捜査3
二階はやはり酷い有り様だった。
鬼と成った者は、家に侵入した時点では、まだ人間らしさが残っていて、被害者自ら応じるように呼びかけている。
――面識があっても侵入者の呼びかけに応える馬鹿は居ないだろうに。
被害者は戸惑い、混乱し脅えて応じない。被害者は助けを求めて両親に連絡をしているが、繋がらなかったようだ。
次に警察に連絡したようだが、悪戯とでも思われたか、対応がおざなりだったのか、被害者は諦めた。
――まぁ、被害が出ないと、証拠がないと動けない。内輪揉めには干渉しないっていうからね。
刑事や探偵ドラマのように、主人公が危機に駆け付けて来るわけも、正義の味方が現れるわけでもない。
呼びかけに応えない被害者に焦れて暴れた。
最初は手当たり次第物を投げ、被害者の父親の三番ウッドで周囲の壁や床、ドアなどを殴り付け、その最中に――
――成ったか。
部屋のドアを粉砕する膂力。被害者の身体を穿つ牙、そして裂く爪。
――鬼の形相と形で迫られれば誰だって恐怖で震え上がるし、声も無くして、涙目で見上げるだろうさ。
そんな被害者に対して鬼は怒りを覚えて、どうせなら、と犯した。興が乗ったのか脅える被害者の涙に愉悦を感じて、血肉まで欲した。
――賢者タイムで一度冷静にでもなったか?
喰い殺した事に動揺し、後悔と、そのあとの喜悦で暴れた。
それが部屋の壁、床、天井にぶちまけられた血と、自分の存在を誇示するかのように刻まれた爪の跡だ――と、俺が視たものを真絢さんに説明する。
現場捜査といっても遺留思念などを視るだけなのだから、鬼斬りや陰陽師の実際の捜査こんなものだ。なので、この場は用済みだ。
このまま、鬼を追跡しても良いのだけれど、一度戻ることにした。何故なら俺、学生だからね。その辺り長は厳しいのだ。
「……そこまで明確に視えますか」
「視えるにこしたことはないでしょう」
「ですが、貴方のそれは――」
「本家や分家、賀茂の陰陽師以上、と?」
「ええ……。術師としては認めたくないのですが」
「それは、僕に対して? それとも劣る自分を?」
「術師として劣っている自分を、です。ですが、中には貴方を認めたく無い者も存在するでしょうね」
「だろうね」
「冷静に言いますね」
「真絢さんは車内でも、僕に余裕だと言っていましたね」
「違うのですか?」
「真絢さんたちが見てきた――面倒を見てきたような新人らしさはない、という自覚はありますが、出来ないことまでやろうという熱い意気込みが僕にはありませんから」
「……」
「僕に出来るのは僕に出来ることのみ。当たり前のことではありますが」
真絢さんは無言で見詰めてくる。立ち話より、待たせてあった車に乗り込む。
「もう、力が無くて泣くのも、後悔もごめんですから。それに出来るのと出来ないのとでは雲泥の差が出るでしょう。あとでもう少し真面目に取り組んでいればって状況には陥りたくないですしね」
伸ばした手が届かないのはとても怖い。
「……晴樹にも聞かせたいわね」
「土御門の?」
「ええ……御存知なのですか?」
「「『正義の陰陽師』に俺はなる!!」 って鏡の前で仮想鬼に向かって、格好いい詠唱の仕方や手印のポーズとか札の抜き方から投じ方、その後の決めポーズ考えてませんでした?」
「よく御存知ですね」
「まあ、同い年で顔合わせに母と土御門の屋敷に赴いた時に」
「なるほど……」
「ですが、彼は辞めたはずだ。「今時、陰陽師なんて流行らねぇし、ダサイぜ。それより、ロックバンドだろ!!」って言ってませんでした? 髪もプリンのようになってて、耳には小さなピアスで、ヘッドホンを首にかけて、ギターケース背負って気怠げにしてましたよ?」
「本当によく御存知で……」
「あれでしょう? 安倍晴明の末裔っていうのが重圧になったって感じですか?」
「……まぁ、そうですね。しかし、そんな彼にも再び真面目に陰陽師を目指す理由が出来たみたいではあるのですが……」
「あー……。本家の人間が一番下の実力で、座学が駄目、実技も座学が出来ないから符を撃てない、詠唱と手印の速度についていけない、と?」
「目標とする方に尻を叩かれているようです」
「それ、逆効果でしょう。この世界、錆び付いた才能と付け焼き刃の知識と技術と思い付きで、鬼を降伏させることなんて出来る訳がない。そんなものに巻き込まれる周囲は迷惑極まりない」
「その通りですが、彼は何せ「考えるな、感じろ」というタイプの人間ですので……」
「直感は陰陽師として大切な資質ですけど、ただの馬鹿でしょ? 感じたところで対処出来る知識と実力がなければ、ただの愚か者だ」
「ええ……。何度も同じ過ちを繰り返して、周囲を呆れさせています」
「マンガやラノベ主人公のように誰か尻拭い―― サポートしてくれる仲間がいたり、ピンチは仲間の力だのみで、美味しいところだけを持っていく、とか」
「だと、良かったのですが……」
「居ないんですね」
「ええ……。まあ……」
「ま、仲間が居ないのは、僕も人のことは言えませんけどね」
「……居ないのではなく、貴方と同じものが見えないだけではないのですか? この業界は実力主義ではありますが、年功序列です」
「年くってるイコール経験豊富で業の冴えと実力があると勘違いした柔軟性も多様性もない、時代錯誤の御老公がいますからね。まだ幼かった頃に彼には視えないモノを視て怒鳴られたんですよね」
「……では、手を抜いていると?」
「そうでないと、着いてこれないでしょ? これでも、足並み揃えてるんですよ?」
足並み揃えることが大事なら、それで給料貰えるなら足並み揃えることも吝かではない。
「捜査に行き詰まっていたいくつか鬼が討たれているのですが?」
「鬼に合うては鬼を斬るのが鬼斬りでは?」
「偶然……ですか」
「プライベートの夜の散歩ですからね」
「では、今度、ご一緒しても?」
「構いませんよ」
「では、誘って下さい」
「ええ。その時は必ず連絡します」
真絢さんと約束の指切りをした。