レイブン
必勝の聖眼の神殺しと戦女神の前日譚です。
天剣は北斗七星の事です。
サブタイトルの『レイブン』は闇夜の烏。夜の烏をスケッチするには画用紙を真っ黒に塗り潰せば描けるよ、という頓知の様な感じで付けました。
目に映るモノだけが世界の全てでは無い――
――神代より人々の近くに在った『神霊』――
――或いは人々に禍をもたらす、人とは在り方を違える『鬼』。
『鬼』は人から糧を得る。首筋に牙を突き立て、流れる熱い血を飲む。
もっと言ってしまえば餓えた『鬼』は人の生死に拘わらず、その血肉を喰らう。
人成らざる『鬼』が血を好み、飲み喰らう理由は血には〈力〉が宿っているからだ。
血は命そのもの。形有る肉の一部であるにもかかわらず、方円の器に従い移る形の無い『魂』の一部であり、秩序無き混沌の渦。
それ故に穢れとされ、忌み遠ざけられる。
もしくは万物の根源―― 命の『チ』。それ故に血には貴賤があり、貴き血を持つ者は神代より『神』であれ、『鬼神』であれ、『神霊』の贄として捧げられて来た。
例えば、八岐大蛇の贄とされ、退治した素戔鳴尊の妻となった奇稲田比売。
丹塗矢伝説では、丹塗の矢に化けた三輪山の大物主神が勢夜陀多良比売を娶る伝説。
玉依日売の伝説しかり、この手の話には古今東西存在する――
「くそったれ! 何処に消えた!!」
時刻は21時――
――夜の高速道路に苛立ちと焦燥の怒声が響く。
サーチライトの灯りが踊る中、黒迷彩の戦闘服にプロテクターを纏い、防護盾を構える者と89式小銃を構える者―― 中には9mm短機関銃を構える者もいる二人一組、20組が何かを捕捉しようとするサーチライトが照す先を警戒している。
しかし、警戒する者達を嘲笑うかの様に、その何かは戦闘員の真っ只中を貫く様に駆けた。
「くそっ抜かれるなっ!! 射て射て射て討てぇっ!!」
銃声が幾重にも重なって夜陰に轟く。しかし、駆ける何かは意に返さぬかの様に擦れ違い様に襲撃者達を蹴散らしていく。そのまま夜の街に逃げた。
構える防護盾も、纏うプロテクターも用を為さずに、ひしゃげ、裂かれて反撃を受けた者達の苦悶の声と戦意を失わず立ち向かう者達の怒号、救護班も要求する声が夜闇にこだまする。
「やはり彼等では荷が重かった様だね」
何モノかを仕止められず、討ち逃した部隊を、乗り込んだヘリコプターから見下ろしていた少年は呆れ混じりに呟いた。
「はい……」
少年の呟きに妙齢の美しい女性が応じる。
「まったく、あれだけ豪語しておきながら、あの体たらく。これだから矜持だけは人一倍の働き者の無能は嫌いなのです。この不始末を何故我らが……。こうなる事は分かっていたのですから、最初から我々に任せておけば良いものを……」
尻拭いさせられる事に不満を露にする。
「まぁ、彼等が銃で仕止めてくれれば、こちらも楽だったのだけれどね。そこは仕方がないさ。所詮、僕達は鬼斬り刀を振るう懐古厨だからね」
少年は自身の思いを代弁する女性に苦笑しながら返すと同時に、討って出る事への要請をするために無線機で連絡を入れる。
「……所長。『鬼部』による討伐は失敗。我々に討伐の許可を」
『やはり逃したのね。討伐への介入を許可します。此方で『鬼部』への対応は済ませます。一番隊は現時刻を以て全力で事に当たりなさい』
少年の討伐への介入要請と、討伐組織の失敗が余りにも早かった事に嘆息する
『ただし、10分以内でけりを着けなさい。それが封鎖出来る限界よ。それ以上、結界を張り続ければ人が消えた違和感を嗅ぎ付けられてマスコミがやって来るわ』
「……」
討伐の許可を得た後の無茶振りに機内の者は顔を顰めた。
無線機の向こうの相手―― 所長はそれにしても――と、忌々しげに言葉を吐き捨てた。
『『鬼部』の質も落ちているのたから、もう少し頭数を揃えて欲しいわね』
無線機の向こうで所長がプクッとふくれているだろう姿を想像して少年は笑いを堪える。
「さっきも真絢さんにも言ったのですが、此方は時代錯誤もいいところの刀。対して彼方は銃ですからね。どんなに戦闘訓練をしていてもその意識の差が生み出す勘違いは大きい」
少年は自身の得物の鍔を親指で持ち上げ、鯉口を切り、刃を納める。
『それでも『人』が扱う武器でしょうに』
扱われてどうするのよ、と所長。
『では、頼んだわよ。千羽君』
「了解しました」
千羽と呼ばれた少年は無線を切り、自身が率いる隊に、討伐対象の確認をする。
問われた隊員は其々が視た討伐対象を答え、少年は頷き、指示を出す。
「母さん―― 伊織所長も最初からウチが担当するって交渉を粘ていれば、この様に制限に縛られなくとも良かったのに」
千羽少年が名を呼んだ女性―― 真絢が自身の母親で彼等が所属する組織の所長の文句を少年に愚痴る。
「仕方がないさ。彼等の面目も守って手柄を立てさせてやらないと、『鬼部』という討伐組織の存在に疑問を持たれれば存続の危機になってしまう」
彼等は表に出て活躍することが出来ないエリートだからね――と、少年は自分より少し、とは言え年上の真絢を宥める。
表に明かせない生業という意味では自分達も同じではあるが、そこは民間と御国の暗部、自由度と組織の規模が違う。自由度だけは少年達が所属する組織が圧倒的に上なのだが……。
彼等は『鬼斬り』と呼ばれ、その名の示す様に古より人に仇なす『鬼』を斬り、討伐する事を生業とする者。
『鬼部』は『鬼斬り』の〈力〉を宿した御国を護る為の組織。下で戦っていた者達は其処に務めている護国のモノノフだ。
そして――
「源さん、ヘリの高度を下げて下さい。これより作戦行動に移ります」
ヘリの操縦者に指示を出すと、高度が下がっていくヘリのドアを千羽少年は開ける。
「これより我等は目標を討伐する」
『はっ!!』
少年の号令に意気軒昂に返す。
「超常災害対策室 鬼斬り役 一番隊隊長 千羽総司。出撃します」
「同じく、一番隊 副隊長 若杉真絢。出るわよ」
隊長と口にし、総司と名を名乗った少年と、彼の副官を名のった女性―― 真絢が高度が十分に下がり地面が近くと、ヘリから飛び降りると、その後に「千羽隊征くぞ!!」と20名が続く。
彼等が所属する組織―― 超常災害対策室は表向き民間警護会社と、超常現象研究室なる真面目と冗談のような部署を有するそんな組織の裏の顔が『鬼斬り』の〈力〉を宿す者の異能者組織だ。
そんな異能集団の一番隊を千羽総司と名乗る十代の少年が務め、その副隊長も二十歳になったばかりの真絢という若者が束ねていた。
総司の隊には当然彼よりも年上の若者や、彼の親や祖父に差し掛かるような年齢の者達も居るが、『鬼斬り』に年功序列等存在しない。
能力と実力が全て。そして少年の才能も実力も実績も申し分なく、それを知っているからこそ彼等は総司に従う。