紅霧異変:1
幻想郷。そこは、日本の人里離れた山奥の辺境の地に存在し、人々と妖怪達とが共に暮らす、妖怪達の楽園である。しかし、そこに暮らす者達は、幻想郷を作った賢者達が定めた様々なルールに縛られている。そして、二つの強力な結界により、幻想郷の外に出ることが禁じられている。
その結界により、今は人間社会との交流が遮断されている幻想郷だが、なにもずっと今のあり方が続いていた訳ではない。単にたくさんの妖怪達が集い、それを恐れず、あるいは退治せんとする人間達のみが住まう地がそう呼ばれているだけだった。幻想郷が今の仕組みになったのは、幻想郷の歴史を紐解くと割と近年の話であり、今に至るまでの歴史や成り立ちは、長く、そして複雑である。
かつての幻想郷は、今のような無数の掟や制約とは無縁の、本当に自由な場所であった。人と妖怪の間には、血生臭く原始的ではあれども、確固たる絆があった。恐れ、敬い、讃え、争い、競い合う、そんな人と妖とが共に暮らす理想郷を体現していた。
だが、その黄金時代も、やがて少しずつ衰退していく。人口増加と、文明の発達。神や魔、妖の起こす超常現象は科学に置き換えられ否定されていき、信仰は少しずつ減少していく。そんな外の世界の変化の波は、ついには幻想郷にも及んだ。人間の勢力が拡大する一方、妖怪の勢力が弱体化していった。
このままでは人と妖の均衡が崩れると危惧した八雲 紫を代表とする妖怪の賢者達は、五百年程昔、“妖怪拡張計画”を発案し、“幻と実体の境界”という結界を幻想郷に張る。それは、幻想郷の中を“幻の世界”、外の世界を“実体の世界”とする境界で、外の世界で弱まってきた妖怪達を自動的に幻想郷に呼び込む効果のあるものであった。これにより、幻想郷内において、人と妖怪のバランスが一時の間保たれる。
だが、それも一時凌ぎに過ぎなかった。人間は妖と戦うに足る個々の力こそ失っていったが、代わりに数と文明をより発展させていった。地上は夜であれ明かりが灯り、緑の伐採、大地の開拓は止まらず、自然は征服され、暗がりは追いやられた。そして、それと共に未知に対する恐怖も失われていった。
人々の感情は、神や魔、妖が、人の世でその存在を保っていくために必要な栄養源である。文明の発達と信仰の衰退は、その栄養源の枯渇を招いた。
その後も人間の驚異的な繁栄は止まることを知らず、真綿で締め上げるように、妖怪達は力を失っていった。
そして、妖怪を退治する人間と妖怪達との間でも、かつてのような絆はもはや見られなくなっていた。勢力こそ強まったが個々の力は弱まってしまった人間は、妖怪と対峙する為、ありとあらゆる手段を使った。人に対して行えば人でなしと罵られるような手段でも、妖怪相手であれば正義の行いと認められた。彼らは知恵と勇気でもって恐ろしい妖怪を退治した英雄となり、人々から褒め称えられた。
かつての幻想郷に住んでいた鬼のような、西洋の悪魔にも比肩する強力な種も、そんな人間の在り方に嫌気が刺し、人の世を見限り、地底を中心に、それぞれが地上を去っていった。人は既に、鬼にとっての好敵手ではなくなり、天敵でありつつも、卑劣で争うに値しない存在となった。彼らは強力であったが、現在の人の世に適応するにはあまりに心根が真っ直ぐ過ぎたのだ。
そこからまた数百年が経ち、明治時代になる頃には、いよいよ近代文明の発展とともに非科学的な事象は“迷信”として世の中から完全に排除された。
そして、幻想郷に住み着いた妖怪達は、妖怪と共に幻想郷に残ることを選んだ僅かな人間の末裔達と共に、“常識の結界”という二つ目の強力な結界を貼り、その中で生きる道を選ぶ。
博麗大結界とは外の世界の“常識”を幻想郷の“非常識”に、外の世界の“非常識”を幻想郷の“常識”の側に置くというものだ。この強力な結界により、外の世界の、あるいは幻想郷の“非常識”のみしか結界を超えられないシステムが作られたのである。
そして、この結界は、“博麗大結界”と名付けられ、代々の博麗の巫女によって管理されることとなった。
かくして、この二つの結界により、幻想郷の存在は外の世界にとって幻となり、完全に隔てられ、人々から忘れ去られた。幻想郷は、自らが本当の幻になることで、人と妖怪とが共に暮らす楽園の姿を保ったのである。
そして、人と妖怪の賢者は他にも幻想郷を存続させる為、いくつかの取り決めを交わした。例えば、妖怪は無闇に人を殺してはならず、人里の人間を襲ってはならない、といったものである。幻想郷を保つ為には、人と妖怪とのバランスを保つことが重要だったからである。
最初こそ、一部の妖怪はその結界の意味や新たに取り決められた制度を分からず騒ぎ立てた。その制度のいくつかは、妖怪の種によっては自身の本分として備えているものもいたので当然のことだった。だが、全ては人と妖怪の力関係を保ち、幻想郷を存続させる為である。彼らが結界や掟の有用性を知り、大人しくなるまで、妖怪の賢者達は苦労をしたが、時間は大して掛からなかった。
…さて、これで全ての問題が解決されたように見えた。
外の世界が発展し、幻想郷が外の世界にとって幻想となればなる程、幻想郷はその在り方を保ち、幻想郷の妖怪は妖怪として存在することが出来る。力を失わずにもすむ。
だが、それでも幻想郷に住む妖怪達の弱体化は止まらなかった。実際、“博麗大結界”が張られ、百年程経過した頃には、妖怪達の殆どが力を弱めてしまっていた。その事を、妖怪達が気付かず、あるいは気付いていても問題とも思っていないことが問題であった。
新しく生まれ変わった幻想郷は、妖怪が妖怪としていられるには、あまりに平和過ぎたのだ。
妖怪の賢者の一人である八雲 紫もその事にはいち早く気付いていた。というより、彼女は、博麗結界の設立当初から、既にこうなることを予測し、危惧していた。
彼女は考える。今の幻想郷に、外界から突如未曾有の暴力が舞い込んできたら、幻想郷は乗り越えることが出来るのか、と。
彼女は妖怪の弱体化を食い止めるものや、未曾有の危険に対する対策も考えていた。だが、それをどう幻想郷の住人に伝え、実践するべきかには頭を悩ませていた。
特に、止まらない妖怪の弱体化は彼女にとっての悩みの種だ。それを解決する妙案こそ思い付いていたのだが、いざ実践するとなると難しい。
というのも、彼女が案を皆に知らせたとして、果たしてどれ位の人妖が受け入れてくれるのかが未知数だからだ。恐らく、無理矢理にでも掟としてしまえば表立って逆らう者は多くないだろう。だが、その意味と有用性を理解し、心から賛同してくれるものが何人いるか。彼女の案はそれこそが肝心であり、そうでなければやる意味がない事であった。
そんな折、彼女の不安は見事に的中してしまう。幻想郷を震撼させる大きな異変が、突如として天災の如く襲い掛かったのだ。
それはある夏の夜の出来事だった。目立った前触れもなく、それは赤い閃光と共に幻想郷の空間を侵食し現れた。霧掛かった大きな湖と、紅の館。それが、レミリア・スカーレット率いる紅魔館の幻想入りだった。
それは、後に“吸血鬼異変”という名前で、こう伝えられている。
『突然幻想郷に乗り込んできた吸血鬼達は、幻想郷の妖怪達を虐殺した。その力は圧倒的で、弱体化していた幻想郷の妖怪達のほとんどは手も足も出ず、暴力に屈して平伏し、数日のうちに吸血鬼の軍門に下った。だが、最終的には幻想郷最強の妖怪が動き、吸血鬼を鎮圧した』 …と。
この吸血鬼を鎮圧した妖怪が、幻想郷の賢者である八雲 紫である。彼女は吸血鬼の危険度を理解していたのだろう。その代の博麗の巫女が動くより先に、早々に、そして大々的に自ら異変の解決に乗り出した。異変解決は博麗の巫女の役割とされているのでこれは中々異例なことだが、彼女が早々に動いた事を誰も不思議には思わなかった。それほど、吸血鬼の力が異常だったのだ。
結果、八雲 紫に打倒され、レミリア率いる紅魔館は大人しくなった。だが、彼女達は別に粛清された訳ではなかった。好き放題暴れ回ったというのに何故だか大きな罰もないまま幻想郷に受け入れられ、そのまま幻想郷に残る形になったのだ。
その力を目の当たりにしていた多くの妖怪達は、その存在に恐れおののき、同時に焦った。打倒された吸血鬼一向は今でこそ大人しくしているが、あんないつ何時暴れるかも分からない破壊の権化が何故だか受け入れられ、同じ世界に暮らしているのだ。幻想郷が受け入れてしまうというのなら、我々も受け入れるより他にない。だが、もしあの化け物を敵にでも回すことにでもなったら、命が幾つあっても足りはしない。
それに、彼らは改めて思い出す。そのような吸血鬼を平伏させた八雲 紫も、また脅威であるという事を。
そのような人妖の声は八雲 紫にとって有り難いものだった。彼女は密かにほくそ笑む。紅魔館という存在そのものを幻想郷のパワーバランスの一角とさせれば、幻想郷は再び力を取り戻し、前へと進める。それに、兼ねてより考えていた、幻想郷の弱体化を止める案を打ち出す良い機会が出来る。八雲 紫は、早速他の妖怪の賢者や、当代の博麗と話し合いの機会を設けた。
かくして、幻想郷に、また新たな制度が加えられた。それは幻想郷内での揉め事や紛争を解決するための手段の一つとして、“ルールの上での決闘を励行する”。“妖怪と妖怪、あるいは人と妖怪の争いにおいて、決闘に負けた妖怪は潔く引き下がる”というものであった。
この制度の目的は大きく二つあった。
先ず、妖怪は異変を起こしやすくなり、人間も異変を解決しやすくなる。従って、妖怪が人間を襲い、人間は妖怪を退治する、という、幻想郷を保たせるのに必要な人と妖怪の関係性を擬似的に再現出来る。
二つ目は、ルールを決め気軽に決闘を出来るようにすることで、実践に近い模擬戦を気軽に行えるということ。例え実際の争いとは異なるルールの中であったとしても、それを普段から行うか行わざるかで顕著に実力に違いが出るのは、外の世界にある格闘技という文化を見ても明らかである。
だが、それでも万事解決とはいかなかった。紅魔館の襲来という事件で己が身に脅威を覚えた他の人妖は、この制度の制定自体は一も二もなく受け入れた。だが、制定以降、妖怪達の間でその決闘ルールが流行らなかったのである。作ってしまえばこちらのものとでも思ったのか、あるいは、戦闘において決められたルールを守るということ自体が妖怪には難しかったのかもしれない。
そも、議論の末生まれた決闘のルールも話し合いの中で多様化し、皆が主流となるものを決め兼ねていた。
だが、そのおおよそ二年後、この決闘を励行するルールは見事に統一され、幻想郷中に浸透される。それに一役買う形となったのは、またもや紅魔館の起こした異変であった。
これは、フランドールが紅魔館を出た年の凡そ五年前、2003年の出来事である。
〜〜〜〜〜
私の名前は博麗 霊夢。幻想郷の東に位置する博麗神社の巫女だ。
年齢は今年で十四歳になったばかりであるが、先代の博麗は身体が弱く、病気を患っていた事もあり、まだ少女である私へと早々に代替わりすることとなった。
それもあって、私は幼い内から博麗の巫女としての役目、役割、能力を徹底的に叩き込まれ育った。私は自分に怠け癖があることを理解しているので、尻を叩かれ、無理矢理でも教えを受けさせてもらえたことは、先代の博麗に深く感謝をしている。お陰で、今ではこの幻想郷でも生き抜く力を持つことが出来たと思っている。
先代に感じている恩はそれだけではない。彼女は、私の先生だけではなく、母のような人でもあった。だが、そんな彼女は、三十歳という若さでこの世を去った。私に愛情をもって厳しくも優しく育ててくれた先代が、私に全てを託し、病に倒れ早々にこの世を去ってしまったことには、私とて寂しさを感じている。
だが、私には感傷に耽っている暇など無かった。
それは数日前のことだ。
この、幻想郷に明らかに異変と呼ぶべき事態が起こった。
私は神社の境内に出て睨むように空を見上げる。
そこにはいつもある澄んだ青い空の代わりに、辺り一面赤い霧に支配された不気味で異常な光景が広がっていた。視界に見えるもの全てが赤に染まってしまう程の濃霧。お陰で光は遮られ、昼だというのに薄暗く、夏だというのに肌寒い。
これこそ、今幻想郷を騒がせている、私が巫女になり始めて取り掛からねばならない、記念すべき異変第一号の正体だ。
この霧が覆っているのは、なにもこの博麗神社に限った話ではない。それこそ、この幻想郷中を包んでいるのだ。
幸いにもこの霧は人間に対しそこまで深刻な悪影響を及ぼさないようだ。とはいえ、では無害かと言われればそうではない。突然気候が変わってしまい、体調を崩す者や、魔力に当てられ、そして恐怖に参り、精神を患う人もいるという。
こんな大規模な馬鹿げた魔法の行使は、並の妖怪では不可能だろう。大妖怪や、それに比肩する何者か。そして、血を思わせる赤い霧。それらから察せられる犯人は限られる。
私はここ数日の間にこの霧の発生源を調べて回ったが、どうやら私の見立てに間違いはなさそうだった。
ーー私は一昨年の夏を思い出す。
当時の私は代替わりを心の何処かで意識しつつも、実感は持ちきれないまま修行に励んでいた。そんなある日、紅魔館と名乗り、好き放題暴れ回る無法者の吸血鬼達が突如としてこの幻想郷に乱入してきた。
その時の先代は、いつも通り異変を解決しようと支度を整え始めた。だが、その時の先代の顔は、いつもとまるで違っていた。端的に言うと、それは私でも分かる、死を覚悟したような決死の表情だった。その時の先代が言った言葉は、今でも忘れられない。
『どうせ私の身はそう長く持ちません。なので、そんな私の命一つでこの異変が解決出来るというのなら、私は博麗の巫女として、喜んでこの命を差し上げましょう。最も、私の命一つでどうにかなる相手かは分かりませんが… なに、その時はその時で頼りになる人、ではなく、頼りになる妖怪がいます。私にもしなにかがあれば、貴方はその妖怪を頼りなさい。私がいなくとも、彼女がいる限り、きっと貴方は大丈夫』
…娘の気持ちを知らない、馬鹿な母親のようだと思った。その後も、その言葉を聞いて泣きじゃくる私に、安心させようとしてだとは思うが、より不安にさせる言葉をあれこれ口にした。
まぁ、結局私の不安は徒労に終わったのだが。その異変は先代が解決する前に、この幻想郷の管理者である八雲 紫という妖怪の賢者が解決をしたらしいのだ。どうやら、そいつが先代のいう、“頼りになる妖怪”らしい。
その妖怪は先代の知人、というより、友人であるらしい。妖怪を友人に持ち、信用するのだから、変わった人だった。博麗という役に似合わない人だ。だが、正直私は人々を脅かす妖怪という存在に当時からあまり良い感情を持ち合わせていなかったが、この時ばかりは異変を可決し、幻想郷と、そして先代を助けたその妖怪に心の底から感謝した。
後に吸血鬼異変と名付けられたこの事件。当時、この異変を前にした私の心境は、思い出すだけでも腹立たしい。
圧倒的な力を奮う吸血鬼と、そこに飛び込もうとしている先代に、私はどうしようもなく不安と恐怖を覚えた。
先代が死ぬのが嫌で、解決になんて向かって欲しくなかった。だが、先代が向かわねば、あの吸血鬼が幻想郷を攻め滅ぼすかと思うと、怖くて、先代を止められなかった。
先代のせめてもの力になりたくて、私も同行すると言いたかった。だが、他の妖怪を塵芥のように薙ぎ払い、服従させているという吸血鬼の話に恐怖し、結局それも口に出せなかった。
その時感じた恐怖と、情けない自分への怒りを、私は異変が解決した後も忘れなかった。その異変は結局何事もなく解決したが、その八雲 紫という妖怪がもし気紛れに動いていなかったらどうなっていたか。きっと私は半人前のまま、早々に博麗の巫女としての任につき、そして、恐怖に怯えながらも異変を解決する為にその吸血鬼と戦い、そしてきっと命を落としていただろう。
そんなもしもを辿った先の悲惨な結末が易々と想像できてしまい、私は怯え、そして、弱い自分を情けなく思った。
だから、私はより一層修行に励んだ。次にもしその吸血鬼や、それに比肩する厄介な奴が暴れ回ったら、その時こそ、私も一緒に戦うと先代に言える位、心も身体も強くなるように。そして、早く博麗の役割を引き継ぎ、先代に安心してもらえるように。
その後、一年が過ぎ、早々に先代が亡くなり、当代の博麗を正式に引き継ぎいだ後も、私は悲観に暮れず、より一層修行に励んだ。またあの吸血鬼が暴れた時、私が一人で異変を解決し、弱かった過去の自分と決別をする為に。そして、きっとあの世で私を心配してくれているだろう、心優しい先代を安心させてあげる為に。
だから、この霧の発生源が紅魔館であると突き止めた時、私は武者震いをした。私は博麗の力を受け継ぎ、並の妖怪では相手にならない程度の力を付た。今ならその吸血鬼とも渡り合える自信がある。
この異変の解決を、私は先代に向け捧げよう。そして、彼女の墓前で違うのだ。『あの時は、一緒に戦うと言えずにごめんなさい。あれから私も成長したので、もう大丈夫。どうか安心して、静かにお眠り下さい』と。
「よし」
札に、幣(神事で用いられる、二本の紙垂を竹や木に挟んだ、いわゆるお祓い棒)、それに、博麗神社最大の秘宝、陰陽玉。私はそれら妖怪退治に必要な品を確認する。
そして、いざ家を出ようと思った際、ふと机の上に置かれた数枚のカードが目に止まった。
それは、スペルカードという、術式の書き留められた契約書みたいなものだ。
紅魔館が幻想郷に襲来して暫くし、幻想郷である取り決めが制定された。それは、今後幻想郷内での争いは、ルールを制定した中での決闘にて白黒を付けるべし、というものだ。
その決闘ルールの第一候補として上がったのが、スペルカードルールという、このカードを使った決闘方である。
取り決めを作った私達博麗がそれを励行しない訳にはいかないので、勿論私もそのルールを学び、そして試行錯誤の末このカードも自作したのだが。
「…下らない」
私は少し考え、そのカードを机に戻した。
今回の異変の首謀者は十中八九紅魔館。過去に好き勝手暴れ、幻想郷の管理者に打ちのめされてなお性懲りも無く異変を起こすような相手である。その後大人しくしてたとはいえ、そんな輩が、こんな即席で決まったルールに大人しく従う訳がない。
第一、そのスペルカードルールは先代と妖怪達とが議論の上作ったルールであり、その会議の場に私も同席していたが、その中に吸血鬼らしき輩はいなかった。あの館の連中はあれからずっと引きこもっているみたいだし、このルールのことだって知ってさえいないだろう。
私とてルールが決まってから、仕方なくこのルールでの戦闘を想定し、修行をし、自身のスペルカードも作り、そして、妖怪や妖精相手に試しもした。だが、そもそも周知があまりされてなかったり、周知してても従わないような輩の方が多かった。
今回の異変の首謀者と思われる吸血鬼も同様だろう。そんな相手に、もしかしたらこちらの意を汲み取り、ルールに従ってくれるかも、なんて甘い考えを抱くこと自体、精神の油断を生みかねない。あの吸血鬼相手にそれは自殺行為だ。
「どうせ二年前のように、暴力での対話がお好みでしょう。それならそれで構わない。なんであろうと応えてあげるわ」
その上で、打倒し、退治してやる。
私は強い気持ちを持って神社を発った。
だが、途中、私の弱い一面がふとした拍子に現れた。友達を自称する魔法使いに、一緒に同行しないかと声を掛けるという考えが浮かんだのだ。
霧雨 魔理沙。私と同年代の少女で、昔から、何かと私に絡んでくる、明るく、ひょうきんで、中々どうして面白い奴だ。魔理沙なら、きっと私が頼めば即座に承諾し、快くついて来てくれるだろう。実力もかなりのものなので、一緒に戦ってくれればとても心強い戦力となるだろう。
だが、その考えを私は即座にないなと切り捨てる。異変解決は博麗の巫女の役割だ。私を友達と言ってくれるのは嬉しいが、そんな気持ちを利用して、部外者である彼女を巻き込む訳にはいかない。それに、今回の異変は私にとっての過去へのけじめという意味合いもある。だから、今回の異変は一人で解決しなければならないのだ。
私は気持ちを切り替え宙に浮くと、紅魔館に向かって飛び出した。浮遊術、これも、私の修行の成果である。
途中、この異変の赤い霧に当てられたのか、興奮した妖怪や妖精に幾度となく襲い掛かられたが、いずれも私の敵ではなかった。私はそれらを蹴散らしながら、真っ直ぐ紅魔館を目指した。
ーーそして、私はいよいよ魔法の森と霧の湖を越え、紅魔館が建っていると言われる陸地に到着した。道中遭遇した能天気な暗闇を操る妖怪や、紅魔館を囲む霧の湖で出会った同じく頭の悪そうな氷の妖精には多少手こずらされたが、それでも私が負ける要素は微塵もなかった。本番前のウォーミングアップとなってくれた彼女達に感謝をしつつ、私は周囲を見渡す。
「視界が、悪いわね」
発生源間近ということだからか、霧は一層濃度を増し、数メートル先も見えない程だった。
これでは目的の館がどこにあるのか分からない。これは妖精や妖怪を相手するよりも余程厄介である。
私は闇雲に飛び回るのは危険と判断し、浮遊を止め、地に足を下ろした。
「ちっ、最悪ね」
こんな濃霧の中不意打ちでもされたらひとたまりもない。私は周囲を十分に警戒しつつ、一先ず湖から離れる方へと足を進ませる。この霧の中、私を狙う刺客がどこぞに潜み、牙を出し笑っているかもしれない。嫌な緊張に、額から汗が流れた。
「あれ。迷子でしょうか?」
急に間の抜けた声を掛けられ、私は慌てて振り向いた。声はすぐ背後から聞こえてきたのだ。いくらこの濃霧の中とはいえ、私に気取られず背後を取るなど、並大抵の相手ではない。
私は振り向いてすぐ、その相手の姿を確認する。そこに立っていたのは、真っ赤な長髪が目を引く、背の高い大人の女性だった。緑を基調とした見慣れないワンピースのような服装も特徴的で、確か華人服というのであったか、ともかく、外の世界のどこかの国の民族衣装として、こんなものがあったような記憶がある。
敵意こそ見られないが、それも怪しい。赤い霧の発生している中心地点の間近。こんな所で、普通の人間に出くわす訳がない。私を油断させる作戦、と考えるべきだろう。
「あなた、何者?」
「私ですか?」
私の問いに、その女はきょとんと気の抜けた顔をしたかと思えば、
「私は、紅 美鈴って言います!」
「いや、名前を聞いた訳では…」
「紅色の紅でホン。美しい鈴と書いて、メイリンです。あなたのお名前は? 何処から来たのでしょうか?」
人の話を聞きもせず、いかにも人畜無害そうな笑顔を浮かべ、私にも自己紹介を求めてくる。私は毒気を抜かれながらも、用心はしつつ、「博麗 霊夢よ。博麗神社から飛んで来たわ」と挨拶を返した。
「博麗 霊夢さんですか! 良いお名前で… 博麗、…博麗、はくれい!?」
美鈴と名乗る女は驚き仰け反る。狙った訳ではなかったのだが、そのあまりの分かりやすい反応に、私はラッキーだとほくそ笑む。この霧の中どうしようかと思っていたが、まさか向こうの方から案内人がやって来るとは。
「私が博麗だと、なにかまずいことがあるのかしら?」
「いやぁーえぇーっと、特に、なにもないですよ?」
紅 美鈴と名乗った女は辿々しく惚けるが、怪しいのはどこからどう見ても明らかである。
「回りくどいのは嫌いだから、単刀直入に聞くわ。あなた、この異変の首謀者を知っているでしょ」
「いやぁ、それはお答えしかねるというかー」
「知っているのね」
「どうですかねー」
「案内しなさい」
「そう言われましてもー」
「案内しなければ、ここで少し痛い思いにあってもらうわ」
私は幣を取り出し、女の眼前に突きつける。
「あー、待った待った!」
女は慌てて両手を上げ降参のポーズをとった、かと思ったが。
「ごめん!」
「ーー!?」
不意に、拳を振り上げ大地を殴ったかと思うと、そこから拳圧の風と共に不可思議な光が発生し辺りを包んだ。眩い光に咄嗟に顔を腕で覆い隠してしまったが、直ぐに追撃を警戒し目を開ける。だが…
「とりあえず逃げる!」
(に、逃げてる!?)
女は全速力で、何処かに向かって逃げ去っていた。てっきり反撃に転じてくると思っていた私は一瞬呆気にとられ掛けたが、すぐに慌てて追い掛けた。紅魔館の関係者と思わしき容疑者が、向こうから近付いきてくれたのだ。こんな好機をみすみす逃す訳にはいかない。
「この!」
後を追いながら、女の背中に霊力を込めた札を投げる。
「危な!」
女は走りながら器用にも身体を反らして避けてみせる。背中に目でもあるというのか、勘が良い。ならば数をと今度は纏めて数発の札を投げ付けた。それを私は霊力で操る。直線軌道では避けられると判断し、それぞれ弧を描くように飛来させるが。
「とりゃ!」
女は飛ぶように振り返って手をかざす。私の札は、女の手のひらから放たれた虹色に光る球体に相殺された。複雑な軌道を描いた私の霊符をこうもあっさりと遇らうなど、やはり只者ではない。
「しつこい!」
女は逃げながらも懐を漁り始める。何かと思えば、取り出したのは一枚のカードだ。
「芳華絢爛!」
女のカードが光り、術式が発動する。
私はそれに二重の意味で驚いた。
まず第一に、女が用いたのは、スペルカードだったという事だ。
スペルカードとは、予めカードに術式を書き記し、スペルの宣言と共に決まった術式が展開される仕組みになっているものだ。一度作れば後は必要な分だけの力を注げば、使用者の実力で可能な範囲で弾幕を展開してくれるスペルカードは確かに便利でもあるが、基本的には決まったパターンしか作れないので、実践的とは言い難い。
その中で相手に当てるには、密度や複雑性、虚実、あるいは弾幕に追尾性を持たせるなど、沢山の創意工夫が必要となる。そのスペルカードを決まった枚数提示し、基本的な弾幕をベースに、相手のスペルカードが尽きるか、どちらかが動けなくなる、あるいは負けを認めるまで戦うのがスペルカードルール。
その他にもいくつか決闘のルールが制定されたはいいが、誰もが励行などしようとしないので、私はそれらの決まりが早々に廃れるだろうと決めて掛かっていた。それを、まさか紅魔館の関係者と思わしき輩が使うなんて。それも、その弾幕のなんと美しいことか。
女が放った赤と黄色を基調とした弾幕は見事に調和、統率が取れており、それはそれは美しい花が、徐々に開花していくような形を描いたのだ。それは周囲を包んでいた赤い霧を舞い散らしながらどこまでも四方に拡張していき、幻想郷の空に無数の大輪の花を咲かせた。こんな膨大な量の弾幕を、ここまで調整し美しい花形に仕上げるなど、スペルカードをもってしても並大抵のことではない。凄まじく緻密な操作能力が必要だろう。それを、女は焦ったように逃ると見せつつも、易々と連続して撒き散らす。
危うく見惚れそうになるそれを、私はなんとか避け、追いかけながら思う。こいつ、一体何者だ?と。
ーーやがて、暫く追いかけっこを続けた後、ようやく女は立ち止まった。
「ついてくるなよ~」
「道案内ありがと~」
言葉とは裏腹な、剣呑さをまるで感じさせない語り口調に付き合い、私も余裕があるかのように戯けて見せる。だが、油断など微塵も出来ない。
この女が逃げる先に、きっと紅魔館があるのだろう。だが、あえて私を誘導しているようにも感じる。罠なのだろうか。そうかもしれないが、構いはしない。
「あら、私について来てもこっちには何もなくてよ?」
「何もないところに逃げないでしょ?」
「うーん、逃げるときは逃げると思うけどなぁ」
女は尚も危機感の感じられない、間の抜けた態度で嘯く。確かに、私をあえて紅魔館とは無関係な場所へと誘導している可能性もある。だとして、時間稼ぎか、罠に嵌める為なのか。
なんにしても、こいつはそう易々と私に真意を悟らせない。こいつは相当な実力者だ。そして、自分の実力に自信を持っている。
「ちなみに、あなた、何者?」
「えー、普通の人よ」
「さっき攻撃仕掛けてきたでしょ?」
すっとぼけやがって。確かに見た目はどこまでも人間っぽいが、普通の人間にあんな真似が出来るものか。それに、こいつから感じる気配は人のそれではない。妖怪か、妖精か、悪魔か、感じたことのない種類ではあるが、ともかく、人外のそれであることは確実だ。
「それは、あんたが先に攻撃してきたからよ。あんたが、普通以外なのよ」
「私は巫女をしている普通の人よ」
「それはよかった。たしか、巫女は食べてもいい人類だって言い伝えが…」
「言い伝えるな!」
「あはは、冗談ですよ。巫女を食べたりしたらバチが当たりそうで怖いですしね」
そう微笑むと、女は全身から妖力、だろうか? やはり、これまで感じたことのない質の気を溢れさせた。視覚化できるそれは、例えるなら、黄金色の闘気、といった所か。
「漸く本性を現したわね。妖怪」
圧倒的な威圧感が肌に伝わる。やはり、私がこれまで対峙してきたどの妖怪とも次元が違う。流石は吸血鬼の手先ということか。だが、こいつに勝てないようであれば、勿論親玉の吸血鬼になど届かない。
私は慎重に身構える。そんな私に、彼女はおもむろに右手を翳した。てっきり攻撃かと思ったが、なにも来ない。よく見ると、親指を折り、残りの四本の指を立てている。なんのつもりかと思ったら、
「あと四枚!」
「…は?」
「私が今持っている、残りのスペルカードです。これを全て打ち破ったら、私は負けを認め、潔くあなたを紅魔館まで案内しましょう」
「…どういうつもり?」
「どうもこうも、あなたはこの異変を解決しに来た博麗の巫女でしょう? そんな人とは私もまともにやり合いたくはないのです。だが、私も紅魔館の門番を務めているので、そう易々と案内する訳にもいかないんですよ」
どうやらこの女は紅魔館の門番らしい。それを聞き、私は驚く。紅魔館の門番といえば、二年前の異変の際、吸血鬼と一緒に派手に暴れまわったと噂されている奴だ。だから、この異変を解決する上で必ず鉢合わせする厄介な相手だと想定していた。だが、こいつは本当にそれなのか?
通りでと納得のいく紛れも無い実力を感じる一方、そののんびりとしてどこか敵意を削がれる雰囲気は、私が予想していた紅魔館の門番の姿とはとてもかけ離れたものだった。それに、門番というのなら、こんな所で何やっている?
そんな私の疑問を気にする様子もなく女は続ける。
「なので、私も幻想郷の決まりに従い、新しい、えっと、スペルカードルール、でしたっけ? そのルールにてお相手させて頂きます」
「…ルールに従うというの? あんた達が?」
「えぇ、もちろん。それがお嬢様からの命令、というのもありますが、私もルールのある決闘の方が好きなんですよね。お互い遺恨も残らず、正々堂々戦えますし」
「…こんな異変を起こす首謀者に仕えているものの口から出たとは到底思えない言葉ね」
「疑うのも無理ないかもしれませんが、私達はなにもこの幻想郷の敵になろうとしている訳ではないのですよ。幻想郷の管理人は怒らせると怖いという事は、二年前で身に染みてますし」
「だったら、どうしてこんな迷惑な異変を起こす?」
「えーっと、それは〜。すみません、お嬢様の考えは私にも」
申し訳なさそうでもある一方、悪びれた様子のない態度で頭をかくこの妖怪に、私はため息をついた。いつまでもこいつのペースに合わせていたら、時間を無駄にしてしまうだけだ。
「ともかく、スペルカードルールで、あんたに勝てば良いって訳ね。上等よ」
「決まり、ですね。いざ」
女は笑顔を消し、ようやく真顔になると、再びカードを取り出して人差し指と中指で挟み翳した。どうやら早くも二枚目のスペルカードを使うらしい。次はどんな弾幕が飛び出すか。私もそれを受けるべく身構える。女の視線が私を捉える。緊張感が辺りを支配する。そして、女はスペル名を宣言するかのように一呼吸して、
「タンマ!」
「おい!」
ようやく真剣モードに入ったかと思えばこれか! ふざけてるのかなんなのか。ほんと、こちらの空気をぶち壊す技に長けているとしか思えない妖怪だ。そう思ったが、
「だって、そういえば、あなたカードの枚数を提示してないじゃないですか?」
「う…」
確かに、私はスペルカードを持って来てない。まさかこいつらの中からがスペルカードルールで戦いを挑んでくるものがいるとは思ってもいなかったので、家に置いて来てしまった。
「それは、その、あれよ。ハンデよ」
「ハンデ?」
「スペルカードルールはどちらかの体力が尽きても負けになるけど、こっちはこれからあんたらを何人も相手しなきゃならないじゃない? だから、あんたら一体一体にスペルカードで付き合ってたら、それこそこっちの体力が切れてしまうでしょ? それはフェアとは言えないわ。だから、こういった異変の場合、あんたらは枚数指定するけど、解決側は枚数の指定や、スペカの使用は任意となるのよ」
「なるほど! 確かに!」
女は呆気なく、私の嘘を信じ込んだ。こんな単純で本当に大丈夫なのだろうか。あるいは、余裕、ということか。
「では改めて、いざ!」
そして、私は紅 美鈴という妖怪との決闘にのぞんだ。
…結論から言うと、なんとか勝てた。
だが、この女、紅 美鈴はやはり只者ではなかった。
そして、彼女の持つスペルカードは、どれも見事なものだった。一体どれほど緻密に計算され、どれだけの操作技術があったらここまでの美しい弾幕を張れるのか。
カードの使用一枚一枚で一体どれほどの体力を消耗するのか、驚愕せずにはいられない数と密度を持った弾幕を、次から次へと展開していく。意味があるか、無いかでいえば、意味があるとは到底思えない膨大なエネルギーの浪費。これではまるで、相手の打倒を目的としたものではなく、魅せる為のスペルカードを心掛けているかのようだ。
だが、彼女はまるでそれを問題にしない。いかにこの女といえ、これだけの魔力の浪費は相当スタミナを持って行かれるはずだが、自身の方針なのか、そのスタイルを崩さない。
しかし、私はそれを馬鹿には出来なかった。なるほど、これがスペルカードルールの決闘なのかと、素直に言って関心をした。
無駄な放出が多いとはいえ、数が数なので避け切るのに苦労はしたが、私はなんとか美鈴にこちらの弾幕を当てることで体力を削りつつ、相手の攻撃は全て避けきり、彼女の持つ四枚全てのカードを消費させる事に成功した。
「すみません、お嬢様~」
美鈴という妖怪は、四枚のカードを使い切るとすぐ、体力が尽きた事をアピールするかの様にその場で大の字に倒れた。
そのわざとらしい態度にわたしは溜息をつく。
「嘘付け。まだ余力残ってる癖に」
私が皮肉交じりに言うと、美鈴は上半身を起き上がらせ、
「あはは。まぁ、あるか無いかでいえばまだちょっとはありますが、それでもほとんど出し切りましたよ。弾幕の操作には自信があったのですが、まさか一発もまともに当たらないとは。それに、凄まじい霊力でしたよ。お陰で身体はぼろぼろ、完敗です」
「…確かに、あなたの弾幕の操作は超一流だった。こんな見事なスペルカード、これまで見たことがないわ」
それは、皮肉などではなく、心の底から出た称賛の言葉だ。美鈴は、私の言葉を受け、「ありがとうございます!」と心の底から嬉しそうに笑った。ほんと、なんなんだこの妖怪は。
「弾幕を展開したり操作すること自体は得意なのですが、そのパターンをカードに刻み込むって発想はなかったので、上手く出来るか不安だったんですよ」
「心配せずとも、とても素晴らしいスペルカードだった。けど、気になることが一つある」
「なんでしょう? ダメ出しがあれば改善するので、遠慮なく!」
「…ダメ出しって訳ではないけど、なんであなたのスペルカードは、あそこまで形に拘るの?」
「と、言うと?」
「あなたのスペルは、とても実践的とは言い難かった。それより、技の美しさを選んでいて、相手に当てるのは二の次のような。とはいえ確かに、密度や弾幕の数は凄まじかったけど、その分一発一発の威力は減っている様だったし、無駄が多く、燃費はとても割りに合わないものでしょう」
「まぁ、そうかもですね。確かに燃費を抑えたらもう少し長く戦えたかもしれませんが、まぁ次回の課題としましょうか。けど、それでも、その中で私は全力で戦いましたし、なるべく当てられるようにも工夫しました。それを全て避けるなんて、流石は博麗といったところでしょうか」
納得のいく答えを得られず、私は不貞腐れる。だが、美鈴はあくまであっけらかんとした態度を崩さず、
「何はともあれ、私の負けです」
足を振って勢いを付け立ち上がる。分かっちゃいたが、滅茶苦茶元気だ。
「約束は守りましょう。案内しますよ。レミリアお嬢様の待つ、紅魔館に」
そう言うと、美鈴は歩き始める。
罠の可能性も考慮しつつ後に付いて歩く私の前に、巨大な洋館が現れた。まるでこの霧に溶け込むような真っ赤な外観は、おどろおどろしい。
門番だという美鈴は簡単に門を開けると、私を中に誘う。
「どうぞお入り下さい。残念ながら、私が案内できるのはここまでですが、どうかお気を付けて」
まさか本当に私を紅魔館まで案内するとは。私は理解に苦しむ。
罠だったとして、それでもこの妖怪の態度は理解に苦しむ。
紅魔館の連中は皆こんな感じなのか、それとも、こいつだけが変なのか。
こいつのような掴み所のない妖怪を従える吸血鬼とは、一体どんな奴なのか。そもそも、そいつはなんでこんな迷惑な異変を起こしたと言うのか。
「お嬢様は、当主の間にいると思います。気になることは、レミリアお嬢様に聞くといいですよ」
美鈴は、まるで私の心を読むようにそう言った。