捜査2~真絢~
隊長の御子息のバディとして、彼が所長に報告した霊災に当たれと言われた。
千羽天剣流の鬼斬りの業の冴えは、成る程、天才的と言っても過言ではなかった。
まだ元服を終えたばかり。真新しい隊服姿が初々しい。
しかし、本人に緊張感がまったくと言っていいほど見受けられない。余裕があるのかと問うて見れば、可愛げのない返事が帰って来た。
窓の外を眺めて考える。新人の教育に何故、母親である隊長の一番隊に仮入隊させ、副隊長の私が選ばれたのかという疑問が残る。
本来新人の教育は2年、もしくは3~4年目の“鬼斬り”の活動に慣れた者に担当させるのが常だった。
慣れた頃の油断を引き締め直させる目的も兼ねているからだ。
――本当に何故、私だったんでしょうね。
彼は端末でイラストを描いている。
――聞いた限りでは既に人死にが出ているというのに……。
彼は顔色を変えることも、焦る様子もない。
今まで見てきた新人は、現場に出られることに、被害者を出さないように鬼を斬る、と気持ちが逸る者ばかりだった。
かくいう私もそんな新人の一人だった。そして、浮き足だったまま捜査に乗り出して失敗した、苦い経験がある。
そう、新人の誰もが通る道だ。
――その余裕が何処まで持つのか、そして、鬼斬りとしての実戦の場での実力見せて貰いましょうか。
現場に到着し、車から降りる。
見鬼の目を開かずとも分かる。此処に着く前に視えてはいたけれど実際に現場に着いて視てみると、鬼の念が強く残っていた。
「これは、また……」
鬼の抱いていたのか妄執に思わず言葉が零れ出た。
鬼の念と、鬼に襲われた者の記憶と血の臭いを感じた。
彼の様子を窺う。
――っていないし。
彼は私と部下で車を運転してくれた諏訪部 和巳(26・独身男性・所内恋愛希望)さんを置いて敷地に踏み入る。
「あ! 待ちなさい。勝手に動かないで。まったく! 貴方は待機。外で何か不審なことがないか見張って。何かあれば直ぐに連絡」
「了解しました」
彼がふと足を止め二階を見上げる。
気配を感じて一瞬遅れて私も見上げる。
――術師の私より鋭い!
「ふーん」
無意識にこぼれた彼の何かを察したような、一人で納得したような態度に、術師として焦る。
――本家にも分家にも、賀茂家の者にもいないわよ。
どんなに濃い陰陽師の血が流れていても、今となっては薄いのだ。それに因って能力も比例する。
家のドアを開ける彼の後ろに控える。彼がドアを開けると、やはり隠しきれない血の臭いで充満していた。玄関で靴にカバーを被せて上がる。
――血の匂いに誘われて鬼が集まらないように早々に清掃したんだろうけれど、雑魚ならそれでも酔う為に集まるでしょうね。
とは言え現場の保存をしなければならない表側の捜査する人間を黙らせるのは一筋縄ではなかったはずだ。
一応という感じで一階のリビングやキッチンなどを調べるも綺麗なままだ。しかし、二階に続く階段から玄関までの荒れ方が酷い。
――被害者が二階に居る事を知っていたのね。
彼が二階への階段を上がりきろうというとき、何かが壁を叩くようなドン!ダン! という音が続け様に鳴り、黒い影が彼に襲いかかる。
彼は襲いかかってきた影を躱すのと同時に、その影を捕まえるべく手を伸ばす。
「ニ゛ャッ!!」
猫のくぐもった声。
「俺たちを二階の窓から視ていたのはお前か」
「ギシャァァァ!!」
彼に首根っこを掴まれてぶら下げられた状態の猫が暴れる。
その猫は尾が別れていた。黒い猫又だ。
「被害者が飼っていた猫、か。主を護れずに目の前で殺されたか……」
彼による猫又への聞き取りが始まった。
この黒い猫は飼い主が殺されるところを一部始終視ていたのだ。黒猫自身も息が絶え絶えの中で。
「ア゛ァァァァァァ!!」
「化けてでも生きて、主の仇を討ちたいのか。忠義なことだね」
――ちょっと、そこ! 感心してる場合じゃないでしょ!! 何を暢気な事を言っているのよ!!
しかし、疑問も残る。渡辺の鬼斬りが見落とすとは思えない。
「成る程、死にかけにも関わらず、鬼を追ったのか。ご苦労なことだね」
――では、この黒猫は渡辺の鬼斬りが捜査している時は、この家には居なかったのね。
だから助かったのだ。
「仇討ちの邪魔はしない。だが、堕ちるなよ。この家に戻って来たからには、化けてでも戻るだけの理由もあったんだろう?」
――止めなさいよ!! 貴方、鬼斬りでしょう!! 仇討ちを支持してどうするのよ!!
猫又は一つ哭いて大人しくなった。
――あぁ、彼に私を付けたのは、これが理由だったのね。