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第六話 幸運のコイン

職探し中のシンジが手にしたコインとは……

「ツイてねー」というのが最近のシンジの口癖くちぐせだ。

 立ち上がると足の小指をかどにぶつけるし、歩いているとイヌのフンを踏むし、車に乗るといちいち赤信号にひっかかるし、メモを書こうするとボールペンのインクが切れているし、パソコンを立ち上げようとするとウイルスに感染しているし、リストラで仕事をクビになるし、三年越しの彼女にフラれるし、もう「ツイてねー」としか言いようがない。

 ハローワークからの帰り道、のどかわいてきたので自販機で缶コーヒーでも飲もうとポケットを探ってみて、シンジは小銭入れを家に忘れてきたことを思い出した。

「ツイてねえなあ、もう」

 その時、上着の内ポケットに穴が開いているのに気付いた。

「何だよ、まったく」

 ツイてないと言おうとして、ふと、思いついて穴の奥に指をつっこんでみた。

「お、何かあるぞ」

 出てきたのは、ちょっとイビツな形をした百円玉だった。

「へえ、たまにはイイこともあるじゃん」

 シンジはその百円玉を自販機に入れてみたが、すぐ出てきてしまった。もう一度入れ直したが、また、すぐに出てくる。やっぱり、変形しすぎているのだろうか。そう思って、裏表何度もひっくり返して見ていると、後ろから声をかけられた。

「どうされました?」

 見ると、身なりのいい老紳士である。

「あ、すいません。お先にどうぞ」

 すると、老紳士は苦笑しながら首をふった。

「いやいや、わしはこういうものは飲まんので。それより、失礼を承知でお願いするのだが、そのコインをちょっと見せてはもらえぬだろうか」

「はあ、別にかまいませんが」

 シンジが百円玉を渡すと、老紳士はルーペを取り出し、ためつすがめつ調べていたが、いきなりブルブル震えだした。

「こ、これぞ、まさに、幻のミスコイン。お願いだ、ゆずってくれ。五万、いや、十万円出そうじゃないか」

 シンジにはそういう趣味がないのでよくわからないが、大変な値打ちもののようだ。本当の価値はもっとあるのかもしれないが、こっちは素人だし、古銭商こせんしょうに行ったりするのも面倒だ。遠い将来の百万円より、今そこにある十万円である。

「いいですよ」

「おお、ありがとう、ありがとう」

 シンジの気が変わらぬうちにと十万円を押し付けるように渡すと、老紳士は小躍こおどりして帰って行った。その姿を見ていると、不思議なもので、なぜか損をしたような気分になる。

「まあ、いいさ」

 再び缶コーヒーを買おうとして、小銭がないことを思い出した。

「いやいや、十万円も臨時収入があったんだ。今更いまさら、缶コーヒーでもないだろう」

 シンジは久しぶりに喫茶店に行くことにした。

 途中、何気なく宝くじ売場の前を通り過ぎようとして、待てよ、と思った。

「今日はツイてるし、たまには買ってみるか」

 シンジは思い切って一万円分購入した。元々は百円だったのだから、そのうちの十円分使うのと同じことさ、と思った。普段お金を持っていない人間の考えそうな屁理屈へりくつである。


 ところが、なんとその数日後、一等前後賞含め、十億円当たってしまったのだ。

 シンジはすぐに仕事探しをやめ、自分で会社を作って社長におさまった。豪華なイスに悠然ゆうぜんと座り、夢ではないかと何度も自分のほほをつねった。

「イテテテ。やっぱり夢じゃないよなあ。結局、あの百円玉が、幸運のコインだったんだなあ」

 その時、秘書があわてて入って来た。

「すみません。どうしても社長に会いたいという人が来ていまして。あ、困ります!」

 秘書を押しのけるように入って来たのは、あの老紳士だった。だが、ずいぶんやつれ、服装もみすぼらしくなっていた。

「すまん。強引なのはわかっとるが、こっちも命がけだ。あれ以来、っている犬には手をまれるし、女房は家を出て行ったし、学界からはつまはじきにされるし、風邪をひくし目ヤニは出るし髪の毛が抜けるし、ロクなことがない。この百円玉はきみに返す。もちろん、十万円はいらん。とにかく、これは返すぞ!」

 老紳士はシンジのデスクに百円玉をたたきつけると、逃げるように帰って行った。

 呆然ぼうぜんとしているシンジのところへ、再び秘書が駆け込んできた。

「社長、大変です。突然、当社の株価が大暴落し、従業員は無期限ストに突入しました!」

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