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6(ポラリスに行く)


   *


 コンペは落選した。佐伯さんには悪いことをしたと思う。期待に応えられなくて申し訳なかった。なのに佐伯さんは、「近いうちにご飯、食べよ」奢ってあげる、経費だけど。何がいい? って。

「天ぷら」即答した。「でっかいエビ、食べたいですにゃー」

「いいですにゃー」佐伯さんが乗っかった。「また連絡するにゃん」

「よろしくにゃん」

 通話を切って、しばらくぼうっとしていたけれども、腕に違和感を憶え、見たら鳥肌ってた。慣れないことはしないことだな。

 ごめんね、佐伯さん。あたしは良いものを作りたかっただけなんだ。でもダメだった。奇跡を望むには力不足だったよ。

 あたしは誰も知らない、全く新しいモノに挑まなかった。自分が理解できないモノを、どうして理解して貰えると言うのか。あたしは、あたしが知る最も馴染みある音を作った。驚くほど無難で、欠伸が出るほどお行儀良い。

 凡庸なあたしは、真っ向から真剣に、大真面目に凡庸を貫いた。

 オーケー。認めよう。それは賭けだった。そして負けた。小手先の器用さでどうにかなるものじゃぁない。奇跡とは、努力だけでは到達できない、別の次元の何かなのだ。

 受話器を戻して、ふらふらと幽霊みたいな気分で冷蔵庫から麦茶を出して、グラスに(そそ)いで、きゅーっと一気に飲み干した。

 へっへっへ。天ぷら、楽しみだなぁ。


   *


 依然、月と地球の間には円盤が居座っている。夜空を見上げて、最近、あたしが思うことは、これはこれで良いんじゃないかってこと。あれがたまたま人工物っぽいモノだから、みんな「何とかしなくちゃ」って気分になったんだと思う。もちろん好奇心はある。面白いと思う。何だか素敵な予感がする。

 きっと楽しいことだと思う。

 星の海を渡ってきた船がそこにいるんだよ、すごいじゃん。地球すごいじゃん。その地球に住んでるあたしたち、すごいじゃん。

「やっほー」

 お姉ちゃんから連絡があった。

「やっほー」とあたしも返す。

「コンペ、残念だったね」

「まぁね」なんで知ってるんだろ。

「まぁ、次があるよ」

「そうかな」あるといいな。そうだといいな。

「だいじょうぶだいじょうぶ」

 お姉ちゃんは軽く言う。何でもできるお姉ちゃんにしてみれば、こんなの些細なことなんだろうな。

「わたしね、今度──」

「ごめん、なんだって?」

「ポラリスに行くって言ったの」


   *


「青くなったぞ!!」

「マジか」

 甥っ子は目玉をぐるりとし、「知らないのかよ」見たことないのかよ、と謎の上から目線。

「モノホンは初めてだわ」まじまじ見つめて、「くっさ」ザリガニくっさ。

「触ってみ?」

「遠慮しとく」

 あたしは一歩と言わず、できる限りプラスチックの水槽から離れた。

「あの子、ひとりでいっぱい調べたのよ」とミーちゃん。「ありがとね」

「ホントに青くなるんだな。感心したわ」

「でまかせだったの?」

「いや」あれは突然変異(ミュータント)だ。「いますぐ農業試験場に連絡だ!」

「もうっ」

 あたしの冗談に、ミーちゃんは肘で小突いてきた。「あははは」思わず笑ってしまった。「青ザリガニも茹でると赤くなるのかな?」

「もうっ」ミーちゃんの肘がごつごつと脇腹に入った。「なんでそんなこと言うの!」

「ちょっとした知的好奇心ってヤツですよ」

「もうっ」ぷんすかとミーちゃん。

 今年も夏が終わろうとしていた。お姉ちゃんから連絡があってすぐに円盤はいなくなった。タツ兄ぃは元の部署に戻った。

 あたしは少しがっかりして、でもお姉ちゃんの話はひとり胸の内に仕舞っている。だって地上どころか海底でもない、時間と空間の彼方なのだから。

 ポラリス。こぐま座。凡そ四百三十四光年。

 きっとあの円盤は星の海へと帰って行った。何故にここへ現れたのか、何を求めてここに来たのか。分からず終いでも、ひとつ、はっきりしてることがある。それはつまり、並べて世は事も無し。

 なーんてな。

 ホントはすごく寂しい。

 ほんの一年足らずの事だったけれども、あたしは気に入っていたのだ。あの円盤。月と地上の間に浮かぶ影。あれがお姉ちゃんを連れてった。いや──お姉ちゃんが何かこう……いつもの調子でどうにかしちゃった可能性が高い。それもあたしが黙っている理由のひとつだ。そもそも、あれを呼び寄せたのがお姉ちゃんなのかもしれない疑惑。

 地上に飽きたついでに、ひとりでどうにかしちゃったお姉ちゃん。とても自慢のお姉ちゃん。ウソかホントかなんて関係ない。お姉ちゃんならやりかねないし、そう信じるに足る人柄で、だからあたしはお姉ちゃんが大好きだ。

 いつか帰ってくるよね。きっと帰ってきてくれるよね。あたしのギターでお迎えするよ。お姉ちゃんのために歌うよ。

 だってあたしはお姉ちゃんの妹だもん。

 背中にぺちっと冷たいものが当てられた。「ぎゃッ」

 リョータがご丁寧にもシャツを捲って濡れた手を突っ込んだのだ。

「ザリガニ、触った手だな!」

「やーいっ」

 甥っ子はぴょんと飛んで逃げた。

「こンのガキぃい!」

「うっわ」リョータの目がまんまるになる。「オニババだ!」

「ンだとゴルァ!」あたしは甥の首根っこを引っ掴み、手加減無しにブッ叩いた。


 ─了─


   附録

 コンペティション落選作(抜粋)

・第九計画「Eからでたサビ(或いは、我々はなぜ自ら放出したガスのにおいを嗅いでしまうのか)」

とっても自慢のお姉ちゃん。

「初級異界遊山紀行 ~多元宇宙あたし練り歩き~」

https://ncode.syosetu.com/n9008fd/

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