日常
ここからは総司が隊長になる前の話です。
† 総司side
「はや……な……よ」
意識の遠くで俺を呼ぶ声が聞こえる。眠りの底で聞こえた声に導かれる様にゆっくりと水面に向かう様に、意識が覚醒へと向かう。
瞼の裏に光を感じた。
(ちょっと目に痛い……)
「早く起きなさいよ。何時だと思ってるのよ、まったく」
聞き慣れた声。やはり綺麗だと思った。
「何時まで寝てるのよ……」
自分を起こす声には呆れと焦りの混じっている。それでも布団は安らぎの最終砦だ。陥落させられる訳にはいかない。
故に抵抗を試みる。
「後……もう……少し……寝かせて……」
「後少しってどれくらいよ」
少しイラッとした声が返ってきた。
「後……さん……」
「三分ね?」
「……後……三年」
「長過ぎるわよ!! 『石の上』じゃないんだから布団の中に居たって何もならないわよ。ほら、馬鹿なこと言ってないで――」
布団を剥ぎ取ろうとする気配。その伸ばされた腕を逆に捕らえる。
「――ッ!!」
小さな驚きの悲鳴を可愛く思ってしまった。
「~~~~っ!!」
起きたくない。ならば起こしに来た相手を此方側に引き摺り込んでしまえば良い。
引き摺り込むと暫く暴れていたが、動けない様に抱き締めたら大人しくなった。
「そ、総司……ちょ……待っ――んんっ!!」
「俺の眠りを妨げる者は何人たりとも許しゃない……」
「許さないって、何処さわってるのよバカっ!! 寝惚けて無いで起きなさいよ!! 寝るな!!」
起こしに来た相手に逆に捕らえ、ベッドの中に引き摺り込んだ幼馴染みの少女―― 雪城詩音は顔を真っ赤にしていて、俺の中で悪戯心が起き上がる。
(……何処に触ってるかというか、暴れてるから手の位置がずれただけなんだけどなぁ)
彼女を暫く翻弄して、落ちていた気分を充電。
(そろそろ起きるか)
「あらあら、朝っぱらから二人とも仲良しね」
俺と詩音、二人揃って二階から降りて来た所を、浴室から出てきたばかりのラフな格好の女性が口元のニマニマとした笑みを手で隠しながら言ってきた。
ラフな格好と言えば聞こえが良いが、大きめのカッターシャツ一枚に下着姿……。
(漸く書き終わって水シャワーを浴びて熱を冷ましたのか)
詩音が来た時に対応をしてきちんとしていた身嗜みをしっているのか、髪と服装の乱れを整えた後の様な取り繕った感じになっているのだから、何かあった事を察する事が出来たのだろう。
「「…………」」
俺たちは黙り込んだまま、からかうなと目で抗議する。
「まだ何も無かったのね。ざ~んねん。可愛い義娘が出来ると思ったのに」
「……ぁ!!」
女性の追撃に討ち取られたのは詩音だった。
「……終わったんだろ……だったら人をからかって無いで寝なよ」
女性の―― 母親の冗談とも思えない本当に残念そうな声音に、しっしと手を振り追い払う。
「はいはい、お邪魔虫は退散するわね」
「お、お邪魔虫なんてそんな……」
詩音が照れた様に俯き加減で慌て否定する。
そんな少女に微笑み、気を付けて行ってらっしゃい、と送り出す。
(その格好で外に出て見送らないだけまだ頭は起きているか……)
「行ってきます」
「行ってきます。真弓美さん次回作楽しみに待ってます」
「ええ。期待してて」
と、俺の母親が書いている小説のファンである詩音に短く返して部屋へ消えた。
† 詩音side
タタン、タタン―― と、小さな振動に私たちは身を委ねる。
「ねぇ、総司……本当は面倒だったり……」
私はここまでの道中、総司の部屋でのやり取りをずっと考えていた。
最初は何時もとは言わないまでも、休日には二人の間で何度かあったやり取りだった。しかし、今日はベッドの中にまで引っ張り込まれて強く抱き締められた。更に言えば胸やお尻に手が触れていた。私が暴れた所為でもあるけれど、どさくさ紛れのラッキースケベを装ってくるなんて、こんなことは初めてだった。
(……普段なら冗談でもあんな事をしないのに)
それに此処まで一言もお喋りをしていない。普段なら特に話さなくとも苦痛では無く、話さなくとも近くに居る、その空気感が私は好きだ。
だけど今日は違う。総司の纏う空気が何時もとは違っていた。何処が違うかと言えば、心の距離を遠く感じてしまう。
はっきり言って不安だった。
本当は来たく無かったのでは無いかと。
私の不安に気付いたのか、総司が口を開いた。
「ん? 面倒とかでは無いんだ……」
「じゃあ、何?」
「……ん~言葉にするのは難しいんだ……悪い。ただ、詩音と出掛けるのは面倒なんかじゃないのは確かだから、さ」
総司は私の顔を見て困ったように笑みを浮かべ、謝罪した。
「それなら……良いわ」
私は自分と居るのが嫌では無いならと胸を撫で下ろした。けれど総司の目は何処か遠くを見ている。
それからも無言の時が続いた。
† 総司side
声優がアニメとグッズと店、ファン心理を熱く歌いあげる曲が流れる専門ショップ。二人は時間をかけて店内を回る。
「ねぇ、総司……」
「ん?」
少女ラノベ(中華系)の新刊の購入を決めた詩音が、学園バトル物を手にしている俺に声をかけてきた。
「ねぇ、総司も剣術をしているけど実際どうなの?」
詩音の質問はとかく学園バトル物や異世界物には何故か最強武器の一つに数えられる日本刀についてだ。
「異世界物ならステータスや加護なんかで簡単に持てるだろうし、学園バトルや異能力バトルなんかも最初から剣の腕を鍛えているという設定だ。それこそ剣客物なら時代が刀の時代だし、主人公も剣客だから物語とリアルを比べても意味がないかな」
ただ――と言葉を続ける。
「リアルで語るなら、異能力でも無い限り近代兵器には勝てない。それこそ『戦闘機を竹槍で撃墜しようぜ』ってのと同じ。銃は数射てば当たるかもしれない。戦車なら吹き飛ばせば済む。爆弾もしかり」
「う、うん」
「室町時代には剣術はスポーツになっていた。何せ集団戦術では刀は役に立たなくなってきていたからね。ほら、騎馬や槍襖、火縄銃とかさ。刀や剣術は侍のファッションになった。ほら、名刀を集めてコレクションにしていただろ? だから刀が―― 剣術の唯一の活用の場は常に歴史の裏側にあった」
「歴史の裏側……」
「そう、歴史の裏側。一対一の実戦の場面――つまり暗殺の場面だよ……詩音」
刀と剣術がファッションとなっていた末期―― 幕末で実戦的な集団戦術一向二裏を使った新撰組。一対一でも兵揃いだったが、彼等の活躍のピークでもある池田屋事件も襲撃。
そもそも集団戦術、一向二裏戦術を編み出したのも吉良邸襲撃で有名な赤穂浪士大石内蔵助だとか。
個人なら『人斬り以蔵』の異名を持つ岡田以蔵や『人斬り半次郎』こと中村半次郎。人格が変わると言われている沖田総司。他にも恐れられた人斬りは存在する。
「だから、華々しい英雄ではなく畏れられた反英雄だ……」
だから異世界転移とかで剣術で―― 刀を振るって活躍出来る異世界に行ってみたい。
† 詩音side
だから剣術で―― 刀を振るって活躍出来る異世界が少し羨ましい、と総司が呟いたのを私は聞いた。
総司は自身が自分に打ち克つ剣では無く、強者と出会い勝敗を―― 生死を決する剣を振るう事―― 振るう場を求めているのを理解している。
だから、剣道部のレギュラーというか一軍決めの時、先輩を挑発したりした。立場や先輩としての面子を守りたければ全身全霊を賭けてかかってこい、と。
「だから、もし詩音が刀を使った話を書くなら『暗殺者』物でスキルの一つくらいに考えた方がいいよ」
「……ええ」
総司は続きで読んでいるラノベの新刊を手に取り、一緒にレジへ。支払いを済ませると二階のオーディオコーナーへと向かい、そこでも声優のCDを買い求める。
見て回る中で私はBL物のドラマCDの前で足を止めていた。
†総司
詩音がBLコーナーで足を止めた。
まあ、別に良いけど、漫研のサークル『東方で最強の腐女子は敗けはしない!!』―― 『東方腐敗』のように翔真×一誠とかいう本の様な事を俺では考えないで欲しいなぁ、なんて思った。
一部では翔真×総司というおぞましい物があったのを知っている。そのグループは「嫌よ嫌よも好きのうちじゃない?」とかふざけた事を言っていて、それを知った詩音が抗議してこの世から消えたが、それが余計、氷鏡の突っ掛かりに苛立ちを覚える理由の一つになったのは間違いない。
「……現実にどちらも男って感じのBLなんてあるのかしら?」
「さ、さあ……」
詩音の疑問に答えられる筈もない。筈も無いが、どちらかが心は乙女なのだろうと想像することは出来た。何せちょっとしたトラウマだ。小学生の時、レザー系のジャケットにパンツ、オールバックのヘアーにピシッと剃り揃えられた髭……鍛えられたムチマッチョの人にウインクに投げキス+「可愛い」の言葉をおねぇ言葉でBLのカップルに投げ掛けられた事があった。
(今、思い出すだけでも鳥肌が……)
ソチラでは無いのでわからないな、と詩音に感想を返す。
「そう」
次行きましょう、と詩音は俺の手を取って店を出た。
剣と剣術に関して私の感想に過ぎません。