出動
『所長! どういう事ですか!! 隊長には失礼ながら、千羽隊長自ら瓶から瓶へ水を一滴も溢さないように当代最強の鬼斬りの奥義を一から手ほどきしていて、彼にも才能があったとしても彼はまだ見習いです!!』
法水写瓶という。
『その見習いの下に一番隊の副長である自分がつくのは不服だというの?』
着替えてブリーフィングルームに戻れば所長と真絢さんが揉めている。
話の内容から察するに、所長は俺を実戦の場に出して試したい様だ。それを無謀だと真絢さんは言いたいのだろう。
本来なら副長である真絢さんの仕事ではない。真絢さんも俺を試す側だ。そしてサポートは真絢さんが目をかけているであろう人物に俺の教育係かサポートにつくように指示して、全の中の一として俺を見極めることにある。
――本来ならば、ね。俺だって単独か少人数が良い。それなのに、俺のサポートに副長を指名するっていうのは、母さんを隊長から外して、常に傍においておく為、か。
どこもかしこも派閥争いというものは生じる。呪殺、暗殺、襲撃に備え人員は配置されていたとしても影だ。その為に何れにも対応出来る最強の鬼斬りが傍に必要なのだ。
――あー……要するにアレだ。
周りに合わせられないなら上に置いて、ある程度リードを伸ばした状態にしてワンコに自由を与えつつ、だけどそのリードを握り、ワンコの行動をコントロールするのが真絢さんの役目ってことだ。
――うーん……まるで犬ゾリの、能力は一番だけど、それ故に周りの犬たちに合わせられないけど、能力があるから外せなくて、だからあとは、それをコントロール人間の腕にかかっているって感じか。
『総司を単独で動かしても良いんだけれど、ね。能力的にはむしろ単独で行動させた正解ではあるんだろうけど、真絢ちゃんが見ていてくれるなら安心出来るわ』
『隊長、それは――』
『決して親だからって訳ではないわ。まぁ、それも無くはないとは言いきれないけれど、鬼斬りの奥義を教えた師匠として、親の感情とは別に心配なのよ』
『それは結局、師匠としても過保護ということがはないのですか?』
『真弓美、口で言っても仕方がないわ。一番隊副長若杉 真絢に改めて命じます。千羽 総司とバディとなり、この任にあたりなさい』
『……了解いたしました』
「千羽 総司。入ります」
「準備は出来たみたいね」
「彼方には此方の者が赴く事を伝えているけれど、縄張り意識の強い狗だからトラブルは避けられないでしょう。特に自分たちは特別だと勘違いしている血気盛んな駄犬は」
「気をつけます」
一礼をしてブリーフィングルームを出る
真絢さんは俺の後ろに付いて歩く。
国難に対し能天気な春日総理大臣。国民が納めた税金を私物と勘違いしているかのような尾庄財務大臣。自らの政党の無能さを国民が悪いと責任転換する伊甲斐幹事長。
彼らは『働いたら負け』とでも思っているのだろう。何故なら彼らは国民の税金で生きているから、働くなど愚かな行為だからだ。自分たちの生活が脅かされたなら,危なくなれば税金を上げれば良いのだ。
国難は国民のせい。救いなどない。そして始まるのだ。国による国民の間引きが。
民草など勝手に生えてくるのだから。少し間引いても彼らの心は痛まない。
車での移動中。暇潰しに車内で、民が苦しい思いをしているにも関わらず、会食三昧な彼らのイラストをスマホのお絵描きアプリで描いていく。
春日総理大臣は覇気の無い顔。尾庄財務大臣は上から目線で性根の悪さが滲み出たような顔。伊甲斐幹事長はひょっとこの干物のような顔という指定だ。
――しかし、なんだろうね。此方の世界を知らないのに、夜に跋扈し、溢れて暴れる鬼とそれを狩る者。鬼の存在を隠しきれず、溢れるのを抑制出来ない政府とかさ。
詩音と千尋が書いている和風ダークファンタジー小説。
――噛まれて感染、飛沫感染、血液感染に食物の汚染感染とか色々混じってるけど。
どのような経緯を辿ろうが鬼は鬼だ。問題はない。
――ただ、この三人、我先に逃げて絶対に死ぬでしょ。
続きはまだ書かれていないけれど、真っ先に死にそうなのが幹事長だ。
誰かを囮にして、「わ、私はこの国にとって必要不可欠な選ばれし人間なのだ。決して貴様たちのように幾らでも代えのきく下級国民ではないのだ!!」と逃げ延びた、その矢先にガブガブガブッと複数の鬼に喰い殺される。
財務大臣は「金ならある! くれてやるから俺を助けろ!!」と、非常時でも金をちらつかせて「こいつが欲しいんだろ!! 浅ましく、賎しく、下劣な連中だ!!」と上から目線。しかし、紙幣の価値は無いに等しくなっていて、誰からも総スカンをくらい、誰からも助けられることなく取り残されて、喚き散らして鬼を呼び寄せ、孤独の中で喰われて死ぬ。
総理大臣は助かったと安堵した瞬間に、安定のヘリ墜落、爆発、もしくは専用機のクルーが鬼になって、避難先で感染を防ぐために撃墜。
「ずいぶんと余裕で、緊張感がありませんね」
隣から冷たい声。長――伊織様の娘の真絢さんだ。
「緊張感はないね。そもそも緊張する理由がありますか? あ、呆けて後れを取るなんて失態もしませんので」
「……それは頼もしいわね。では、そのお手並みを拝見させてもらうわね」
腕を組んで、もう話すことはないと彼女は窓の外を眺める。
――現場に行かなければ視えないってわけでは無いんだけどね。
それこそ視るというのは陰陽師の本分だろう。
――まぁ、見鬼の才もピンキリだ。彼方にしても此方にしても現場で捜査しているという事実が必要なだけだ。
現場検証、報告書で偉い人達が納得して安心出来るなら、それで黙らせることが出来るなら、それはそれで斬る側は楽に動けるのだから良いことなのだろうか。
正義感と好奇心に溢れる一般人の中には、捜査に情熱を燃やして現場を訪れ、此方に絡み、あしらっても何かあると踏んで、捜査打ち切りでも再捜査に乗り出して、その結果、鬼に辿り着いて犠牲となる者が少なからず存在する。
――結局、平和なんだろうなぁ。
俺にとって大事なのは身近な人達でり、その人達が大事なものを護る、そこから視野が広がって、“護る”範囲も広がるけれど、そうなると、優先度は低くなる。
鬼斬りという立場が大切な存在を護る為に動き易いから鬼斬りをやっている。そのついでに別の鬼を斬る事で給金が貰えるなら簡単なお仕事である。
表向きの就職理由に学歴は必要とはいえ、より良い学校に行く為っていう、血眼になってまで受験勉強に励む理由もない。
人に仇成す鬼から全ての人々を護る――という正義感もなければ、全ての鬼を斬る――という使命感もない。
これは余裕ではなく、緩いのだ。
――真絢さんは俺が私情を優先するから許せないんだろうなぁ……。
何れだけの死山血河でこの国は在ると思ってるんだろうか。
大概が個人的なことから亡くなり、その未練や怨みの果てに奇々怪々な出来事が生じた土地が心霊スポットと言われているに過ぎないのだが、合戦、戦争、事変、乱、災害、歴史を調べれば分かる事だ。その何れもが心霊スポットなのだ。
ただ、後者の霊障は鬼斬りが出るまでもない。個人でお祓いしてください。問題なのは前者である。大抵が自ら関りに行ったり、因果応報な場合ばかりだからだ。