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第七話 都会の迷宮

デパートで妻とはぐれた坂上は……

 オシャレというものにまったく興味のない坂上にとって、たまに妻に付き合わされるデパートほど退屈な場所はなかった。化粧品から始まり、婦人服、雑貨、輸入小物、宝飾品と各売場を付いて回っているうちに、だんだん頭がボーっとしてきて、自分がどこにいるのかさえわからなくなってしまうのだ。

「なあ、ちょっと書籍売場をのぞいてきてもいいかな?」

「あら、だめよ。あなた、今日は携帯を忘れてきてるじゃない。迷子になられちゃ困るわ」

「うーん、じゃあ待ち合わせしよう。一階の入口に噴水があっただろ。あそこに一時間後でどうだ」

「仕方ないわね。でも、このデパートは建物が東西南北に四館あって、しかも複雑につながってるから、店員さんにちゃんと道順を聞くのよ」

「大丈夫だよ」

(まったく、子供じゃあるまいし、案内板を見りゃわかるさ)

 そう思ったものの、実際に案内板を見て、あまりの複雑さに驚いた。建物が四つある上に、各館の連絡通路が飛び飛びの階にしかなく、しかも、エレベーターが下層階用、中層階用、上層階用、レストラン階直行などに分かれているのだ。これでは、恥を忍んで誰かに聞くしかない。

 坂上は、ちょうど近くを通りかかった若い女性店員に声をかけた。

「すまないけど、書籍売場へはどう行ったらいいか、教えてくれないか?」

 聞かれた店員は「少々お待ちください」といって、内ポケットから案内用らしいスマホを出した。

「今お客様のいらっしゃる北館から、書籍売場のある南館へは、直接の連絡通路がございません。まず、この北館の中層階用エレベーターで3フロア上がっていただき、そこから連絡通路を通って東館に行っていただいて、上層階用エレベーターでさらに5フロア上がっていただきましたら、動く歩道で西館のレストラン階に出ますので、そこから直行エレベーターで10フロア下がっていただき、連絡通路で南館へ渡っていただいて、下層階用エレベーターで2フロア上がっていただきますと、そこが書籍売場でございます」

「な、何だって。もう一遍言ってくれ」

 親切にもう一度繰り返してくれたが、とても覚えきれない。

「もし、途中で迷われた際には、案内板でご確認いただくか、スタッフにお尋ねください」

「ああ、そうするよ」

 坂上は教えられた道順を頭の中で繰り返しながら、エレベーターで上がったり下がったり、通路を行ったり来たりしたが、途中で階数を間違えてしまい、しかも、それを自己流に訂正しようと違うルートを通ったりしたため、書籍売場とはまったく違う場所に出てしまった。

 そこは薄暗い、人気ひとけのない売場で、おかしなことに一人の店員もいなかった。

 坂上は急に不安になり、売場の中をあちこち探し回ると、背中を丸めて歩く老人の姿が見えた。

「あの、すみません。ちょっと道に迷ったんですが、書籍売場へはどう行けばいいのか、ご存知でしょうか?」

 老人はひどく疲れた様子で、うつろな目をしていた。

「ええと、聞こえますか?」

 男はやっと坂上の方を向いた。

「あんたも、カミさんと別行動をとったのかね?」

(なんだ、この人も迷子か。だが、まあ、仲間がいれば多少心強いな)

「そうなんですよ。よかったら、いっしょに店員を探しませんか?」

 すると、何故か老人は力なく首を振った。

「わたしは、もう何年も探しているよ」

「ええっ、そんなバカな。この場所で何年も生活したとでも言うんですか」

 老人は何かを思い出そうとしているようだったが、あきらめたようにため息をついた。

「あんたもあちこち歩いたり、上がったり下がったりしただろう。わたしにも理屈はよくわからないが、そのせいで普通の時間や空間の外に出てしまったらしいのだ。ここでは時の流れが変なんだよ」

(ちょっとおかしな人らしいぞ。下手に逆らって暴れられたりしても困るな)

「大丈夫ですよ。店員を見つけたら、あなたのことも頼んでおきますからね」

 そう言い捨てると、坂上は記憶を頼りに元来た道を引き返した。時々立ち止まって思い出しながら、上がったり下がったり、行ったり来たりしてみた。

 だが、店員はおろか、お客にも誰一人出会わない。坂上は必死で人を探したが、あの老人にさえ二度と会わなかった。老人が言っていたように、ここでは、本当に時の流れが普通ではないらしく、空腹にもならず、眠くもならず、坂上はひたすらさまよい続けた。

 それからどれくらいの月日が流れたのか、もはやわからないまま、坂上は惰性だせいでふらふら歩き続けていたのだが、ある時、ふと、誰かの声が聞こえてきた。

「あの、すみません。ちょっと道に迷ったんですが、書籍売場へはどう行けばいいのか、ご存知でしょうか?」

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