表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フラン、仕事を始める  作者: 赤翼
フランドールの初仕事
3/15

フランドールの初仕事:2

 緊張し身構える私とは裏腹に、彼女はまるで散歩の途中のように悠然と私達に歩み寄りながら、口を開いた。


「その子を諦めて大人しく立ち去りなさい。でないと、もう少し痛い目にあってもらうわよ」


 彼女は静かな、だけど威圧的な口調で狼男達に命令する。

 あの人の思惑が分からず、警戒していた私。

 でも、どうやらやっぱり私を助けてくれたらしい。

 彼女の言葉を聞いた狼男達の反応は単純だった。

 「あいつ、ここらに住む有名な魔法使いだ」みたいな事を口々に呟き、後ずさっていく。

 どうやら有名人みたいだ。

 狼達の目には未だ悔しさが残っているものの、戦意は消え去っている。

 見逃してくれるみたいだ。私はほっと胸を撫で下ろす。


「ありがとう。それと、傷付けてしまってごめんなさい。深手ではないと思うけど、一応傷薬は置いておくわね。さっ、行きましょう」


「あっ…」


 不意に手を引っ張られ、私は彼女に連れていかれる。

 私は咄嗟の事で訳が分からず、仕方なく彼女の後ろに続きながら、斜め後ろから彼女をの横顔を見上げる。

 彼女はただまっすぐ、前を見て歩き続ける。

 赤い私とは対照的な青を貴重とした洋服が、凛々しく綺麗な顔にとても良く合っていた。

 誰かにこんな風に手を握られたのは久しぶりで、突然の事で驚いた。でも、なんだか温くって、恥ずかしくはあったけど、不思議と嫌な気はしなかった。

 さっきまで確かに警戒をしていたはずなのに、気が付いたら、私は自然と彼女の横に並び、足並みを合わせていた。

 やがて、狼男の姿が見えなくなったところで、彼女はようやく手を離すと、私の姿を見て言った。


「急にごめんなさい。ついつい間に入っちゃったけど、迷惑じゃなかった?」


「いやいや。そんな!」


 私は慌てて手をパタパタと振る。


「あー、でも、せっかくの可愛いお洋服が泥だらけね。穴も空いちゃって可愛そう。もし時間があるのなら私の家にいらっしゃい。綺麗にしてあげるし、お風呂位は用意するわよ」


 私は自分の洋服を見てみる。

 こんな森の中を走り回ったせいか、確かに私の洋服はボロボロになっていた。帽子も、服も、スカートも。

 大好きな赤を基調に、所々白を合わせた一張羅。

 あぁ、お気に入りだったのに。

 家族にプレゼントされた大切な品。似合ってるって褒められて、嬉しくて、ずっと大切にしてきたものなのに。

 汚れは取れるかもしれないけど、やぶれたところは戻らないかな。

 でも、洗い直して、また着直したい。

 だから、正直この人の申し出はありがたい。

 でも、私は気になった事を質問する。

 助けてくれたのはありがたいけど、それでも聞かずにはいられなかった。


「あの、どうして私を助けてくれたの?」


「どうしてって、どうして?」


 即座に質問を質問で返されて、私は戸惑う。

 どうしてってどうしてって、私としてはどうしてってどうしてがどうしてって感じで。

 だって、あの、その。

 うぅ、なんて言葉にすれば良いのか分からない。

 すると、困っていた私の思いを彼女は代弁してくれた。


「私とあなたは見ず知らずで、私はあなたを助けてくれることにメリットはない。そんなことを考えているのかしら」


 そう、そうだ。

 家族ならまだしも、見ず知らずの他人だ。

 この人の実力ならあんな狼男どうという事はないのかもしれない。

 それでも、面倒ごとに自分からわざわざ首を突っ込む必要なんてない。

 私は恐る恐るうなずく。


「人が人を助けるのに、理由はいらないでしょ? 最も、私は魔法使いで、あなたは妖怪みたいだけれど、種族だって関係ないわ」


「そういう、ものなの?」


 もしかしたら、なにか打算があるのかな、とも考えた。

 だけど、それは大きな間違えで、彼女の答えはこれ以上ない程単純で、まっすぐで。


「そういうものよ。可愛らしい妖怪のお嬢さん」


「あ、ありがとう」


「どういたしまして」


 可愛らしいって言葉が照れ臭くて、思わず目線をそらしてしまう。

 やばい、顔、真っ赤になっていないかな。

 それに、気付いてたんだ。私が妖怪だって。

 それでも助けてくれるんだ。

 目を逸らせ続けるのは失礼かなと思い横目で彼女の顔色を伺ってみる。

 でも、彼女は気にせず優しく微笑んでくれていた。

 そして、恥ずかしがらないでいいよと言わんばかりに、彼女が操る人形が私を正面から覗き込み、手を振ってくれる。

 わぁ、可愛い。

 この人形に合わせ、私も笑い、手をふりふり。

 すると向こうは愛嬌たっぷりの笑顔で嬉しそうにバンザーイ。

 や、やばい!

 なに、この人形から発せられる高濃度のマイナスイオンは!

 思わず顔がにやけてしまうよ!?


「やっと緊張解いてくれたわね」


「え?」


「警戒されるのは当然かもしれないけど、そういうのって好きじゃないの。私インドア派だから会話は得意ではなくて。それで緊張させてしまっていたようだから、どうやってあなたの緊張を解こうか考えてたのよ」


「け、警戒なんか! …いや、その、少しだけ、してたかも。ごめんなさい。助けてくれたのに。えと、助けてくれて、ありがとう」


「ううん。全然気にしてないわ。見ず知らずの人を警戒するのは当然だと思うもの。お礼も平気。私としては、さっきの可愛らしい笑顔が見れただけで、それで十分」


「か、可愛くないよ! 私なんて全然!」


 か、家族に言われるならいいんだ。

 はいはいって聞き流せるんだ。

 だけど、見ず知らずの人に面と向かってそんな何度も言われたら――

 やめてー!

 顔赤くなるからやめてー!


「で、でも、ありがとう。この人形も、凄い可愛い。それに、あなたも綺麗だし、助けてくれた時はかっこいいって思った」


「あら、おだてるのが得意な子ね。ありがとう。上海(しゃんはい)も喜んでるわ」


「いや、おだててなんかっ、 わぷ!?」


 この人形、シャンハイって言うのか。

 シャンハイは私に抱き付いて頬ずりしてくる。

 あーもう、可愛いなこいつこんちくしょー!

 妹を持つってこんな感じなのかな?

 こんな感じなのね!?お姉様っ!!

 ――いや、私はこんな愛嬌良くない。

 だからきっと、こんな風には思われてない。

 今の内に、この子を通して少し勉強しておこうかな。

 それで、次お姉様や咲夜に会って連れてかれそうになった時は、かわい子ぶりっ子大作戦で……


「ど、どうしたの? 急に怖い顔で上海を睨んで」


「え? あーごめんなさい。そんなつもりじゃなくて、ただ年上相手の魅了方法を勉強させてもらおうとっ! ごめんねシャンハイ、怖がらないで! 」


 二人(一人と一体)は首を傾げてこっちを見てる。

 いかん、あ、怪しまれる!

 何とか話題を変えないと!


「それにしても、魔法使いっていっても色々いるんだね! 私の知り合いにもいるんだけど、彼女は七曜の魔法使いで、たくさんの属性魔法を得意としている凄い魔法使いなんだけど、人形を操ってるとこは見たことないし、出来ないと思うわ」


 私はわたわた慌てて話をそらす。

 私には、昔、気に入ったものを自分の能力を制御出来ずにことごとく壊してしまった過去がある。お人形とか、ぬいぐるみとか。

 いや、壊してしまったのは、それだけじゃない。

 本当に忌々しい過去。

 けど今は本当に大丈夫なんだ。

 でも、もし、シャンハイを見て良からぬ事を企んでるなんて勘違いされたら、きっとこの人怒るよね。この人形の子をこの人がどれだけ大切にしているかは、短いやり取りでも十分伝わってくる。

 だから、もし誤解されたら涙が出ちゃう。

 だって、この人も、シャンハイも、もしかしたら、私が紅魔館を出て初めての友達に…

 なんて、そんな、都合よくはいかないよね。

 分かってる。分かっているよ。

 今みたいに、勝手に慌てて、落ち込んで、それだけで私、めんどくさい。そんな私が嫌になるし、そんな私に、誰かと友達…… だなんて、そんなこと。

 でも、だけど、別に期待位なら、したっていいじゃん。

 勝手に落ち込む私を尻目に、この人は普通に会話を続けてくれる。変とか面倒とか思わないのかな。


「ふむ、七曜の魔法使いか。でも、そうね、魔法使いっていっても色々いるわよ。けど、人形を使うのは私のポリシーのようなものなの。基本は万能だと自負してるけど、そういう魔法が好きだからやってるだけよ。七曜を司るのは高等な魔法使いの証だし、その人もやろうと思えば出来ると思うわ。まぁそれは良いとして、そろそろ質問の答え、聞かせてもらっていいかしら?」


 彼女は私の話題に答えつつ、なにか返答を求めてくる。

 え?

 なんだろ、答えって。

 ヤバイ。

 私なんか聞かれたっけか。

 本気で思い出せない。

 年齢は500才。

 身長は私の部屋壁のブロック12個と半分。

 趣味は、これといってなし、あっ、ふて寝することか。

 紅魔館には戻れないから、住所は不定。

 職種は無職。

 あ、でも特技っちゃなんだけど、今日初めて実感したけど私人を騙す演技は上手いみたい。

 今朝の脱出劇なんかは演技しながら自分でももう感動で!

 ――な、なんかあんまり口に出して言いたくないね。

 自分って本当ダメ吸血鬼だな。

 いや、今の私は旅人さ。

 アイデンティティはこれから見つける!


「な、なんか考え込んだり落ち込んだりにやけたり、難しそうなこと考えてそうな顔ね。いや、ほら、私の家に寄っていかないかって話よ。強制はしたくないけど、そんな格好の女の子をそのままにしていくのは気が引けてしまうし」


 あ、そっか。

 そういえば、最初にそんなこと言ってもらえたっけ。

 確かに、服はボロボロだ。

 少し気も疲れたし、それに、もっとこの人と話したい。

 仲良くなりたい。

 でも、そんなにこの人に甘えてしまって良いのだろうか。

 はっきり言って甘えたい気持ちはある。

 でも、思ってても気まずいし、恥ずかしいし。

 それに、もしかしたら社交辞令的に言ってくれてるだけだったとしたら、なんか悪いし。

 簡単に、はい行きます、なんて言えないよ。


「質問を変えるわね。もう少し私と上海に付き合ってくれないかしら。 もし嫌だというなら別に、強制はしないわ」


「い、嫌だなんてそんな!」


 私は慌てて手を振った。

 ず、ずるい。

 でも、それ以上に、優しい。

 そんな風に言われたら、断れないじゃないか。


「じゃ、じゃぁ、お言葉に甘えて、お世話になります。えっと…」


「あぁ。自己紹介、まだだったわね。私はアリス・マーガトロイド。よろしくね」


「あ、はい。よろしくお願いします。えと、アリス… さん」


「なんでいきなり他人行儀になるのよ。アリスでいいわ」


「あ、はい。じゃなくて、うん。アリス」


 私の応対が可笑しかったのか、彼女、じゃなくて、えと、アリスは口に手を当てクスクス笑う。

 は、恥ずかしい。

 私、人見知りする方なのかな。

 そりゃあ、引きこもってたおかげで交友関係なんて紅魔館を除いてほぼゼロだけど、そういうのは出てしまえば案外大丈夫だと思ってたのに。


「それで、あなたは?」


「フ、フランドール。フランドール・スカーレット。私も、フランって呼んでほしいな」


「分かったフランね。良い名前ね。それと、ふむ。スカーレットってことはやっぱりもしかして」


 アリスは私の名前を聞いて納得したかのように頷く。

 しまった。

 そうだ、お姉様が異変を起こしてから、レミリア・スカーレットの名は幻想郷に広まって、今では知らない人がいない位有名なんだ。それに、どうやら私の名前も不本意な形で広まってるみたい。だから偽名を考えてたのに。

 後悔するが、もう誤魔化せない。だから、もう嘘をついても仕方がない。


「うん、多分、そのまさかだよ」


「そう。じゃあ、やっぱりあなたは吸血鬼で、あのレミリアスカーレットの妹さん?」


 肩を縮こませこくりと頷く。

 あぁ、どう思われるかな。

 騙したとか思われちゃうかな。

 嫌われるかな。

 嫌だ。

 怖い。

 やっぱりセラスに、じゃなくて、アレクサンド・アンデルセンにしておけば良かった!?


「ふむ」


 ふいにアリスは膝をついて視線を合わせると、真っ直ぐ私の顔を覗き込んできた。

 いたたまれずに視線を落とし、帽子を目深に顔を隠そうとするが、おもむろに腕を掴まれ止められた。


「っ!」


 私はびっくりして、とっさに目をぎゅっと瞑った。

 何をされるんだろう。

 何を言われるんだろう。

 吸血鬼の私には怖いものなんかないはずなのに、今はこの人に嫌われちゃうのが怖い。凄い、怖い!


「あう!」


 急に額に、ピシッと弾かれるような軽い衝撃。

 目を開けて見るとアリスとシャンハイが楽しそうに私を指差し笑ってる。

 あ、あれ、少なくとも険悪な雰囲気ではないような。


「ごめんなさい。怖がらせるつもりはなかったけど、面白いからついいたずらしちゃった」


「お、おもしろ?」


 アリスは中指をひょいひょい弄んでる。

 あ、さっきのデコピンだったんだ。

 って、そんなあっけらかんと言われても、こっちは本当に怖かったんだから!

 でも、え? なんとも思っていないの?


「ふむ、言われてみれば確かに顔は似てるわね。でも、お姉さんの方が少し色白な気がするわ。まぁ、二人とも百面相で見てて飽きない点は共通ね」


「あ、あの」


「なぁに?」


「何とも思わないの? てっきり私、アリスに責められると思ってたから、拍子抜けしてるんだけど」


「責めるって何を? 私、貴方に何かされたかしら」


「いや、それは。でも、人里では、気が触れている危ない吸血鬼だって噂が…」


「それは有名だから、私も聞いたことある。だけど、私は噂よりも自分の目と直感を信じるのが信条なの。こんな真っ直ぐな子に酷い噂流したりして、失礼な話ね」


 そう、やっぱり、有名なんだ。

 そういう噂、出回ってるんだ。

 だから、本当は外の世界が知りたかったのに、出るのがずっと怖かった。

 どう思われてるのか知るのが不安で、皆私を怖がってたらそこから上手くやっていけるのかが心配で。

 でも、ずっと怖がってたら、紅魔館の中でしか一生生きられないから、皆の保護無しでは生きられないから、だから自分も、噂も変えたくて。

 シャンハイが優しく私の頭を撫でてくれる。

 やめて、感情高ぶってるから!

 泣いちゃうから!

 でも、ありがとう。


「雰囲気はそっくりだったからもしやと思って、知り合いに七曜の魔法使いがいるって話を聞いて確信に近付いた。だけど、想像とだいぶ違うわね」


「うぅ。どんなところが?」


「だって変な羽を生やしているし!」


「そ、そこ?」


 アリスは私の羽をびしっと指差す。


「た、確かに吸血鬼っぽくないけれど、で、でも変って言うな!」


「あはは。冗談冗談! それにその羽、綺麗で素敵だと思うわ」


「あ、ありがとう」


 この羽はお気に入りだから、素直に嬉しい。


「でも、もしかして助けたのは余計なお世話だったかしら。吸血鬼に加え、あのレミリアの妹だったら、あんな奴等どうという事なかったでしょ?」


「ううん、助かった。色々あって、暫く力は使えない、使わない事にしてるから」


「そう。何はともあれ、役に立ったのなら良かったわ」


 それから、アリスの家に着くまで、私は今までの成り行きをアリスに話した。

 紅魔館の外に興味を持った事、仕事をして、自分一人の力で生活したい事、自分や周りを変えたいこと、そして、紅魔館を出ることが認められず、家出をしたこと。

 アリスは黙って私の聞いてくれた。

 アリスは、本当に優しい人だね。

 凄い素敵だと思う。

 私も、あなたみたいになりたいな。

 見ず知らずの人でも気に掛けて、助けてくれて、優しくしてあげる事ができる、そんな人になりたいな。

 そして、あなたの、…お友達に、なりたいな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ