Page.40「皮肉屋 - ①」
フゥが声を掛けた先、そこには昨日の従業員が不敵な笑みを浮かべながら腰掛けていた。
「おやおや、来るのが遅いとは思っていたけれどまさか、バレてたのか?」
「……そこの二人がすぐに違和感を感じたらしい。それに感付かれさえなければ、完璧だったかもなー?」
どこか挑発気味に、フゥは言葉を紡ぐ。
「ふぅん……鈍感かと思いきや、思いのほか鋭いのな?」
「俺のことか」
いきなり鈍感呼ばわりするなよ傷つくだろ……。
「コイツは『自分のみに対して向けられた感情・想い』に人一倍鈍いだけであって、『自分を含めた他者』であるのならばそこらの普通の人間よりも鋭いぞ。……甘く見すぎたな?」
それは……フォローしてくれてる、のか……?
まぁでもフゥの言っていることは、間違いじゃないと思う。
───“他人からどう見られてるのか”を気にするようになって、それらを恐れるようになったのは果たして、いつからだったか。
……あまり考えたくないし、向き合いたくもない。
けれどそれが、決して赦されないということだけは知っている。
……特に、後者に関しては。
「いけると思ったんだがなぁ〜……くそっ、純粋に悔しいな……」
“ロプト”と呼ばれた存在が心底悔しそうにしている声で我に返る。
「えっなに、俺そんなに騙されやすそうな雰囲気出てたのか?」
「騙されやすそうとは思わないが『あっ、コイツなら……』とは思ったなぁ〜」
それは……俺をカモだと思ってるってことじゃねぇか。
「……お前の勝手な娯楽に、コイツらを巻き込むな」
俺が言い返そうとするもそれよりも早く、フゥが温度の感じられない言葉を放つ。
「へぇ……?」
フゥの言葉に思うことがあったのか、ロプトは席を外してわざわざフゥの目の前に立った。
そして───
「ぐッ……!?」
───フゥの服の胸ぐらを掴んで強引に引き寄せ、耳元で何かを囁く。
フゥの表情はこちらからは分からないが、ロプトの口元に微かな笑みが浮かんでいることだけは見て取れる。
「───ッ!!!」
何を言われたのか、フゥは反射的にロプトの胸ぐらを掴み返し、殴り掛かった。
「おっと!」
───だが、その拳が届くことはなく。
まるで行動を読んでいたかのように、フゥの拳を受け止めたのだ。
「───お前の拳は、牙は、まだ俺には届かないみたいだな?」
どこか愉しむ表情を見せつつ、ロプトはさらにフゥを刺激していく。
……しかしフゥは何も言い返そうともせずに少しの間、沈黙が流れる。
「フゥ君……」
そんな空気に耐えかねたのか、クレアは心配そうに声を掛ける。
まるでその声に応えるかのように、フゥの束ねられた長い髪が僅かながらに揺らいで見えた。
「…………ッはぁ〜〜〜っ、こうなるから嫌いなんだよ……」
長いため息と悪態を吐きながら、フゥはパッと胸ぐらを掴んでいた手を離す。
そんなフゥのとった行動が予想外だったのか、先程まで余裕な表情を見せていたロプトも、目を丸くしている様子だった。
「煽ったらその分……いやそれ以上に煽り返されて、気が付いたときにはコイツのペースに呑み込まれてるんだ……本当、なんなんだ……」
「なんなんだと言われてもなぁ〜…………前々から思ってたがお前、自分から煽るのは好きだが煽られることに慣れてないだろ。それも、致命的なほどに」
すぐさまフゥは「別に煽るのが好きなわけじゃねぇよ!」と反論する。
「どちらかと言えば悪戯を仕掛けて相手を若干怒らせる方が好きだろ」
普段のフゥを思い返しながら、俺は声を掛けた。
「あー、それはそうだな……そっちの方がまだ楽しいかも?」
「み、認めちゃうんだ……」
「フゥ君、意外と意地悪さんだね……」
果たして良いのかそれで。
冗談で言ったつもりだったけど、まさかそれを認めるとは思わなかったわ……。
「キリカが良い反応してくれるからなぁー……クロエにやったら最後、ご飯にニンジンとかピーマンが大量に追加されて俺が死ぬから絶対にしねぇ……!」
「それはお前が悪いんじゃねぇの?」
クローがすかさずツッコミを入れる。
「……にしてもお前、前に会ったときと雰囲気からなにから、変わったな〜?」
そう言いながらロプトはフゥの頭を撫でようとする。
「触んな!!」
でもフゥはその手を勢いよく払い除けた。
なんか、猫が威嚇してるみたいだなぁ……フシャーッて感じで。
「まぁまぁそう怒んなっての」
「人の神経を逆撫でするプロかお前は!」
心底嫌そうな表情で言葉を投げかけるフゥに対し───
「くすっ……仕方ないだろ、それが俺の性質みたいなもんなんだし……なぁ?」
───ロプトは笑って返した。
“性質”、か……珍しい言い回しをするな……?
……この際、気になって仕方がないから訊いておくとするか。
「あの、ずっと気になってるんだけど……訊いてもいいか?」
「俺に答えられることなら何なりと、どうぞ?」
ロプトは首をかしげながらも、俺の方に真っ直ぐな視線を向けている。
「───その、どっちなんだ?」
少しの間、どう問い掛けるか悩んだものの、率直に尋ねてみることに。
するとロプトは先程のフゥのときよりも驚いた表情を浮かべたがすぐに、頬が綻んでいくのが確認できた。
「……本当に鈍感なのか怪しいレベルだって思えるほど、この場の誰よりも優れた眼を持ってるんだな……?そうだなぁ〜……まっ、その眼で視えてるものを優先すればいいんじゃないか?俺は別に気にしないし」
……なら、お言葉に甘えさせてもらうとするかな?
「そうか……じゃあ……お前は、何者なんだ?」
「何者か、か……そういやまだ名乗ってなかったな。名前は“ロプト”で、家名はない。だから気兼ねなく名前で呼んでくれていい。んで、ただの人間だ〜なんて言っても嘘なのはさっきのコイツとのやり取りでバレバレだしなぁ〜。仕方ない、白状すると俺は、フゥやそこのソイツと同様に“魔生種”、俗に言う“悪魔”ってヤツだな」
自分も言われると思っていなかったのかクローは「あっ俺のことソッコーで見抜かれてる……」とほんの少し悔しそうな仕草を見せる。
「この宿に来た時点で影に潜んでたのは気付いてたからなぁ〜、『宿泊費ちょろまかす気か』って指摘してやろうか悩んだんだが、昨日の悪質な客みたいな悪意が感じられるわけでもなかったしそもそも出てくるつもり自体なかったんだろうな〜と思って何も言わなかったんだよ」
「あー……悪い、今朝のこの二人のやり取りが面白くてつい……」
「「えっ、悪いの私達なの?!」」
クローの言い訳に俺だけでなく傍から静かにやり取りを見ていたシエラまでもが反射的にツッコミを入れると「いや違う違う違うっ!!別に悪いとかそういうんじゃなくて……っ!!」とめちゃくちゃ必死に否定してくる。
「ふ、ははっ……本当、見てて飽きないなぁアンタらは……あぁそういえば俺がフゥに絡んだせいでそのままになってたが、座ったらどうだ?」
「お前がそれを言うのかー……」
「お、落ち着こうフゥ君……?」
心底楽しそうな表情のロプトと対称的な表情のフゥ、それを宥めるクレアのやり取りを聞きながら俺達は席に着いた。
────────────────
「お前、ずっとこの街に居たのか?」
皆で朝食を食べていると徐にフゥがロプトに問いを投げ掛けた。
「んにゃ、ルブランを離れたあとは色んな場所を転々としてたんだが流石にマズいかと思ってとりあえずここで働くようになったって感じだな」
「どうして離れたの……?」
シエラが素朴な疑問を口にする。
それに対しロプトは───
「……う〜ん、特にどうといった理由もないんだよなぁ……聖女様が納得してくれそうな答えを生憎と今の俺は持ち合わせてないみたいだ、申し訳ない」
───礼儀正しさのなかに茶化そうとする意思が感じられ、本心で語っていないことは明白で。
「べ、別に謝らなくても……!!」
だけど純粋すぎる心を持つシエラはそれを鵜呑みにしてしまうのだった。
「持ち合わせていたとしても言わなさそうだな……なんというか、雰囲気的に」
いつの間にか俺の皿にあったパンを手にしていたクローがボソッと呟きそしてそのままパンを口に放り込んだ。
「お前それ俺のだろ……」
「そうだけど何か問題でも?」とでも言いたげな顔で頷くんじゃねぇ返せよ俺のパン……!
「あっ……そういえば、フゥ君に成りすまして私達を呼びに来たんだとしたら、それはどうして……というかそもそも、どうやって……」
───と、シエラは俺とクローが火花を散らしているのを他所に、重要なことを訊き始めた。
「お、よくぞ訊いてくれました。とは言ってもまぁ呼び出した理由はただ単にびっくりしてくれるかな〜って思ったからって、それだけなんだが。『どうやって』かは、説明するよりも直接見てもらった方が早いかもしないな〜?」
そう言うとロプトは立ち上がり、軽くお辞儀をしてみせる。
その一連の仕草の間に、目の前に居た男の姿は、見慣れた男の姿へと変わっていた。
「え〜コホンッ……どうだ?どっちが本物のフゥか、もし何も言ってなきゃ分からないんじゃないかー?」
フゥの姿で、フゥの声で、このロプトという“異能者”は俺達の反応を伺う。
「……これが、コイツの“容姿変化”。何度騙されかけたことか」
「でも最終的にはちゃんと気が付いてたから、まだ完全に騙し通せたことはないんだよなー、一体何がダメなんだ?」
「何か、フゥ君にとって確実に見抜く方法があるんだろうね……?」
同じ声が重なって非常に聞き取りづらい……クレアの声が強調されて聴こえるなぁ……。
「それ、フゥ以外にもなれるのか?」
俺の問い掛けに対し、ロプトは悪戯っぽく笑いかける。
「ん?もちろんなれるとも。なんなら性別も種族も問わないよ、俺の“能力”は」
性別も種族も問わない“能力”……その分、危険性が恐ろしそうだけど……。
「ちゃんと相手のことを知ってればもう少し精度も上がるんだろうが……まぁ、それを無視してもいいのなら……」
と言いつつロプトはまたしても姿を変え───
「くすっ、こんな風に……生憎とまだ、貴女の口調とかは分からないからそれだけは、ごめんね?」
───シエラの姿になった。
背格好も声の特徴も、まさに寸分の狂いもなく。
違う箇所があるとすればそれは、ロプト自身も言っていた“口調”くらいだ。
「わっ、私だ……!?」
そんなシエラの驚く声のあとに、ポンッと小さく軽やかな音が俺の耳に届く。
「あっこの感じは、まさか……」
俺の予想は的中し、今の俺の視界には椅子にちょこんと腰掛ける幼いシエラの姿が映る。
「なっ、なんかちっちゃくなったなぁ?!」
そうか、クローが直接目にするのは初めてだったか。
「ん、あぇ……また知らないところにいる……」
驚くクロー達を他所に、幼いシエラはキョロキョロと辺りを見渡す。
「えと……おはよう、シエラ」
「あっ、おにーちゃんおはよ〜!!」
俺が声を掛けたときのテンションがめちゃくちゃ高いなぁこの子……。
「な、なんつーか……縮んだなぁ……?」
「むっ、知らないおにーちゃんだ……ちっちゃくないもんっ!!!」
「いやいやいやどう見ても俺よりは小さいだろっ?!」
クローが零した言葉が幼いシエラの耳に届いたらしく、頬をプクッと膨らませて腕をパタパタと振りながら猛抗議している。
なんだか、年の離れた兄と妹みたいな絵面だ……。
「ふむ……」
その光景を、いつの間にか元の姿に戻っていたロプトはじっと見つめる。
そして隣の席の“悪魔”に、こんな質問をした。
「なぁフゥ、あの子に何かしたか?」
その表情は、真剣そのもので。
「俺が?そりゃぁちょっかいかけて遊んだりはしたが……」
フゥの返答に「それはそれでどうなんだ」と言いたそうにしていたがぐっと堪えて「なら……」と、さらに質問を続ける。
「最近、“結界”を壊したりしてないか?」
「それは……しっかりやったなー、シエラを教会から連れ出すってなったときに……」
「……魔術によるものなのか、そうでないものなのかの認識は流石にできる状況ではなかったか、そんな状況だと」
「あれ……それならちょっと前にフゥ君、仮説立ててたよね?」
思い当たることがあったらしいクレアがフゥに問い掛ける。
「……あぁ立てたな、そういえば。まぁ先にコイツが立てた仮説を聴いておくか……俺の立てたモノと同じなら、恐らく確証は得られるはずだ」
俺の知らない間にも何かあったんだろうな……。
フゥに目線を向けられたロプトは「確証はないがな?」と言いながら短く息を吐いてから口を開いた。
「……あの子のことはそこの“魔生種”に任せておこうか。この場に魔術に関する知識があまりない人間も居るみたいだし簡単に説明しておくと、まず人間が“結界”を創り出すには大体二つの方法があると考えられているんだ」
そう言いつつ、ロプトは二本の指を立ててみせる。
「一つは“術式”を組み壁を創ることによって空間内を仕切り、新たな空間を生み出すというもの。んで、あの子の場合は多分今から言う方。……人間が、『他者を拒むことによって無意識的に生み出す心の壁』とでも言おうか。もしその『心の壁』の内側に入れたんだとしたらその人間は相手からすれば“信頼に値する人間”だってことだろ。……コイツはそれを壊したわけなんだが」
「あーやっぱり、そうだったか……完全にやらかしたな俺……」
ロプトの仮説を聴き終えたフゥの顔には申し訳なさが滲むと同時に、『納得した』という表情も浮かんでいた。
……なるほど、フゥと一緒に教会へと“跳んだ”あのとき、俺だけがシエラのもとに辿り着いたのは、それが理由だったってことになるのか……。
「まぁそうだな。それで、昨日見たときから思ってたんだがあの子の問題点に『魔力量が不安定』ってのが挙げられる。あの子、魔力量が極端に少なくなったり逆に増えすぎてしまう“特異体質”を持ってる。例えるなら『ホルモンバランスの乱れ』みたいなものだな。時間が経てば自然と落ち着いて元に戻るんだろうが……不安定な魔力量で無意識的に創り出してた“結界”を壊されたらそりゃ悪化するよな……ちなみに、驚いたりしたときにもそういう症状が出る人間は一応他にも居るみたいだぞ」
てことは、シエラのような体質をもつ人は全くのゼロってわけではないのか……旅してたらいずれ、会うこともあるのかなぁ……。
「……あのときの蝶、シエラの『心の壁』を俺が気付かなかったとはいえ半ば強引に壊したから俺を敵として認識したんだろうな……」
「んん……蝶か、そうか……地域によっては蝶は“神の使い”なんて噂もあるんだし、下手に刺激しない方が身のためだぞ。特にお前や俺みたいな人を煽るような輩は一瞬で倒されるだろうな〜」
あっ自分のこともちゃんと数に入れるんだ……。
「話終わったか?!さっきからコイツめちゃくちゃ俺に野菜食べさせようとしてくるんだけどむぐぅっ?!?!」
「好ききらいはダメ〜ッ!!!」
クローが俺達の話が終わるまでちゃんと待っていてくれたことに驚きだけど、お前もう半分涙目じゃん子どもに泣かされてるじゃん……そして拒みきれずに敗北してるし……。
───まぁあの皿に乗ってる野菜全部、俺がいじわるしようと思って勝手に“能力”使ってまでして入れたヤツなんだけど。
「あー……俺も覚悟しておいた方がいいのか……我慢して食べられっかなー……」
「自分の番が来たらそのときは、断るんじゃなくてちゃんと食べようとしてるの偉いね、フゥ君」
ふむ……俺が強引に食べさせようとしてもダメだけど、もしかして幼いシエラが相手ならコイツら皆いけるのでは……?
「クロエが絶対ヤバいこと考えてる……」
「フゥにもクローにも、好き嫌いをなくせば何も言わないんだけどなぁ……?」
「そんな簡単に、なくせるかよぉ……」とクローの弱々しい声が聞こえてきたけど無視しよう。
なんてことを考えていると不意に、ロプトが幼いシエラに声を掛けた。
「最近何か、困っていることとかある?」
───先程の様子からは全く想像のつかないほど、優しい声で。
「困ってること……きがついたら知らないところにいる、とか……」
幼いシエラも普段のシエラも、そのどちらもが姿が異なっていたときの記憶を持っていないよな……。
「ふむ、それはなかなか怖いね……そういえば君は、お姉さんか誰か、居たりするの?」
「ん〜、おねーちゃんはいないと思うんだけどでも、おにーちゃんの話をきいてたりしたら、いるのかなって……」
あぁ、自分じゃない誰かの話をしているってことは分かってるんだ……。
「なるほどね〜……じゃあその悩み、俺が一方的に解決してあげるとしよう」
そんなことを告げるロプトに、フゥがポツリと言葉を零す。
「あー……そういや魔力の扱いには妙に長けてたな、お前」
「そ、そうなんだ……でも、聞き間違いじゃなければ今、一方的って……」
……ただの知識豊富な“異能持ち”の皮肉屋だと思ってた……でもフゥが言うなら、それは確かなことか。
「まぁ見てな」とロプトは幼いシエラと向き合う。
「そういえば俺、まだ君に自己紹介してなかったね。俺の名前はロプト。そこの髪の長いお兄さんの知り合いだよ」
「おともだち?」
「んー……友達って言えるほど、仲良くはないかもなー」
幼いシエラからの質問に、ロプトではなくフゥが答えた。
「え〜、仲よくしなきゃダメだよ〜……」
「……こっちのお兄さん、俺よりもイタズラ好きだけどそれでもいいのか?」
フゥの言葉に対して幼いシエラは「へっ!?よ、よくないっ!」とブンブン、必死に首を横に振る。
「あはは……君には極力……えっと、できるだけしないようにするから安心してくれていいよ。それはそうと、今度は君のお名前、教えてもらってもいい?」
「私の名前はシエラだよ!えとっ……い、いじわるしないでね……?」
恐る恐るそんな言葉を付け加える幼いシエラに対してロプトはクスッと笑いかける。
そして───
「俺がいじわるするのはそこの髪の長いお兄さんくらいだからね〜。まぁお互い仲良くしようよ、シエラちゃん?」
───と言うと静かに手を差し伸べた。
「ほんとかなぁ……」
疑うような素振りを見せつつも、幼いシエラはそっと差し出された手をとり、握手を交わす。
───その瞬間ピクリと、小さな身体が跳ねたような気がした。
「ん……アイツの魔力が流れたか」
目を細めつつ、フゥが言葉を零す。
「それって、何に影響するんだ?」
「そうだなー……魔力の流れを少しは操作できるようになるってところか……流した魔力の持ち主であるロプトに操作権があるわけだがまぁ悪用はしないだろ。それこそアイツが言っていた通り、俺相手でない限りは」
「生憎と幼女に対して執拗に意地悪するような趣味は俺にはない」
先程までの茶化すような声色とは打って変わって、シエラの身に起こった自体を説明してくれたときと同じくらい芯の通るしっかりとした声でロプトは俺達に言葉を投げる。
うん、これに関しては信頼してもいいのだろう。
「お前相手でも魔力に関しては何かするつもりもない。物理的な嫌がらせこそすれど、だ」
「物理的な嫌がらせもやめてあげようよ……」
ロプトの言葉にクレアがおずおずと返す。
「え〜どうしようかな〜?」
「……この際、俺にはいいがクレアには何もするなよ?」
「もし何かしたら?」
「全力で叩きのめす」
「おぉ〜怖っ」
「わ、私なんかのためにそこまでしなくていいよフゥ君!?」
そんな三人の賑やかなやり取りを聴きつつ、俺は幼いシエラの方に目を向ける。
「大丈夫だった……?」
「う〜ん、ちょっとくすぐったかったけど、だいじょうぶだよ!」
俺の心配を他所にこの子は、純真無垢な笑みで答えてくれる。
ニッコニコだなぁ……まぁ本人が大丈夫だと言っているわけだから大丈夫なのだろう。
「……そっか。何か変な感じがするならそのときはすぐに言ってよ?」
「うんっ!」
視線の先の笑顔が伝染したか、自然と俺の口元も緩んでいるのを感じる。
「た、食べたぁ……!!」
───それは不意に聞こえた、謎の達成感に満ちた声によってまた引き締められたわけだけど。
声の方向、つまりは幼いシエラの右隣の席に座る“悪魔”のほうに視線を向けるとなんと、先程まで皿の端に避けてあった野菜が綺麗になくなっていた。
「おにーちゃん、ちゃんとのこさないで食べれたんだ、すごいね!」
「やけに静かだと思ってたけどずっと野菜と格闘してたのかお前……」
「誰も俺の決死の頑張り見てくれてねーじゃん!!!!」
悲しい叫びだなぁ……と思っていたところ、そっとクローの頭に手が伸びた。
「えらいね〜!!えらい、えらいだよ〜!!」
ニコニコ笑顔を浮かべながら、ツンツン頭を幼いシエラが撫でる。
それはそれで恥ずかしいのだろう、徐々にクローの顔が紅くなっていく。
「……ッ、子ども扱いすんな!」
「え〜、だってすごいことにはちゃんとほめないと……」
「褒めなくていいわ……!」
嫌がる反応はしつつも、その小さな手を振り払おうとは決してせず。
幼いシエラよりも確実に力があるであろうクローなら、それくらい造作もないことのはずなのにそれをしないという時点で、根の優しさが出てきている気が……。
まぁそんなことを言ったらコイツのことだし、もっと不機嫌になりそうだ……。
“───褒められるような存在じゃない、物心ついたときからずっとそう思ってる”
クローと以前交わしたやり取りを思い出す。
“───さらに言うならそうだな、俺は望まれない生命だ”
初めて会った頃、コイツは自分を“望まれない生命”なんて例えてたっけか……。
コイツが俺と出会うまでのことは知らないから今はまだなんとも言えないけど……でもまぁ今こうして見る限りは、そんな会話をしたことも忘れているんだろうなぁと思う。
……どうか、忘れていてほしいと密かに願った。




