表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

5(信じてないくせに)


   *


「肉体言語ってどうだろ?」

 あたしの言葉に、兄は信じられないとばかりにのけ反った。「脳ミソ筋肉マンかっ」

 失礼な。「どーせ運痴ですよーだ」

「本当にお前は……」

「あっ、タツ兄ぃ。今、シモいこと考えたでしょ。ウンコで喜ぶのは子供だけだゾ」

 兄はテーブルに肘を突き、両手で顔を覆った。「……アホだ」

 失敬な。「円盤で来たってことは、何かしら物質的な存在だと思うんですけど?」

「で?」

「力って分かり易いよね」シュッシュッ。「我々は! 温和で! 心優しい種族でぇすっ!!」シュッシュッ。「自由! 博愛! 平等対等喧嘩上等!」

 シャドウ・ボクシングの真似事をする妹に、タツ兄ぃはそれはそれは長いため息をお吐きになりました。

「殴り合えと言うのか……」

「簡単でしょ?」シュッシュ。「両陣営から代表出してタイマンとか」ほら、そこはかとなく文化的。

「……決闘罪になる」

 えっ、何それ。「法律の外でしょ」殴り合いなんて。

「決闘はな」と、タツ兄ぃはやんわりと諭すように続けた。「事前準備が大変なんだ。何でもアリじゃない。決着の付け方は勿論、場所、時間、足場の具合に光の加減、立会人」

 うっわ。「面倒くさっ」

「言い出したのはお前だぞ!?」

「……拳はさぁ、文化文明に依存しない地上唯一の共通語なのにさぁ」なにも手間暇かけるこたぁないのになぁ。

「……相手が外骨格だったらどうするんだ」と、兄。

「あっ、そうか」と、あたし。「まずは泥抜き?」

「喰うつもりか!?」兄はぞっとしないとばかりに目を見開いた。

「ジョーダンだって」怖いじゃん?「毒を持ってるかなんて分からないし」

「分かったら喰うつもりだろ!?」

「椅子とテーブル以外は何でも美味しくいただきます」合掌。

「やっぱ食べちゃうんじゃないか……」兄は再び両手で顔を覆った。それからチラッと指の隙間から実妹をのぞき見て、「……いったい知的要素はどこへいった?」

「人類的には普通じゃん?」誰のことを思い浮かべての発言か、少し話をしようじゃないか。

 しかし兄は、その手に乗らぬと言わんばかりに、「そもそも人類は暴力を否定している」

「またまたぁ」あたしは笑った。「信じてないくせに」

「信じてるさ!?」

「語るに落ちたね、お兄ちゃん」

 あたしの言葉に、タツ兄ぃは不思議そうな顔をした。やさしい妹は解説してやる。「信じる信じないという議論になった時点で、それは道徳や規範とは全く違った別次元のモノになるんだ。なんとなくみんなが思ってることから、理屈ありきになるんだよ」

「……つまり?」

「文化って、先天的でなく、後天的なんだよ。〝カノン〟のコード進行はどんな地域、民族、人種の誰にとっても心地好いの?」

「心地好いだろう?」

「今の世界がだいたい平均化してるからそう思うだけで、違うべ?」

 そうかなぁ、とタツ兄ぃは腑に落ちないと言った風情。まぁ、あたしもきっぱり言い切れる程に自信はないけれども、足りない頭なりに考えたんだよ。秩序って、衣食住を担保にして、節度と礼節が不可欠だって。

 ねぇ、タツ兄ぃ。世界はね、シンプルなんだ。複雑にしているのは文化文明だとか言う名前のついた、面倒な尺度の所為なんだよ。

 一民族、一言語、一国家。

 たぶんね、宇宙もそんな感じ。

 価値観なんて違って当り前。平等だってファンタジー。だから上手いとこやっていこうってみんな考えるんだ。知恵を絞って公平になるようにって。泥仕合にならないようにって。誰かを喰らったり、喰らわれたりするようなコトが起きないようにって。

 それを何かと言うのなら、たぶん愛なんじゃないかな。心を受けて、受け渡す。

 へっへっへ。あたしも随分青いよなぁ。サバ缶、御馳走だもんなぁ。高校からこっち、ずっと書き溜めてる作詞メモネタノートには、そんなフレーズばっかだよ。


   *


「そろそろ出して欲しいのだけれども」佐伯さんは、いつになくげっそりした声だった。「完成版とは言わないから。さわりだけでもいいから」

 さすがのあたしも胸が痛んだ。「人工知能(AI)にやらせたがいいんじゃないかなって思うのだけれども」

「そんなの! 既に! やってるわ!」

 知ってますって。「深層学習(ディープラーニング)に人間さまが勝てる要素がないですよ」

「最終判断は人間でしょ!」

 むぅ。それすらも人工知能が担えるんだよなぁ。「佐伯さん、あたしのこと買いかぶり過ぎてない?」

 受話器の向うで小さなため息。「人工知能は確かにすごい。きっと妥当でしょうね。最良な結果を出す可能性は高い。でもね、成功したからって、それは……人類史なの? 人類が初めて地球外生命体と出会うのよ。わたしはね──笑わないでよ? 人間の可能性に希望を持っている」

 そこまで言われて引き下がるんだったら、もう人間であることを辞めたが良いと思った。

「分かった」決然とあたしは言った。「その大きな愛に応えるよ」

 出来もしない約束だって分かっていても、口にして、言葉にすれば、奇跡に少しは近づくってなもんだ。だってあたしは、あたしたちは──人類なのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ