終わり、始まった者
視界に映る全てのものが、燃え盛る業火に包まれ朽ち果てていく。爆ぜる音が響き、空気は震え、空は赤く染まり、焦げた臭いが充満し、熱風がありとあらゆるものを薙ぎ払う。動くものも動かないものも、生も死も、全てが焼かれ、入り混じり、混沌となって溶けていく。やがて、その炎は私の身体をも包みこむ。為す術も無く、自分の無力さを味わいながら、私は炎に抱かれ混沌の一部となり混ざり行く。あぁ、きな臭い鉄の臭いと共に、全てが無に染まっていく。世界と共に、私の身体も、私が産み落とした者たちも朽ち果てていく。敵も、味方も、神も、魔も、人も、獣も、大地も、空も、なにもかも。
そして、この惨状をもたらした破壊の権化もまた、歪な翼を大きく広げ、獣のような高笑いを上げながら、自らの炎に焼かれて消滅していく。狂気に歪んだ愉悦の笑みを浮かべ、自分さえ滅びゆく最中にあるというのに、未だ世界に破滅の炎を撒き散らしながら。
あぁ、これが世界の終わりというものか。私が愛したものも、憎んだものも、裏切ったものも、共に戦ったものも、そしてこの世に終わりをもたらすものさえも、皆等しく平等に、こうやって全てが一緒くたに消え去っていくのか。これで、呪われた私の運命もようやく終わりを迎えるのか。あぁ、世界を、闇が、無が包み込んでいく――
――いや、終わらない。こんな生温い終わり方であってなるものか。私を裏切った者たちの末路が、こんな戦の果て等という大義と名誉に溢れたものであってなるものか。こんな美しく華々しい終わりであるなど私は決して認めない。まだだ。まだ、私は終わらない。私の身は朽ち果てようと、私の意思は朽ち果てない。これが終わりというのなら、何故私は思考している? 身体は炎に焼かれとうに朽ち果てたというのに、なぜ私の怨念は未だに祟る相手を探しているのだ? まだだ。まだ、なにも終わらない。私を裏切った者たち、その末裔、一欠片の断片までをも、全てを光の届かない絶望の色に染め上げるまで――
――それが、私の終わりの記憶であると共に、元初の記憶でもあった。うっすらと心の奥底にある呪われた記憶。だが、今ではなにをこんなに憎んでいたのかさえ覚えていなかった。
そもそも記憶が不確かで、自分が何者かさえも分からない。覚えているのは、確かに私は誰かを愛し、誰かを憎み、そして戦い、そして、確かに果てた。そのはずだ。それをもたらしたのは、美しくも残酷で、ひたすら広大に燃え広がる、赤き炎。だとしたら、ここにいる私は何者だ?
何も分からないそんな状態で、気が付いたら、私は大地に立っていた。見知らぬ土地、見知らぬ世界。私の中にある朧げな記憶から、幾百幾千の年月が流れていたのかは分からない。だが、私が新しい命を手にした世界、それは、微かでありながらも脳裏にくっきりとこびりつき残っている原初の記憶とは似ても似つかない平和な世界だった。人々の文明は発達し、それが神や魔への信仰を廃れさせたのか、それらの気配は感じられない。それが、頭の片隅にうっすらと残る記憶、その全てがまるでただの悪夢であるかのようにさえ感じさせてしまう。いや、そうなのかもしれない。そうなのだろう。全てはただの悪夢であったのだ。
いつしかそう思い疑わなくなった私は、この怨念を奥へとしまい、新たな私としての生を謳歌することを決意する。
そんな時だった。旅先で訪れたある国の、豊かな自然溢れる美しい場所で、不思議な気配を感じたのは。初めて訪れた見知らぬ場所だというのに、妙な懐かしさを感じてしまう。このような場所は全く記憶にないというのに、何故このような感覚に襲われてしまうのだろう。日はとっくに陰り、辺りは暗闇が支配する中、私の足取りは揺るがない。私は、その不思議な感覚に導かれるように歩き始める。自分というものがなんであったのか、それを探し求めるように。