いわね」
「とにかく、ただ、私引きこもりだったのに、いきなり人前で劇なんて自信が――」
「人前って言っても明日は寺小屋の子供達が相手よ。だからって手を抜いて大丈夫とは言わないけれど、貴方がちゃんと気持ちを込めれば、きっと子供達は分かってくれるわ」
「うぅ、でも、でも」
「それに、あなた自分を変えたくて家を出たのよね? だったらこれはチャンスだと思うけど」
「でも、いきなりそんな大仕事、心の準備が」
「確かに、急だよね。でも大丈夫だから。そんなに難しい要求はしないし、私がフォローするから。ね、やってみましょう、フラン」
「う、うん」
真剣な眼差しで真っ直ぐ正面から見つめられ、熱意に押されついつい承諾をする。
不安だし緊張するけど、やると決めたからには頑張らなければ。
取りあえず人形を操る練習をすると言う事で、その前段階として使いたい人形を二体選ぶ事になった。人形に愛着を持った方が、特に初心者は人形操作がしやすいらしい。
アリスに案内された部屋には、大きな棚があり、そこには綺麗に人形が陳列されていた。
それがまた、どれもこれも可愛らしいんだ。
私は、自分に似た金色の髪をした人形と、お姉様に似た薄い青の髪をした人形を選んだ。
この棚にある人形にはまだ名前がないみたいなので、私はフーとレミュって名付けてあげた。
うん、なんか愛着が湧いて来た。
宜しくね、フー、レミュ。
人形にはそれぞれ五本の糸が繋がっており、それらは全て指輪のような五つのリングに繋がっている。
「これを指にはめればいいの?」
「えぇ、そうよ」
アリスの真似して、私はそれを左右の指に一本一本通していく。
「じゃあ、見本を見せるわね」
アリスが指先を動かすと、まるで生きてるかのように人形が動く。
本当に、自由自在だ。
「わー、凄い凄い!」
「基本は物体移動の魔法と同じ感覚。そんなイメージで指先に魔力を流せば、この特殊な糸がイメージ通りに動かしてくれるから。さぁ、やってみて」
「それだけ? 出来るかなー」
えーと、物を動かすのと同じ感覚。
で、指先に魔力をっと。
右上げてー
「おぉ!」
念じた通りに、フーはちゃんと右手を挙げてくれる。
じゃ、じゃあ次は、レミュ!
左手上げて!
右足上げて!
左足上げないで、右下げる!
「偉いぞレミュ!」
ちゃんと思った通りに動いてくれるレミュを、フーの手で撫でてあげる。
「あら、センスあるわね。簡単とは言ったけど、いきなりここまで出来るとは思ってなかった。フラン、やっぱり魔術の才能があるんじゃない?」
「どうだろ、確かに、魔法覚えるのには苦労はしないけど。ねぇねぇ、それより、シャンハイもこうやって動かしてるの? 最初は操ってる糸みたいなのが見えたんだけど、今はそんなの見えないよ?」
「んー、上海にはあまりこういう道具は使わないわね。魔力を糸状にして操る時もあるけど、感情もエンチャントさせてるから、短時間なら今みたいに全自動でも動いてくれるし、つまる所、臨機応変」
「わー、やっぱりアリスは凄いね。そんな凄い芸当はまだとても出来そうにないや」
「そりゃー今さっきやったばかりなのにいきなり私と同じ事出来たら立つ瀬がないわよ。じゃあ、次は実際に私の劇がどういうものか見てもらおうかしら」
「わーい!」
そして、アリスは私一人の為の公演を始める。
それは、私も良く知ってる赤頭巾ちゃんのお話。
アリスの人形劇は思ってたものと少し違くて、別に口唇を読まれても良いみたい。むしろ堂々と、そしてハキハキと、それぞれの登場人物によって繊細に個性を変える。そんなアリスの語る物語はそれぞれの登場人物が生き生きとしていて、時に面白おかしくて、時にハラハラさせられて、私は終始のめり込まされっぱなしだった。そして最後は無事にハッピーエンドを迎え、温かな気持ちになった。
実を言うと、私が読んだ絵本の赤頭巾はあまり良い終わり方じゃい。
子供への教訓の為なのか、結構ひどいバッドエンドだ。
だったから、そんな人形劇を子供にやるには結構生々しくって残酷じゃないかなと心配しいたけど、最後にはおばあちゃんも赤頭巾ちゃんも皆が無事で、本当に良かった。
「凄い面白かった!アリスが操る人形は本当に生き生きしてて、躍動感のあるしゃべり口調と合わせて、本当に臨場感があった!」
私はこれでもかと手を叩く。
「ふふ、本番では、貴方もやるのよ?」
「げ、そうだ。すっかり忘れてた」
「さて、じゃあ、どんな物語にするかを先ず決めましょうか」
うー、あんないい劇を見せられた後だと、余計気が重いよー。
足引っ張っちゃいそうで怖いよー。
い、今から緊張で震えが…
〜〜〜〜〜
~パチュリー視点~
紅魔館の地下にある、大図書館。ここにはたくさんの本がある。魔道書から、各国の歴史書、様々な辞典、博学書、教科書や参考書、自己啓発書やら小説、更には外の世界の雑誌や漫画なんかも置いてある。ほとんどが外から勝手に流れてきたもので、日々新しい本が増えていく。魔術によって空間拡張させているので、地下室だけでそこらの豪邸より遥かに広い面積を持っており、そこに巨人用の特注品にしか思えないような巨大な本棚がずらりと立ち並ぶ。そこに余すことなく本が敷き詰められている様は改めて見てみると圧巻で、その情報量は幻想郷内でも随一と言われている。
大抵の本が揃ってるこの大図書館は、まさに私にとって理想の空間であり、最高の住まいだ。
私は今日も日がな一日、大図書館にあるお気に入りの席に着き過ごしている。ここで咲夜に入れてもらった紅茶を飲みつつ、ゆったりと読書をして過ごすのが私の日課だ。生態と言い換えてもいい。歩くことさえ億劫に感じることもある私にとって、そのような日常がなによりの幸せだ。時に丸一日中この椅子に座っていることさえもある。
魔女として成長した私の身体にとって食事は既に嗜好品に近いものがある。それに、新しい本が読みたくなっても、私の唯一の使い魔である小悪魔に頼んで持ってきてもらえばいい。小悪魔の司書っぷりも最近ではなかなか板についてきたもので、今では少し読みたい本のジャンルや特徴を伝えれば、見事にその時の私の気分に適した本を持ってきてくれるようになった。召喚した当初は悪魔の名が泣く程役に立たなかったのだが、悪魔も成長するものらしい。小悪魔ももう紅魔館の家族の一員であるし、そろそろこの数年間の努力を認め、名前でも付けてあげようかと思ってる程だ。
脱線したが、詰まる所なにが言いたかったかというと、本来であれば私は無理に席から立ち上がり出歩く必要はないということだ。
だが、今日はどうもそういう訳にはいかないらしい。
私は先程から本の代わりに机の上に水晶を置き、隣で一緒に見物をしている赤い長髪で、頭と背中から一対ずつのコウモリの羽を生やした少女、小悪魔と一緒に別の楽しみに耽っていた。水晶に移り出される映像がとても愉快で、それは本を読む楽しみ以上の愉悦を私にもたらしてくれた。小悪魔も私の隣で楽しそうに立ち見をしていて、私もそれについて文句を言うどころか、一緒に映像について話し合って楽しんでいた。
だが、それもここまでのようだ。私達の愉悦を邪魔する喧騒がここ地下室まで響き渡る。私はため息をつくと、重たい腰を上げた。億劫ではあるが仕方がない。
「小悪魔、ここはお願いね」
「行かれるのですか?」
「流石にね。レミィの限界も近そうだし」
「かしこまりました! 行ってらっしゃいませ!」
背筋を正し、温和な態度で明るい会釈で応える小悪魔。清潔感のある白い長袖のシャツの上、黒のベストとロングスカート、ぴっしりと正されたネクタイを着崩すことなく着こなす姿は、コウモリの羽さえ除けば悪魔っぽさを微塵も感じさせないのだが、そこもまたこの子っぽく、私の中では好印象である。
言葉に出して調子に乗られても困るので、私はその思いは胸にしまいつつ、よろしくね、と一言、図書館を出て、喧騒の聞こえる場所へと向かった。
「咲夜!あの子は見つからないの!?」
案の定、喧騒の正体はレミィだ。
現在は午後十時を過ぎた頃。
紅魔館に再びレミィの怒鳴り声が響き渡る。
フランがここを飛び出してすぐ、レミィは咲夜を捜索に向かわせた。
しかし、午後を回って返って来た咲夜の口からは、残念な結果のみ。
なんの成果も得られなかったそうだ。
そして、散々怒ったり落ち込んだりを繰り返し、また咲夜を向かわせた訳だが。
「申し訳ありません、お嬢様。人里や博麗神社など、フランお嬢様が向かいそうな場所はくまなく探したのですが」
「なんでよ!? じゃあフランはどこにいるっていうのよ!? 」
「そ、それは私にも」
「こんな勝手な事して私を困らせて、許せない! ねぇ、咲夜もそう思うでしょ!?」
「は、はぁ、仰る通り――」
「あ、で、でも、もしかして、あの子の身に何かあって帰ってこられないんじゃ。どうしよう、咲夜! あの子になにかあったら、私どうしたらいいの!? ねぇ、咲夜!」
「お、おぉ落ち着いて下さいお嬢様! 大丈夫、きっとフランお嬢様に限ってそんなまさかな事は」
レミィはがくがくと咲夜の肩を激しく揺らす。
まぁ心配になる気持ちも良く分かる。
私とて、もしレミィの立場だったら気が気ではないだろう。
でも、本当レミィはフランの事となると面白いわね。
「どうして言い切れるのよ! 何かあってからじゃ遅いのよ! もしかしたら里の住人共が寄ってたかってフランを虐めているかもしれないわ! こうなったら私が直接、怪しい奴を片っ端から――っ!!」
レミィは今にも窓を開けて飛び立とうとする。
フランを虐めるとか、本気で言っているのか?
ただ、流石にこれはまずいわね。
はぁ、あの子にも悪いし、本当はもう少し私とコアとで楽しむ予定だったんだけど。
「待ちなさい、レミィ」
「止めるなパチェ! 私は今から怪しい奴らを片っ端から――っ!!」
「はい」
「え?」
私は丸い水晶玉をレミィに見せる。
図書館で小悪魔と見ていたそれだ。
レミィと咲夜はそれを不思議そうに覗き込む。
そこには、彼女達が探し求めている人物が映し出されていた。
「これは?」
「だいぶ前にフランドールから、あの子の羽に生えてる宝石を魔術の実験用としてもらっていた事を思い出したの。あの子の強い魔力が備わってるから、もしかしたらそれを媒体にあの子と繋がるかもと思って、さっきまで色々試してたのよ」
私の魔法、相手の身体の一部なんかを媒体に、相手の情報を読み取る術だ。
毛髪とかでも構わないんだけど、あの子の翼にある宝石の場合、あの子の身体を離れた後もとても強力な魔力が宿り続けるらしい。だから、普通の媒体と比べ、より鮮明に情報のキャッチが可能となる。
本当はこうなる事を見越してフランから宝石を預かってた事、それに私があの子の逃亡にも一役買ってる事は内緒だ。ついでに、とっくに映像が繋がってた事も、それを見て楽しんでいたことも。
それに、実際あの子の羽がなんなのかも気になっていた。吸血鬼の羽に変異を及ぼしたなにか。とても面白い興味の対処だ。だから私としては、実験も出来てあの子の安全も確認できるので一石二鳥だ。
「じゃ、じゃああの子は無事なのね!?」
「見た通りよ。よく考えてみなさい。人間なんかにあの子がどうにか出来るわけないでしょ」
引きこもりといえ、仮にもあの子は吸血鬼。それにポテンシャルでいえば恐らくはきっと紅魔館の誰よりも… あの子をどうにか出来るとしたら、この幻想郷においても一部の最上級の奴らに限られるだろう。
「よ、良かった。いや、良くないわ。良かったけど。いやいや、とにかく、フランはあの人形使いの家にいるのね」
レミィは心の底から安堵のため息を付く。
でも、直ぐに連れ戻そうと窓を開ける。
本当、フランの事になると分かりやすい性格ね。
自分の感情一直線。
まるでイノシシ。
そこが、レミィの好きなところでもあるのだけれど。
「まぁまぁ、落ち着いてレミィ。ここであの子の様子をもう少し見て行くのも悪くないわよ」
私は再度水晶をレミィに差し出す。
「なにをそんな悠長な―― え?」
映る映像を見て、レミィは動きを一瞬止め、すぐに水晶にかじりつく。
そこには、フーという名前の人形と、レミュという名前の人形を慣れない手付きで必死に操るフランの姿が。
「自分とレミィをイメージしたんでしょうね。明日、人里で公演会があるらしいわよ。仲の良い姉妹の、助け合いの物語ですって」
「フ、フラン…」
「あんなに一つの事に熱中してるあの子の顔、滅多には見られないわよ。連れ戻しに行くのも、明日の公演が終わってからで良いんじゃない?」
レミィは暫く水晶と睨めっこをしながら考え込む。
そして、一言。
「明日の劇とやらまでだからね!」
私はその若干ツンデレを思わせるレミィの言葉に、心の中で呆れ混じりのため息をつく。
全く、頑固者なんだから。
ごめんね、フランドール。
約束を破って結局レミィに教える事になってしまって。
でも、まぁ私にしてあげられるだけの事はやったと思うし、後は貴方次第よ。
しかし、本当に楽しそうな顔で笑ってるわね。
それもそうか。
せっかくの、何百年かぶりの自由だものね。
こんな幸せそうな顔を見せられたら、流石のレミィでも引き下がるか。
楽しみなさい。
そして、頑張りなさい。
これから先、本当の自由と幸せを勝ち取る為に。
私の親友。