4(対話に値する存在)
*
「そもそも、異星人って本当に来てるの?」
あ、俺の妹は残念な子だった、みたいな顔をされてあたしは憤慨した。
「あのね、おならってあるじゃん」
あ、俺の妹はかわいそうな子だった、みたいな顔を重ねてされて、あたしは立腹した。
「だからね、音とか臭いはあっても、目に見えないじゃん」
兄の瞳の中に、少しばかりかわいい妹に対する見識に希望を見出したように感じたのは気のせいだろうか、信じちゃっていいのだろうか。信じてあたしは続けた。「目で見えないものは、たとえ音だの臭いだの、痕跡があったとしても──認め難いよね?」
「……俺は、彼らに会っていない」
「ほら!」どうよ、この妹、意外と賢しいでしょ! 「月と地球の〝4分33秒〟だよ!」
「人類には見えないし聞こえない」タツ兄ぃは渋い顔で椅子に深く沈み込み、お腹の上で手を組んだ。「何かを発信しているのは間違いない。けれどもそれが何なのか全く分からない。同じものがひとつとしてないんだ。分析も解読も、検証しようにも比較対象がない。まるっきり没交渉だ」
「銀河の〝ロングプレイヤー〟かぁ」うっとり。「何にでも意味を求めるのは人間の業だわね」
タツ兄ぃ、顎に梅干し。あたしは椅子に座り直し、「その発信だかは、ただのアイドリングだったりして。何とか重力エンジンとか」
「……それなら反復するだろう?」
「宇宙船でしょ? 光速の世界でしょ? ウン千年単位で一回転かもだ」
「弱ったなァー──……」兄は両手で目を擦った。
「タツ兄ぃ、これはテストだよ」
「何が?」
「人類が、対話に値する存在かどうか」
*
仕事は相変わらず暗礁に乗り上げており、そのくせ悩んでる兄貴相手にあたしはイジワルを繰り返している。我ながらいい性格だぜ。手慰みにギターを抱えて爪弾いても、女神さまは雲隠れ、一向に霊感は降って湧いて来たりしない。
もし、自分が遠い宇宙の向うまで行ったとして、全く異なる姿形をした、全く理解の及ばない文明社会を築いちゃってる珍妙な生き物を見つけちゃったら、接触は怖いと思う。
ならどうする?
観察する。例えばリョータのザリガニみたいに。それから次は? 原住民のザリガニの扱い方と照らし合わせ、自分たちが接触した場合に起きるであろう素敵なことから最悪なことまでリスト化し、その結果、まぁやってみようじゃないか、いざとなれば焼き払うのは簡単だ、となれば、ちょっかい出してみる。
あ、やっぱ人類、滅びるわ。
コチラが絶対的に優位である確信がないのなら、手を引くに決まっている。ザリガニだって人間にとって脅威になりえぬ存在だから、ちっちゃなプラスチックの水槽に押し込めることができるのだ。アイツが五〇センチくらいにぐんぐん成長し、カサカサ素早く動き回るのだったら、近づくことはおろか、子供に与えたりしまい。保健所に連絡だ。
「ザリガニが出ました」駆除は役所で承っております。役所は役所で、消防で承っておりますと華麗なタライ回しコンボをカマしてくる。そうこうする間に悲劇が起きる──子供がザリガニに襲われた──猟友会が出動する。ニュースはザリガニの習性と危険性を伝え、役場に急造された対策室だかなんだかのハゲたおっさんがハゲ頭を下げ、大変遺憾だのと何だのと──、
電話で叩き起こされた。
「順調ー?」佐伯さんはいつでも元気だ。
「不調です」
「は?」
硬くて冷たい一音威圧。落ち着くのです、深呼吸。「たぶんあたしが何かを成すとか、すべき運命の下に在るのなら、空から天使の羽が降ってくると思います」幾万と。ふわふわと。「そして虹の根元から天界へ伸びる天使の梯子を昇るのです」
「四の五の言わず、さっさとエンジンかけなさい」
いやはや、まったく、ごもっとも。