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フラン、仕事を始める  作者: 赤翼
フランドールと外来人
14/15

フランドールと外来人1

 んー、まぁこんな感じだったっけ? と、私は仕事に出る前に、どうしてレッド・カインドをオープンしようと思ったのか、そのきっかけについて思いふけっていた。

 そうだった。何でも屋、このレッド・カインドをやるに至るまでの話はまだ先になるけれど、取り合えず人里に出て仕事をやろうと思ったきっかけはこんな感じだ。

 元々は私の唐突な一言から始まったのだが、その前からも人里に出たいって気持ちはずっとあった。

 その気持ちが芽生え始めたのは、恐らくお姉様が起こした紅霧異変の話を聞いた時からだろう。その時は単純に、紅魔館の外の話を聞き、この幻想郷の人達や、幻想郷という世界そのものに、少しばかり興味を持った。それだけだった。

 けど、そこから、幻想郷に来てすぐ一度目の異変を起こして以降は暫く大人しくしていたお姉様達が、なぜか幻想郷の住人達と関わりを持ち始めた。それを側で見ていた私は、焦りを感じ始めた。もしまた、お姉様達が無茶なことをやり始めたら? この世界のことを何も知らない私では力になれないんじゃないか。それに、皆がこの幻想郷と向き合い、前に進んでいる中、私だけ立ち止まってていいのだろうか。

 言い訳は出来た。なんたって私は従来のトラブルメーカーだ。加えて、危険な能力だって持っている。私のこれまでの生を振り返っても、ろくなことがない。あの頃は、お姉様にも許可なく紅魔館の外には出ないようにと言われ続けてきた。お姉様もそういうのだから、私なんて、何もしない方が良いに決まってる。私がなにか行動を起こそうとしたら、きっとろくなことは起きない。あの頃は、ずっとそう思って、外に出たい気持ちを抑えてきた。

 けど、本当にこのままで良いのかという思いは、日に日に強まっていった。それにお姉様は、私に内緒で時折また無茶をしているようだった。他の皆も、周りと交流を持ち、何かあったら紅魔館の為、時には幻想郷の為にも動いている。だというのに、私だけ、地下に閉じこもって、何もしない怠惰な日々に時間を浪費している。

 だから、紅魔館を出る決心をした。この幻想郷で歩み始めた皆に置いていかれないように。いつか、皆の力になって、これまで助けてもらった分、いや、それ以上を、皆にお返し出来るように。

 そして私は準備をし、ついに紅魔館を飛び出した。今思えば勢い任せな部分もあったけど、その後アリスに会って助けてもらい、一緒に人形劇をやる事になった。その後も、人里で慧音や寺小屋の子ども達に出会い、そして、お姉様や紅魔館の皆が私の劇を見に来てくれて、独り立ちの許可ももらえた。

 私の人里暮らしの始まりはこんな感じだ。最初は紅魔館の皆から逃げるように飛び出たことに罪悪感もあったけど、お姉様が話す機会を作ってくれて、認めてくれて、安心した。でも、その後も結構大変だったな。本当に皆に怖がられて、嫌われていた。それは、人里に来た初日だけじゃなく、あのお店の倉庫で一夜明かした後もそうだった。


「今思うと、あの頃ってほんっとーに嫌われ者だったなー。それが、今やこんな事になるなんて、人生って分からないもんだよね」


「なにか言った?」


「あっ、ううん。何でもない。今行くね」


 ぼーっと空間に空いた隙間の前に突っ立ったまま、誰に向けた訳でもない独り言を無意識に呟いていた。危く紫に聞かれる所だったと思いながら、私は隙間に一歩踏み出す。まぁ別に聞かれてもいんだけど。

 でも、本当に人生って分からない。仕事を探すだけであんなに悩み、困り、落ち込んでいたというのに、今や私の元まで色んな人からの依頼が届き、毎日毎日忙しく働いているんだから。

 でも、紫が言う事もごもっともだ。確かにちょっと働き過ぎかもしれないな。少し依頼の内容を制限しようか。それに、従業員… か。それも、とっくに考えていたんだよ、紫。けど、どうしても“彼”の事が引っ掛かって。記憶の片隅に彼の姿が浮かび上がる度に、なんだかそういう気持ちになれなくて。

 いけないいけない。いつまでも引きずってたってしょうがない。まぁ、紫のことだからそんな事もお見通しだろう。いや、それは紫だけじゃないんだろうな。でも、皆気を遣って、あいつの話を私の前で言いはしない。まるで暗黙の了解のように。だからこそ、紫はわざわざ私にアドバイスをしに来てくれたんだろう。皆の代表、ってか代弁者、のような役割として。

 そうだね。止まったままが嫌だったから私は紅魔館を飛び出したんだ。だったらいい加減、歩き始めるべきだろう。吹っ切れろと言われても難しいけど、だったら、ずるずるみっともなく引きずりながらでも。その第一歩として、新人の雇用、ね。それもありかな。うん、ちょっとは考えてみようか。

 っつっても、急に都合良く、何でも屋っていう多岐に渡る仕事をこなせるような人が見つかるかは分からない。我ながら結構器用なことをやっていると思う。であれば、仕事の内容を纏めて、部署を作るか。あるいは取り合えず書類整理や電話対応とかを任せられる人から考えてみるか。あるいは経理とか、人事とか。うーむ、それにしたって、ある程度は規則やマニュアルとかも作っておいた方がいいだろう。はぁ、なんにしても忙しそうだな。

 そんなこんなで私が色々と今後についてもの思いにふけつつも、さぁ、紫の隙間に飛び込もうと足を隙間の中に踏み入れた時だった。呼び鈴がチリンチリーンと鳴り、玄関の扉が慌ただしく叩かれた。私は隙間に突っ込みかけた足を引き抜く。こんな早朝一体誰が? 紫が目でうったえて来たが、心当たりなどまるでないので、私は両手を天井に向けて肩を挙上し、知らないよと首を傾げた。


「フランちゃーん。いる〜?」


「あ、はーい! いるから入ってきていいよー」


 聞こえてきたのはアイドルみたいに可愛らしい声。その声質は可愛いだけでなくとても綺麗で、木漏れ日射し込む森の中、静かに流れる小川を連想させるように澄んでいる。そんな声の人物は私の知る限り一人しかいない。

 お店のドアが開き、その声の主がばたばたと慌ただしく入ってくる。特徴的な羽根つき帽子から覗かせるのはボブカットのピンクに近い薄い赤髪と、ふさふさと毛が生えている尖った耳。そして、背中からは鳥のように見えなくもない翼を生やした可愛らしい女の子。私の想像した通りの相手だ。()()の妖怪、ミスティア・ローレライ、通称ミスチー。

 人里付近でヤツメウナギを主とした屋台を経営していて、私もたまに手伝っている。私が人里に来て、わりとすぐに知り合った旧知の仲で、今夜も私の分身体が何でも屋の仕事の一貫として彼女の手伝いをする手はずになっている。だけど仕事はもっと遅くからなはず。こんな朝早くから一体どうしたんだろう。仕込みの依頼はされてないはずだが、予定を聞き間違えてたか? いや、私に限りそんなミスはないはずだ。


「フランちゃん、大変なんだ! 商品の発注量間違っちゃって、普段の五、六倍もの品物が届いちゃって!」


「は? ごろく倍!?」


 ミスチーは私の元へ駆け寄ってくるや否や、顔を青く染めながら助けてと目で訴えてくる。意味は分からんが、焦る気持ちは分かる。流石の私もその数は驚かざるをえない。そんな発注したのであれば、ちゃんと売れなきゃ大きな損失だ。だ、だけどどーやったらそんな間違いをするのよこの子は!

 そう思って事の成り行きを問いただしたところ、なんでも自分で発注した事を忘れてしまい、注文を繰り返してしまったらしい。それも、何度も何度も。バ… バ…


「バカミスチーっ! だから発注したら必ず記録を残しておくようにって言ったじゃない!」


 この子ったら、顔やら声はかわいいんだけど、頭がちょっと残念なんだ。いわゆる鳥頭ってやつで、自分がやった事をすぐ忘れてしまう困ったさん。全く、同じ鳥でも嫌に賢い()()()だっているっていうのに、どうしてこうも違ってくるかな。それに、忘れっぽいのは分かってるんだから大切な事は必ずメモを取るようにと私は散々アドバイスをしてあげたのだけど、それすら忘れてしまったの? はぁ、そこまで面倒は見てられないよ。


「うぅ、どうしよう。たくさん売らなきゃ今月大幅赤字だよ、フランちゃーん」


 ミスチーは靴でも舐めそうな勢いで、私の足元にひっしりとしがみついて来る。えぇい、うっとおしい。


「あのねぇ、そんな涙目で見られても、私だって忙しいんだから――」


「もし赤字だったら、フランちゃんに今月のお給料払ってあげる事も出来ないよー」


「わ、私を脅す気!?」


 言っとくけど、私の仕事は順調も順調でね! 別にミスチーからお給料もらわなくっても全っ然なんにも困らないし――


「ねぇ、フランちゃんがお仕事なくて困っていた時、私たくさん協力したよね?」


「うぅ…」


 ゆ、紫もミスチーも、過ぎた事をいつまでも! だけど、そ、そんなに潤んだ瞳で、子犬がすがるように見つめられると――


「フランちゃん。私達、友達だよね!?」


 だから、そんな目で私を見ないでって! その上目遣いは反則だ! これで、断わったら、まるで私が悪者みたいじゃ… う、うぅ――


「うがーっ!! 分かった分かった、分かったわよ! 私がなんとかしてあげるから、ちょっと待ってて!!」


「やったぁー! やっぱり持つべきものはフランちゃんだね!」


 ミスチーは勢いよく立ち上がり、両手を挙げて何度もばんざいをして見せる。

 こ、こんのー、さっきまで涙目だったのに、なんで一瞬でそんな散々とした笑顔に変わる事が出来んだよ。素なんだろうが、それも余計にムカつくわい。調子がいいやつだなぁホント! あぁ、また予定を詰めなきゃ! 休憩時間もなし! フランABCのシフトも組み直しだっ!


「い、言っとくけどね、今仕事の削減を本気で考えてるんだから。だから、ミスチーに付き合うのもこれっきりになるかもしれないからね!」


「またまたー、そんな照れなくってもいいじゃない。大丈夫、フランちゃんは一生私の味方だって分かってるから! そうだ、フランちゃんの為に私歌を歌ってあげるね」


「聞き飽きてるので結構です」


 ってか、一生ってなんだ一生って。取り付くな寄生虫。私はもうあんたの世話を焼くのは懲り懲りなんだ。


「じゃぁいくよ! フランがチャチャチャ♩ 屋台でチャチャチャ♩ うなぎ売り捌いてチャッチャッチャッ♫」


「はぁ、聞いてないね」


 声は良いのだが、いかんせん歌詞があまりに残念過ぎるので耳が痛い。歌が好きなのは分かっているが、良くこんな歌詞の歌を恥ずかし気もなくノリノリで歌えるな。全く、もっと静かにしてくれていたら可愛いのにな。ホント、友達止めたくなってきたよ。


「全く、あなたも相変わらず大変ね。お人好しさん」


 い、言わないでよ紫。頭が痛くなるから。あぁ、しかし、こうもお人良しなのは本当に私の悪い癖だな。なんだって私は断れん性格になっちゃったのか。アリスや慧音の影響か?

 ってか、なんでこんなおバカな妖怪と仲良くなって、挙句面倒まで見る事になったんだっけ。

 それには… そうだ。仕事も宿も見つからなくて、仕方なく偶然見つけたお店の倉庫で一夜明かして、その後の話、そこまで遡ってみる必要があるかもしれない。そういえば、あいつと初めて会ったのも、それ位の時期だった気がするな――


〜〜〜〜〜


「うわぁーっ!?」


 朝、人里の倉庫で無防備に眠りについていた私は、全身の激痛で目を冷ます事になる。寝ていて油断していたところに、誰かが冷水なんてぶっかけてきたのだ。しかも、この痛みの質から考えると、ご丁寧に神聖な属性まで添付されている。神に祈りを捧げて作る、いわゆる聖水ってやつだろう。体から上がる白い煙が、いかにこの水が私の体にとって有毒なのかを物語っていた。

 それでも私の命を脅かす程のものではない。そりゃ痛いし、寝込みを襲われ驚きはしたものの、この程度のものならいくらもらっても大丈夫。私は起き上がって直ぐに抗流水魔法を発動させると、こんな荒っぽい目覚まし代わりをしてくれやがった人物を睨み付けた。

 そこにいたのは、スキンヘッドで腹の飛び出た人相の悪い大柄な中年男性。手にはガラスビンを握っており、中の水からは神聖な気配。私に聖水を掛けてきたのはこいつで間違いないだろう。彼の目は明らかに私に対して敵意を向けている。けど、誰だこいつは。見たこともない。もちろん、いきなり聖水を浴びせ掛けられるようなことをした覚えはまるでない。


「い、痛いじゃないか! いきなり何するんだよ!」


「何をする? 勝手に人の家に土足で上がり込んでおいて良く言うわ!」


 見たところ特別な力も何もない普通の人間なのに、吸血鬼の私に怯む様子もなく、そいつは私に怒鳴り声を浴びせ掛けてくる。

 なによ! 土足って、あんただって靴履いてるじゃない! って、そういう意味じゃなさそうだ。そっか、この人、きっとこの倉庫の所有者か。

 私は状況を客観視することで一度心を落ち着かせる。確かに、私が悪かった。そりゃあ、許可を取らずに上がり込んだ事は謝らなくてはならないと思う。だからって、いきなり聖水掛けてくることないじゃない! そう言い返したかったけれど、相手が怒ってるのに、私が怒って返したら火に油を注ぐだけ。あまり私の印象を悪いものにもしたくない。それに、ちゃんと話せば分かってもらえて、もしかしたら働かせてくれるかも。


「ご、ごめんなさい。勝手に上がり込んで、ごめんなさい」


 元はと言えば、悪いのは私。無断に人の家に忍び込んで、怒られるのは当然。そう何度も自分に言い聞かせ、私は頭を下げて謝る。相手が落ち着いて、私と話し合ってくれることを願って。だけど――


「謝る位ならとっとと出てけ! 吸血鬼が取り付いた店なんて噂がたった日にゃ商売上がったりだ!」


「ちょっ、ちょっと待って! お願いだから私の話を少し聞いて! 私――」


「吸血鬼と話す事なんてなにもねぇ! 出てけ出てけ!」


「わっ!」


 彼は私の言葉になんか一切耳を傾けず、ビンを振って中の聖水を私に掛けてきた。私は魔力を纏わせた腕でそれを打ち払う。聖水ってのは苦手だが、油断していなければ効きはしない。だけど、ここまでやられたら流石に段々と頭に血が上ってきて――


「な、なんだその目は! 話とか言っといて、暴力に出る気か?」


「は、はぁ!?」


「本性を現したな! この妖怪め!」


「な、なにを勝手に… だいたい話を聞かずに先に手を出してきたのはあんたじゃないか!」


 なに言ってるんだこいつは。そりゃぁ段々ムカついてきたけど、私はなにもしていないっつの。だってのに、先にやってきたのはあんただろ? 暴力とかそんな気は毛頭ないけど、仮に私がやり返したって文句言えないじゃないか。


「言っておくけどな、人里で人間に手を出した妖怪はただではすまされないんだからな! 博麗や守矢の巫女に頼めばすぐに退治してくれるんだ!」


 そんな事聞いてないし、知りたくもない。どうでもいい事をぐだぐだとやかましい。

 だけど、この力のない人間が吸血鬼の私に向かってくるのはそういう訳か。自分のバックには強い味方が付いてるぞと。自分は弱い癖に、虎の威を借って、なんて醜い人間だ。

 正直、目の前の騒ぎ立てる人間を思い切り殴り飛ばしたいという衝動に駆られる自分がいる。ただ、それは出来ない。別に巫女って人達が怖いからとかではない。ただ、ここで手を出したら、私はもう人里で働く事は出来なくなるだろうし、私に友達って言ってくれたアリスにも、それに、慧音、子ども達、紅魔館の皆、お姉様、皆に迷惑を掛ける事になる。それは出来ない。


「別に、何かしようなんて思ってないよ。勝手に入ってごめんなさい。今、出て行きます」


 私はこみ上げる怒りを抑え込み、未だに敵意を向けるこの男の横を通り過ぎる。後ろでは、やってやったぞと言わんばかりに男が偉そうに胸を張っている。その姿は本気で腹立たしいが、今は我慢、飲み込もう。


「う、うぅ――」


 倉庫を後にした私は、とぼとぼと人里を歩く。昨日から、散々だ、だというのに、もしここの家の人が雇ってくれたら。そんな甘いことを考えていた昨日の自分が馬鹿らしい。淡い幻想がこれでもかと打ちひしがれて、私は一人、堪えきれずに涙を流す。

 私が一体この人里で何をした。何もしてないのに、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだっての。それもこれも、きっと全部あの新聞のせいだ。

 そんな事を言っても仕方が無いのは分かってる。誰かのせいにしたところで、何も変わらないのは分かってる。でも、今は少し休ませて。また頑張ろうって力が出るまで、もう少し――


〜〜〜〜〜


「レミリアお嬢様、朝です」


「ん、朝、もう?」


 咲夜の声に、私は重たい瞼を開く。日光が弱点の吸血鬼である私の部屋には、窓のようなものは一つもない。だから目覚まし代わりに私の従者である咲夜が起こしてくれるのがお決まりになっている。


「えぇ、昨日は夜遅くまで起きていたみたいですね」


 知っていたのか。相も変わらず人間なのに気が付く娘だ。咲夜が気付いているなら美鈴も気付いているかもしれない。まぁ、パチュリーとの会話を誰かに聞かれている気配はなかった。いくら時間を止めようと、音の波もない世界では、会話を聞かれることもない。それに、咲夜や、美鈴も、その辺りは気を使ってくれるので、盗み聞きの心配はしなくても良いだろう。ただ、二人に気を遣わせてしまって申し訳ないという思いはある。

 私は瞳をこすりながら、ゆっくりと上体だけ起こし、伸びをする。


「まだ眠そうですね。もし宜しければモーニングティーをご用意致しましょうか」


「えぇ、お願いするわ」


「かしこまりました。暫くお待ち下さい」


 言うや否や、咲夜はパチンと指を弾く。すると、次の瞬間その手にはいつの間にやらトレーとカップが。咲夜お得意の時間操作か。いつもながら芸が細かい。そもそも指を弾く意味などないだろうに。まぁ、この演出が気に入っているようだし言わないでおくけど。


「ありがとう」


 私は咲夜から差し出されたティーカップを受け取る。この匂いは、今日はアールグレイね。温かい紅茶を一口含むと、口の中には甘くてまろやかなミルクの味が広がっていく。


「美味しいわ」


「ありがとうございます」


 紅茶の風味を引き立てる絶妙な甘さ。これは、最高級の茶葉に、ミルク50%、角砂糖五つってとこね。咲夜、いつもながら分かっているじゃない。まぁ、パチェからは高級茶葉がもったいないとか言われるんでしょうけど。

 紅茶のおかげで徐々に頭の中が鮮明になっていく。しかし、昨日あまり寝付けなかったからか、まだ薄ぼんやりと眠さは残ってる。

 本来夜行性である私だが、霊夢や魔理沙に付き合うようになってから、彼女達に合わせて昼夜が逆転。最初は結構体にくるものがあったけど、最近はその生活に慣れてきた。色々と特殊なフラン程ではないにしろ、なんだか私も吸血鬼の生態から外れて来ている気がする。だけど、昨日はパチェと遅くまで話していたし、その後もあの子の事が気掛かりであまり寝付けはしなかった。それは、確かに、私が昨日パチェに話した言いようのない不安感、それを生み出す要因、それも関係してはいる。

 だけど、それを取っ払ったとしてもあの子の周りを取り巻くマイナスの噂はかなり大きい。そんな境遇に、あの子は果たして耐えられるのか、心優しいあの子は泣いてはいないだろうか。

 もし、そんな事になったとしたら、その原因は私にある。あの子が心配とのたまわっておきながら、結局私はあの子を傷付けている。それが、私には腹立たしい。自分で自分が許せない。

 それに、もし私がパチェに話した事、これがなにかの形で現実のものになったとしたら、その時、私は、どうしたら――


「――さま。…お嬢様!!」


「え?」


 どうやら、自分の考えに入り浸り過ぎていたらしい。咲夜が何度か私を呼んでいた事に気が付いた私は、慌てて彼女に目を向けた。


「やっぱり、フランお嬢様のご心配をされていたのでしょうか?」


「ん? あぁ、いや、寝不足で少しぼおっとしていただけよ。そりゃあ確かに少しは寂しいけれどね。まぁあの子の事だし元気にやってるでしょ。問題ないわ」


「そ、そうですか。至らぬ心配をしてしまい、申し訳ございません」


「いや、構わないわ。ありがとう」


「いえ、それでは朝食の準備は整っておりますので、お待ちしております」


 そう言うと、咲夜は静かにこの部屋を後にした。それを確認し、私はふぅとため息をこぼす。

 彼女の言葉は図星だったが、私は心にも思ってない事を口にして誤魔化してしまった。咲夜は真剣に私の心配をしてくれていたのに、申し訳ない。だけど、親友のパチェはともかくとして、従者の咲夜にはあまり弱みを見せたくはない。それに、あの件に関しては、それが杞憂な心配なのかどうかがちゃんとはっきりするまで、私とパチェの間だけで止めておきたい。

 だけど、もし貴方の身に何かあった時、その時は、なりふり構わず守るから。だから、負けないで。頑張ってね、フラン。

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